5話「女子力の高い男は童貞」

 それから嵐のような出来事が終わると色々と説明不足な気もするが一応、創世神アステラに指示された通りに勇者一行と合流するべく最初の街へと向かうべく俺達は足を進めていた。


「まったく、あの神は次に会ったら一発ぶん殴ってやるっ!」

「お、おう……」


 先程から深月からアステラに対する愚痴が止めどなく流れてきて、それほどまでに紋章による痛みは忘れられないものであるらしい。


「まだ痛むのか?」


 そして自身を労わるようにしてずっと右手で腹部を触る相方を見て何気なく尋ねる。


「まあ痛くないと言えば嘘になるけど……だいぶマシになったほうだよ」


 視線を前方へと向けたまま深月は答えるが、その表情はどこか窶れていて、まだ何もしていないと言うのに若干満身創痍の雰囲気が立ち込めていた。

 果たしてこんな状況で無事に勇者一行と合流出来るのだろうか……些か不安が大きい。


「まあ、取り敢えず街に着いたら一旦何処かで休みつつ勇者一行を探そうぜ?」


 だが見ての通り深月はお世辞にも体力がある方ではなく寧ろ貧弱な方であり、勇者一行と合流する前に体力を少しでも回復させておくべきだとして一つの案を伝えた。 

 すると相方は気遣われた事に対して目を細めて嫌そうな反応を見せていが、


「うーん、それもそうだね。仮に直ぐに合流出来たとしても、こんな状態じゃぁ印象が悪いだろうし」


 どうやらこの状態で勇者達と顔合わせするのが嫌らしく意外とすんなり案に賛成してくれた。

 そして前方に街の影が薄らとだが視界に映り始めてくると、まだまだ距離的にありそうだが自然と心臓が高鳴るのを感じる。


 しかもそれは隣を歩く深月も同様のようで、先程までの土色の様な顔から一変して生気を感じられるようなものとなっていた。端的に言えば血色の良い顔色に戻ったという意味だ。


 それから俺達の歩く速度は早歩きから小走りへ変わると、その好奇心を止められる者はもはや誰もいない。そう、思い込んでいたのだが――――


「へぶしっ!」


 突如として右側の森から人らしき者が飛び出してくると、それは足元を草に取られて地面へと盛大に転んでいた。しかも顔面から勢い良くだ。

 だがなぜ受身を取ろうと最初に手が出ないのかは不思議なところでもある。


「……えっ?」


 その余りにも急な出来事に深月は足を止めて短く声を発した。


「なんだ? 森の中から急に飛び出してきたぞ?」


 後に続くようにして同じく足を止めると森から飛び出して、いきなり地面へとダイビングを決め込んだ者へと視線を向ける。

 

 するとその者は漆黒色のローブらしき衣類を身に纏い、頭には魔女を彷彿とさせるような特徴的な帽子エナンと呼ばれる物を身に付けている事が確認出来た。


「あ、あのー? 大丈夫ですか?」


 それから深月は地面に倒れ込んでいる者へと心配そうな声色で話し掛けると共に手を伸ばした。

 恐らく起き上がる為に手を貸そうとしているのだろう。


 相変わらず優しい心の持ち主だと言えるが、仮にこれが倒れている者の演技であり、助けようとした瞬間に深月を人質に取られようものなら正直に詰な気がする。

 だからあまり迂闊な行動はしてほしくないのだが……きっと注意しても無駄なのだろうな。


「ほぇ? あ、ああすみません! 何処の誰かは分かりませんが大丈夫ですよ!」


 そして地面にへばりついた顔を上げて深月の手を取ると、その者はなんと女性で見た目的にも二十代前半を思わせるような雰囲気を何処となく感じられる。


 しかしなぜだろうか、この女性からは天然という独自の感性を持ち合わせているような気がしてならない。まあ俺の直感的な判断だから確信と言えるものは何もないが。


「そ、そそ、そうですか! それならよよ、良かったです!」


 唐突に横からコミュ障を発症させたような声が聞こえてくると、それは多分だが女性慣れしていない深月の限界値が突破した事を意味しているのだろう。


 まさか何気なく手を貸した者が普通に美人で剰え、その女性が今は深月の手を握りながら笑顔を見せているのだ。流石に思春期童貞にこれは些か刺激が強すぎるというものだろう。

