第4話 そばにいたい



 助けてもらったあの日から、アディルはカイザーに恋をしている。


 一緒に街に行ってくれた時も、荷物を持ってくれたり、アディルの他愛もない話をきちんと聞いてくれたりとカイザーは優しかった。出かける前には、アディルの父に手紙で許可をもらい、挨拶をしてくれていた。

 何より「俺と出かけると周りにビビられるかもしれないが、大丈夫か?」とアディルの立場を気にしてくれた。そのことに、アディルは感激した。

 

(優しい‼ こんなに立派なご身分なのに、気遣ってくださるなんて……。ますます好きになっちゃうよぉ。好き。大好き。どうやったら、そばにいられるのかな。子ども扱いじゃなくて、女性として見てもらえるには、どうしたらいいんだろう……)

 

 その想いはどんどん大きくなり、アディルは自分磨きを頑張った。勉強もしたし、マナーももう一度学び直した。どうしたら大人っぽく見えるだろうかと色々と試した。 

 勉強を頑張ったおかげで、ビビアン王女のお話相手の一人にもなれた。けれど、どう頑張っても大人っぽくはなれなかった。子どもが背伸びをしているようにしか見えないのだ。


(ビビアン王女のお話相手になれたから、自由に王城に来れるようになったのは良かったけど、これ以上、どうアプローチすればいいんだろう……) 

 

 エルマと別れ、カイザーに会うために訓練場の方へと向かう。カイザーと昔から顔を合わせることがあったビビアン王女にカイザーの好みを聞いたこともある。


(なぜか、すごく驚かれたのよね。それに、ものすごく応援してくれた。カイザー様の好みは特にないんじゃないかってことだったけど、そんなことってあるのかな? 常に戦闘に身を置かれている方だし、幼い頃から剣術一筋だったのかなぁ……)


 幼い頃のカイザーを想像しようとして、アディルは諦めた。二メートルを超えるカイザーの小さい姿を想像できなかったのだ。


(私もカイザー様と同じくらいの歳だったら良かったのに。それか、身分がもう少し近ければ、幼い頃から知り合えたのにな……)


 ないものねだりだと分かっていても、望む気持ちは抑えられない。いつもより視線が下がると、気分まで一緒に下降していく。


(私ももう十九歳。このままだと、行き遅れになって家族に迷惑をかけちゃう。そろそろ諦めなくちゃいけないのかもしれない)


 セイザード王国の貴族女性は、十八歳から二十二歳で結婚することが一般的とされている。二十三歳では既に婚期が遅く、二十五歳にもなれば行き遅れだ。十九歳のアディルは焦るほどの年齢ではないものの、彼女の周りにいる未婚の令嬢には婚約者がいる者も多い。


(いつも一緒にいるエルマも婚約者がいないからって、見たくないものを見ないようにしてた。エルマには目標があるけど、私には何もないじゃない)


 合法ロリのアディルは決してモテないわけじゃない。アディルと婚約したいとフラスティア伯爵家にも多くの申し入れはあったし、一度だけお相手と会ってみたこともあった。しかし、その令息もアディルのストーカーになってしまったのだ。

 婚約者ができれば、ストーカー被害が減るかもしれない。両親はそう考えたが、まさかのストーカー増員。それからは、誰が安全なのか分からず、両親とアディルは話し合いを重ね、最終的には全てのお話を断ってしまった。



「婚約かぁ……」

「するのか?」


 頭上から降ってきた声。その声に思わずビクリとアディルの肩が揺れた。


「カイザー様……」


 いつもは嬉々として話しかけてくるのに、今日は元気がない。眉は下がり、困った表情をしている。


(何かあったのか?)


 出会った日から、第三騎士団が魔物の討伐に向かう時はどこから聞きつけたのか、アディルは騎士団を見送る人の中に必ず混じっていた。ここ一年、王女の話し相手の一人になってからは、週に数回は顔を合わせている。

 見送りの時は不安げだったが、それでも笑って手を振っていた。王城で会う時はいつも楽しげだった。


(出会った日以来だな……)


 追いかけられ、不安げに瞳を揺らしていた姿を思い出す。そして、いつも笑顔で話しかけてきた姿も。


(こっそり覗いてもいいか。そう聞かれた時も、あまりにも嬉しそうだから断れなかった。アディルには、こんな顔は似合わない)


 カイザーは身をかがめ、アディルに視線を合わせる。


「何が不安だ?」


(アディルのストーカーは全員シメた。今でも圧力をかけているから、馬鹿な真似もしないはずだ。新しいストーカーでも湧いたか? そんな様子はなかったが……)


 小さく首を振ったアディルの瞳を見つめ、淡々とカイザーは聞く。怖いと言われる抑揚の少ない低い声。けれど、その声に含まれる優しさをアディルは知っている。


「婚約する男に問題があるのか?」

「婚約なんてしません!!」


 思わず強く言ってしまったアディルは、唇を噛んだ。


(しません、じゃない。しなくちゃいけない。わかってる。私のわがままを両親が叶えてくれている。婚約者を決めようと最初に会った人がストーカーになってしまったから、引け目を感じて遠慮してくれてるってことぐらい)


「嘘です。そろそろ探そうと思っています」


 声が震えた。視線もカイザーから離れ、自身のつま先へと落ちていく。


(目をそらすな。笑え。諦めろ。心配をかけちゃだめだ)


 アディルは泣き出したい気持ちを抑え、カイザーの方へもう一度視線を向けた。


(もう、会いに来るのはやめないと。今まで、私のわがままを聞いてくれたお礼と謝罪をしなきゃ。こっそり覗かせて欲しいなんて、迷惑だったはずだもの)



「カイザー様……」

「うん」


「今まで……」

「うん」


「今まで…………」


 続きを言わなくては……と思うのに、アディルはその先の言葉を紡げない。黙ってしまったアディルを急かすことなく、カイザーは辛抱強く待った。

 アディルは知らないのだ。カイザーが他の人の返事は待たないということも、アディルにだけ優しい返事をすることも。


「どうした?」


 そう言って伸ばされた手のように、誰かの頭を撫でるのはアディルだけだということも。カイザー自身が、自分の行動の意味を分かっていないということも。

 


 騎士団の訓練の声が響いてきた。午後の訓練がはじまったのだ。

 それは、カイザーと過ごす今が終わることを意味している。カイザーはもうすぐ定例会議に出なくてはならない。


「時間、ですよね……」


(早く言わないと。言わなきゃなのに、言いたくない……。終わりになんかしたくない。ずっと、ずっとおそばにいたい)


 視界が歪んだ。諦めたくないと心が叫んでいる。


(好き。どしようもないくらい、好きなの)


 タイムリミットは近い。今、諦めなくても、直にその日は来る。気が付かないふりをできる時期は、とっくに過ぎていた。


(どうしたら、ずっとそばにいれるのかな。私は何の取りえもない伯爵家の三女で、カイザー様は第三騎士団の団長で公爵家の次男。かっこよくて、優しくて、完璧な人)


「アディル」

「はい」

「今日の定例会議は、アスラムが出ることになっている」

「……副団長様がですか?」

「だから、時間はある。向こうで話そう」


 カイザーはアディルの手を引いた。けれど、アディルはそこから動かなかった。


「アディル?」


(なんて、優しい人。カイザー様に嘘をつかせて、会議をサボらせて、私は何をやっているんだろう)


「カイザー様」


 カイザーを見るアディルの瞳に迷いはなかった。背筋を伸ばし、大きく息を吸うと、アディルは口を開いた。


「私をカイザー様の愛人にしてください」



 

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