第30話 2人目
「・・どうやら。
ワインに毒が入っていたようだな」
西岡は立ち上がると
誰にともなくポツリと呟いた。
「あ、アタシじゃないわよ!」
菅野が激しく首を振った。
「わ、わたしも違います!」
六条も慌てて否定した。
塚本はそんな2人の様子を黙って見ていた。
「まさか!
この料理にも毒が入ってるんじゃないのか!」
突然、松平が叫んだ。
それはブヒブヒと鳴く老いた豚そっくりだった。
「はあ?
まさかアタシ達が
毒を入れたって言いたいの?」
菅野が心外だとばかりに松平を睨み付けた。
「待ってください。
この料理に毒が入っていることは
ありません」
塚本が菅野の援護をした。
「むぅぅぅ」
塚本の真っ直ぐな瞳に
松平は大人しく口を噤んだ。
「その言葉、信じられるのか?」
一方、西岡は疑わしげな眼差しを塚本に向けた。
死神は堕天使には屈しない。
「料理をしている間、
私達はそれとなくお互いを監視していました。
誰かが怪しい行動をしていたら
気が付くと思います」
「そうよ。
それにアタシ達は味見もしてるのよ」
車椅子の堕天使と娼婦は互いに目を合わせると
大きく頷いた。
食堂の柱時計が
コツコツコツと時を刻んでいた。
「それよりもその死体、
このままここに置いとくつもり?
死体を見ながら食事なんて冗談じゃないわよ」
その発言は非情で残酷だったが
誰も菅野を非難しなかった。
「たしかに。
今後死体が増える度に放置してたら
居心地が悪くなるばかりだな」
それどころか西岡が菅野に賛同した。
2人のやり取りを聞いて
僕はさわさわと鳥肌が立った。
たった今、
目の前で人が死んだことを
2人は何とも思っていないようだった。
さらに西岡の発言は
更なる死者が出ることを仄めかしていた。
チラリと周りを見ると、
松平と六条の表情が強張っていた。
「・・2階の郷田さんの部屋に運びませんか?」
その時、
塚本が小さな声で恐る恐る提案した。
僕が彼女の方を見ると
車椅子の堕天使は沈痛な表情を浮かべて
水の入ったグラスをギュッと握り締めていた。
「・・そうね、それが良いわね。
じゃあさっさと運んで頂戴。
料理が女の仕事なら
力仕事や汚れ仕事は当然、
男の仕事よね?」
菅野が「うふふ」と微笑んだ。
松平の口がパクパクと動かしたが、
言葉は発せられなかった。
松平は改めてゴホンと大袈裟に咳払いをすると
「わ、儂は腰が悪いから、
2人で運んでくれ」
と僕と西岡へ命じた。
「やれやれ。
随分と都合の良い体だな、爺さん」
西岡は「くっくっく」と声を出して笑った。
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