4話「創世神の使いとしての証」
創世神アステラが紋章を刻み込むなどという中二病的な発言をかますと、突如として俺の右手の甲が光を帯びて電流が流れるような感覚を受けるが、それは我慢できるぐらいの痛みで気が付けばしっかりと紋章らしき絵が刻まれていた。
まるで刺青のように綺麗に皮膚に入れられているが、日本ならば銭湯にはもう二度と行けないであろう感じだ。
だがその際にアステラが笑いながら気になる事を口にしていて『希に激痛を伴う場合もあるが、お主たちなら多分大丈夫じゃろうて』という妙に不穏を孕んだ言葉を残していたが、どうやらその辺は杞憂であったらしい。
実際に激痛というほどの痛みではなく電気風呂の強化版ぐらいのものであった。
しかしそう思いながら自身の手の甲に刻まれた紋章を眺めていると、
「うぎゃぁぁぁあ!?」
というなんとも汚い悲鳴が唐突にも隣から聞こえてきた。
「っ!? お、おい大丈夫か!?」
紋章から意識を外して一体何事かと直ぐに視線を汚い声が聞こえた方へと向けると、そこにはにわかには信じ難いが地面に転がりながら土煙を巻き起こして号泣している深月の姿があった。
「……いや、本当にどうした?」
それを目の当たりにした瞬間に不思議と先程までの焦りが消えると、相方の身に何が起きているのかと呆然と眺めることしか出来なかった。なんせ左右に転がりながら男が号泣しているというのは、中々の出来事で話し掛けても無駄な気が本能的にするのだ。
「ああ、こっちの男は途轍もなく運がない者やのぉ。まさか激痛を引き当てるとは」
アステラが独り言を呟くようにして深月のことを見ながら口にする。
「うごごごっああぁぁっ! お腹が痛い痛い痛い痛いッ!」
だが相変わらず相方は激痛に体を犯されているらしく、腹部を手で抑えつつ転がりながら痛みをどうにか外側へと逃そうとしている様子だ。
しかしその様子を見ているだけで、こっちも心なしか感覚が伝わるようで腹部に妙な違和感を感じる。恐らく気のせいの類ではあるが、それほどまでに印象が強烈なのだ。
「ふぅむ、どうやらこの様子だと紋章がお腹に刻まれたようじゃのう」
手を顎に添えながらアステラは目を細めて言うと、それは何処か他人事のようである。
まあ実際他人事であることは間違いではないのだが、
「えっ、紋章って右手の甲に刻まれるものじゃないのか?」
それよりも紋章の刻まれる場所について意識が傾いた。
「いんや違うぞ。紋章はランダムでお主たちの体の何処かに刻まれるからのう。まあお尻とか瞳の中とかじゃなくて良かったのう。激痛だけでは済まされないじゃろうて」
まるでそよ風が吹くように涼しい顔で紋章についての豆知識的なの言うと、それは一種の賭けに近いようなものであることが分かった。
つまり最悪の場合は瞳に紋章を刻まれてショック死なんてことも充分にありえるということ。
「ま、まじかよ。とんでもない物を簡単に刻み込んでくれたな……この創世神って奴は」
「ふぉふぉっ。細かい事は気にしない方がよいのじゃ。長生きの秘訣じゃよ」
自らの口元に手を添えて妙な笑い声を出すと、アステラスはもしかして創世神なんて崇高な者ではなく、ただの邪神か何かなのではないだろうか。俺としてはこの説、充分にあると思う。
「はぁはぁ……本当に死ぬかと思った。まるで麻酔無しで開腹されていた気分だよ……」
そうすると隣からは漸く痛みから解放された様子で深月が全身を震わせながら立ち上がる。
見れば額には大粒の汗が滲み出ているのだが、きっとそれは冷や汗のようなものだろう。
「どんなんだよ……。まあ気持ちはお察しするが」
深月の例え方が独特過ぎて理解に苦しむが、それほどまでに痛いという比喩表現なのだろう。
「うむうむ、これで妾の仕事も一通り終えた訳じゃ。ではまたな、異界の戦士たちよ。次に会うときは恐らく魔王戦の時じゃろう。その時まで己が使命を忘れるではないぞ。さらばじゃっ!」
嵐のように現れては最後に創世神らしい台詞を述べたあとアステラはブラックホールのような異空間に落ちるようにして姿を消すと、そのあとブラックホールのような空間も綺麗に跡形もなく消えた。
どうやら魔王戦の時にまた会えるらしいが、逆に言えばそれまでは絶対に会えないということなのだろうか。だとしたら随分と放任タイプの神様のようだ。
そして創世神が姿を消したことで言われた通りに最初に街を目指すべく歩き出そうとしたのだが、
「……あっ、ごめんごめん! まだ伝え忘れていた事が一つあったのじゃ。無事に勇者一行が魔王を討伐出来た暁には手伝ってくれた報酬として、妾が何でも一つだけお主たちの願いを叶えてやるからのう!」
唐突にもブラックホールが再び出現するとそこから顔だけを覗かせて伝え忘れとやらを律儀にも話していた。
「うむ、王道の展開だね。今から楽しみだよ……くふふっ」
すると深月は歪んだ笑みを見せつつ意味有りげに呟いていた。
「な、なんじゃその薄気味悪い笑みは……。まあとにかくそういう事だから頑張るのじゃぞ! さらばじゃっ!」
相方の笑みを目の当たりにして引き気味の顔を見せると、アステラはそれだけ言い残してくと今度こそ本当に消えたようでブラックホールが再び閉じた。
まるで嵐のような存在とは、まさしく彼女のような事を指して言うのではないだろうか。
「……やっと居なくなったな」
「そうだね」
お互い間違いなく同じ光景を見ていることを確認し合う。それ自体に特に意味なんぞはないが、どうもアステラという創世神は実態が掴めず不安要素でしかないのだ。
「でも、あんなのがこの世界を創りし神なら……このさき嫌な予感しかしないよ」
深月が手を額に当てながら重々しく言うと、それは俺自身も考えていたことであり、やはりアステラに対する気持ちとしては大いなる不安の化身と言わざる得ない。
「ま、まあそれは確かに俺も思うが……。それとは別に何でアステラ本人が魔王を倒さないのか分からないぜ。創世神なら片手で出来そうなことだと思うけど」
しかし同時になぜ彼女自身が自らの手を下さないのかという疑問は普通にあり、態々俺達を異世界にまで呼ぶ必要性とはなんだろうか。
「あー、それは多分あれだよ。逆に創世神だからこそ自らの世界に干渉出来ないんじゃないかな。それにほら、RPGだって最初に神みたいな存在が魔王を倒してくれーって頼むけど誰も不思議に思ってないし案外そんなもんじゃない?」
先程までの重々しい雰囲気から一変させて深月が真面目な顔を見せてくると、その説明は意外と分かりやすくて否応なしに理解させられる。
「言われてみればそれもそうか。なんか命ぜられるがままに魔物や魔王を倒していた気がする」
携帯ゲーム機を両手に勇者を操作していた幼き頃の記憶が鮮明に呼び起こされると不思議と懐かしい気分に浸れた。
「そうでしょ? だから深く考えてもしょうがないし、さっさと噂の勇者一行と会うために街に行こー」
やる気なく肩を竦めたあと深月は早々に最初の街へと行くべきだとして歩みを進め始めた。
「おう、そうだな。取り敢えずは街に行かないと何も始まらないぜ!」
そのあとを追うべく早歩きで相方の元へと近づくと、そのまま軽い雑談を交えながら今後の目的……主に金銭面や能力的な話をしつつ俺達は最初の街へと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます