第10話 愛してるぅとバカは叫ぶ

 モルプレに戻ってきた3人は老婆に深々とお辞儀をされて見送られていた。


 老婆の姿が雑踏に消えるぐらい歩き、姿が見えなくなるとジュラは老婆から貰ったふかした芋を美味しそうに頬張るのを2人に苦笑気味に見守られる。


「珍しく良い事したな、ジュン」

「そやで、やのにこれは酷過ぎやろ」


 ジュンは自分のコメカミにくっきりと付いている兄貴の指の跡を指差す。回復の早いジュンとはいえ、今日の折檻のベアークローは強烈だったようだ。


「だから、それはそれだ」

「兄(にい)やんはいつもそれや、ウキィィ!!」


 怒りからサル化するジュンが詰め寄ってくるのを鬱陶しいとばかりに顔を押しやる兄貴。


 押しやられてもグイグイこようとするジュンにウンザリした兄貴が話を変えて方向転換を計る。


「この後の予定だが、王都を目指して冒険者ギルドに……」

「なぁ、兄やん、その話ちょっとタンマ」


 サル化していたジュンが真顔になったと思ったら押し返していた兄貴の手首を掴む。


 兄貴はジュンのその手が僅かに震えているのに気付く。


 気付けばジュラも芋を食べる手を止めて俯いている。


「ワイ、今回の事で初めて冒険者に会ったわ……ワイが憧れた冒険者があんなダサくて格好悪い奴等が名乗ってるって」


 ジュンは、Bランクと名乗る貴族の三男坊の話を兄貴に言って聞かせる。


 その話を聞いて、なるほど、と頷く。


 ジュンは前世で確かにヤンチャで暴走族の頭を張るようなバカではあった。しかし、弱い者イジメを良しとするようなゴミではなかった。


 普通の人には絡まない、逆に絡まれてるのを見たら仲裁に入るようなヤツだ。勿論、絡んでる相手が引っ込むような事は少ないのでソイツとの喧嘩は絶えなかったようだが。


 そのせいで学生時代は色々貧乏くじを引かされる事も多かったが同時にそんなジュンを慕う奴等もまた多かった。


 成人しても飲み屋周辺で酔っ払いの喧嘩を仲裁して逆に殴られて歯が欠けた顔で「ドジ踏んだ」と笑うジュンと飲んだ事を兄貴は思い出す。


「兄やん、昔に言ったよな? 『弱い者を虐めてイキるな、弱い者を助けてイキれ』ってよ。ワイはかっこええ男になりたいのにあんな冒険者なんて……」


 前世の小学生だった時に兄貴がジュンに言った言葉である。


 兄貴とじゃれ合い、喧嘩を繰り返す事で同級生の間で強くなったジュンが調子に乗ってイジメに近い事をした事を知った時に兄貴が殴って聞かせた言葉。


 その言葉に兄貴は思わず笑みが漏れるが手で口許を覆い隠して引っ込める。


 ジュンの言葉は想定内で尚且つ、今も変わらず自分の弟である事を再確認でき笑みが堪えられなかったからだ。


 自分が喜んでいるのを悟られないように少し2人の前に出る兄貴は振り返って告げる。


「面倒事を前倒しするとは今日のお前はいい弟してるぞ」

「はぁ? 兄やん何いっとるん?」

「えっえっ、どう言う事?」


 ジュンとジュラが鳩が豆鉄砲食らったかのような顔を見合せながら言ってくる。


 そんな2人に着いてこいと告げる兄貴は道の先導を始める。


 まだ混乱状態の背後にいる2人に兄貴は


「正直、王都の冒険者ギルドでジュンが騒動を起こすと踏んでいたから被害をどう抑えようかとあれこれと考えていた」

「えーと、つまりお兄さんはジュン君が冒険者を嫌がると分かってたと?」


 ジュラの言葉に頷いてみせる兄貴。


 ジュンはそれを見て更にポカーンとして間抜けな顔して着いてくる。


「でだ、その騒動を収めたらこの街に戻ってくる予定だった」

「どういう事なの、お兄さん」


 まだ頭の周りにヒヨコが踊ってるジュンに代わり聞いてくるジュラ。


「この街にはあるんだ。ジュンが夢見た場所がな」


 その言葉でやっと正気に戻ったジュンがしっかりと前を見るのを目を細めて優しげに笑みを浮かべる兄貴。


 それは国とは独立しており、かつては冒険者ギルドより栄えたギルド。今は確かに貴族の受け皿としての役割の為、資金が潤沢になって大きさでは差を付けた冒険者ギルドではあるが実質、まともな活動をしているそのギルド。


 そう、そのギルドこそがジュンが求める冒険者像と言える場所。


 その説明を終えた兄貴がとある建物の前で足を止める。


 そこはジュンはまだ知らないが王都の冒険者ギルドと比べれば半分程の大きさもない。前世の知識で言うなら大きめのファーストフード店程度の大きさ。


 ジュン達の目の前に見える看板には


「それがここ、『アウトローギルド』。色んな意味でお前に相応しいと思わんか?」


 兄貴は振り返り獰猛な笑みを紫煙を吐きながら告げる。


 アウトローギルドと無法者の集まり、とも言われたらぐうの音も出ないような看板の前でジュンは全身を震わせる。


 武者震いである。


「そ、そ、ワイはこういうのを求めてたんや! もう兄やんのいけずぅ。もっと早くに言ってくれたらええのに~」

「どうせ口で言ったとて『見てみないと分からん、とりあえず行くで』とダダを捏ねて王都に行く事になるだろうが?」

「ないない、ワイが兄やんの言葉を疑ったりする訳ないやん? な、ジュラ」

「えーと、どうだろう?」


 どっちを味方したらいいか分からないジュラは乾いた笑いを浮かべるがジュンはそれを同意と取ったようだ。


 まったく都合良く解釈するジュンである。


 呆れを隠さないジュンで半眼で見つめる兄貴の背を押してジュンはアウトローギルドに入る為に歩を進めようとする。


 その時、梅干しのようなジュンの脳がある事に気付く。



「今のが1つで、2つ目は一応、お前に配慮した理由だぞ?」



 こちらに向かっている最中に兄貴が言った言葉である。


 つまり、本当に配慮されていたのは冒険者ギルドに行った後にここを薦める為にジュンをここに連れてきたという事だ。


 あの時の兄貴はジュンがお姉ちゃんがいる店に行きたいだろ? と言っていたが落ち着いて考えれば兄貴はジュンにそう言った配慮などしない。

 しなくても行きたいと思えば王都の話をした時のアングラーの店だろうが捜して行っただろうから。


 こっちのルートにした件で水浴び好きなジュラの為と言っていた兄貴なら何もない場所に即席の温泉でも作りかねない。


 それなのにあれこれともっともらしい理屈を述べていた。


 ジュンは思い出す。


 兄貴は誰かに配慮した時、本命を隠してもっともらしい理由を告げる性癖がある事を。


 ジュンは歯を大きく見せる笑みを浮かべる。


「もうもうぅ~ジュンちゃん愛され過ぎてるぅ~ワイも兄やん愛してるぅ」


 唇を尖らせたジュンが兄貴に飛びかかる。


 それを気持ち悪さを隠さない兄貴が拳を突き出して綺麗にジュンの横っ面を殴り飛ばす。


 引っ繰り返ったジュンが「兄やんがツンデレ過ぎて困るわ~」とまったく懲りた様子を見せないを紫煙を吐き出す兄貴は色々と諦めた声音で言う。


「……ジュンは手遅れだ。ジュラ、行くぞ」

「クスクス、うん、行こうか」


 呆れる兄貴と楽しくてしょうがない様子のジュラを連れてジュンを放っておいてアウトローギルドの入口へと歩いていく。


 それを飛び起きたジュンが


「待ってなぁ――、可愛いジュンちゃん置いていっちゃイヤン~」


 元気一杯のジュンは2人を追いかけて駆け出した。

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