 まあ言わずもがな俺も童貞であるがな。故に今の相方の気持ちは大いに理解できる。


「いやぁ、人の親切に触れたのは魔女になってから貴方が初めてですよ~」


 なんとも軽い口調で喋り始めると本当に彼女の正体は魔女のようであった。

 そこで改めて全体像の容姿を視界に収めると、彼女は桜色の長髪をしていて顔は小動物のような愛くるしさがあると共に、漆黒色のローブやエナン帽子がそれを途端に禍々しい印象へと変えていた。


「ん、ロザリオの首飾り?」


 けれどその中でも一際目立つのが彼女が首に掛けている装飾品であった。

 見ればその首飾りには宝石が嵌め込まれているらしく、太陽の光を反射させては真紅に光り輝いているのだ。それはなんとも美しく意識が吸われそうになるほどに。


「おお! 貴方はこの首飾りのことをご存知で!」


 すると魔女は途端に深月から手を離すと顔を向けて声を弾ませていた。

 なにか彼女の気を惹きつけるような事を発言してしまったようだが、生憎とこの異世界に飛ばされて間もないことから知識は乏しく、単純に首飾りが綺麗だと思えただけで他愛はないのだ。


「い、いや別に興味はないんだが気になっただけだ」


 取り敢えず変な方向へと話が進まないように途中で終わらせることにする。

 そして見るからに気分を沈ませると顔すらも俯かせて、


「あら、そうですか残念です」


 先程までの声とは比較にならないほど低く湿度が高そうであった。


「しかし、この首飾りに興味があるということは貴方は……」


 けれど彼女は何かを伝えようとするべく再び視線を合わせてくると重々しく口を開いたのだが――――

 

 それは唐突にして突然の出来事であり、魔女のお腹から空腹を知らせる音色が高らかに聞こえて中断を余儀なくされた。


「あっああぁ! す、すみません! 昨日から何も食べてなくて……お、お恥ずかしい限りです……あははっ」


 腹の音を俺と深月に聞かれたことで瞬く間に顔を赤く染め上げていくと彼女の頭上からは湯気が出そうな勢いではあるが、全身を震わせて自身のお腹を触りながら空腹を主張している事からもはや羞恥心なんぞ一々気にしている余裕はないのだろう。

 

 恥を忍んで食べ物を恵んで貰う。まさに抜け目のない魔女だということが伺える。

 だがこちらとしても何か恵んで上げたい所ではあるのだが持ち合わせが無いのだ。

 これは若干非道な行いになるのやも知れんが自力で何とかしてもらうしか……、


「あ、でしたらこれどうぞ。飴玉っていうお菓子です」


 そう魔女に言い出そうとすると横から颯爽と深月が二つの飴玉をポケットから取り出して差し出していた。


「えっ、なんでそんな物をお前が持ち歩いてるんだよ。何処かに落ちてたのか? 拾ったのか? 危ないから元の場所に戻してきなさい!」


 目の前の急な出来事に呆気に取られそうになるが無理やり抑え込むと、その飴玉を素性を探ろうとして咄嗟に相方へと声を掛けていた。きっと異世界の地にて拾った物であれば、未知の危険性を大いに孕んでいること間違いないからだ。


「落ち着け雄飛。別に落ちてもないし、拾ってもないよ」


 なにやら深月には俺が取り乱しているように見えるらしいが全然そんなことはない。


「この飴玉は電車の中で食べようと思って僕が家から持ってきた物だよ。もっとも今はその必要がなくなったり、食欲が湧かないからあげるだけさ」


 相方が飴玉の素性を話していくと異世界に転生させられた影響で頭のネジが数本飛んでしまい、拾い食いをしようとしていたのかと一抹の不安を抱いたのだが思い過しのようであった。


「そ、そうだったのか……。なんかお前って変な所で女子力たけーな」


 そう、単純に深月のポケットから飴玉が自然に出てきたからこそ、ああも食い気味に話し掛けていたのだ。普通に考えてもう少しで男子高校生になろうと言う者が飴玉をポケットに……これは疑問を覚えても致し方ないことであろう。


「そうかい? まあ雄飛よりかはあると自負しているけどね。ふふんっ」


 女子力が高いことを褒められて胸を張る深月。


「そこは褒められて嬉しいものか?」


 だがその姿を見て若干呆れるような気持ちを抱いたのは内緒だ。

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