第2話 出会いは落下とともに



 カイザーは、オルフェノス公爵家の次男で、十年ほど前に史上最年少の二十歳という若さで第三騎士団の団長となった。


 第一騎士団は王族の護衛や城内を守り、第二騎士団は王都を守る。第三騎士団は魔物の討伐を担っている。

 第一・第二は貴族が多いが、第三騎士団は圧倒的に危険なこともあり、元傭兵や武術に秀でた平民が大半を占める。貴族出身で第三騎士団に所属している者もいるが、家族の反対を押し切って入団したというパターンも多い。


 魔物が多く住み、魔物に脅かされた生活を送るセイザード王国で、第三騎士団に所属するということは、死と隣り合わせの生活を送ること。そんな第三騎士団の団長として、カイザーは自らが前線に立って戦い続けている。

 

 カイザーが騎士団長になってからというもの、魔物の出現頻度や強さは変わらないものの、市民への被害は格段に減った。騎士の死者や負傷者の数も激減している。

 それは、カイザーだけではなく、副団長のアスラムの手腕も大きかった。


 カイザーは第三騎士団のトップになった翌年、副団長に自身より二歳年下のアスラムを指名した。そのことで各方面から不満は出たものの、にらみつけて黙らせた。

 アスラムはカイザーの苦手とする他方面との交渉や、騎士たちとのコミュニケーションを得意としており、カイザーほどではないものの非常に腕も立った。

 その結果、第三騎士団の資金や物資が潤い、討伐の作戦も立てやすくなったのだ。


 カイザーは人の得手不得手を理解するのが早く、団員を死地に追いやるような無茶はしない。適材適所に騎士たちを配置した。

 魔物の討伐は常に命がけであることを忘れず、討伐には常に万全を期した。

 

 地位も実力も申し分なく、責任感も強い。荒くれ者が多い第三騎士団員たちからの信頼も厚い。だが、騎士たちからも怖がられており、自ら近づいてくるのは副団長のアスラムのみなので、本人は信頼されているなどと微塵みじんも思っていない。


 カイザーほどのスペックならモテるだろうに、三十歳になっても未だに未婚。婚約者どころか、浮いた話すら一つもない。

 その原因は全て、カイザーの見た目にあった。二メートルを超える長身に、鍛え上げられた肉体。左の眉上から頬にかけて縦一文字についた傷。その他にも体中に小さな傷が多数あり、それだけで威圧感がある。

 短く切られた黒髪の下にある金の瞳は鋭く、眉間にはいつもシワが寄っていて、近寄りがたい。声は地をうように低く、女性相手でも態度は一貫して変わらないと言えば聞こえはいいが、荒っぽい。


 過去には、地位を狙った気の強い令嬢がカイザーに近づこうとしたこともあった。だが、カイザーは「邪魔だ」の一言で追い払った。

 訓練の途中に来た相手が悪いのだが、その言葉を言われた瞬間、令嬢は倒れたのだ。いくら気が強いとは言え、大事にぬくぬくと育てられてきた温室育ちのお嬢様には鋭い視線と冷たい声に耐えられなかったのである。

 そのことが噂になり、令嬢たちは更にカイザーを怖がるようになった。カイザー自身、訓練中にうろちょろされると目障めざわりなので、馬鹿なことをする令嬢がいなくなったと喜んでいた。


 けれど、二十代後半にもなると家族に結婚をせっつかれるようになった。婚約者を見繕って来られては、顔合わせの度に相手が卒倒して破談になる。

 そんなことを数十回ほど繰り返し、ついに両親は諦めてくれた。しかし、カイザーの兄と妹は未だに諦めてくれない。


 悪い噂ばかり増えていき、最強ではあれど最凶であり、無慈悲で冷徹れいてつ。人間の心を持ち合わせておらず、優しさなど微塵もないと影でささやかれ続けた。

 それだけではなく、魔物が人を食らうならと、カイザー自身も魔物を食し、何なら人間さえも食べるという噂まで、まるで真実かのように囁かれている。



 そんなカイザーの前に自ら何度でも接触してくる令嬢が現れたのは三年前のこと。

 その令嬢の名前は、アディル・フラスティア。広いだけの特筆した特徴のない領土を治める伯爵家の末娘だった。



 出会いもよく覚えている。


 その日、カイザーは城内の警備をしていた。普段は魔物の討伐しか行わない第三騎士団ではあるが、国の生誕祭とデビュタントを行う舞踏会だけは特別で、各騎士団の団長と副団長は強制的に警備にあてられる。

 カイザーが歩けば、周りは蜘蛛くもの子を散らすかのように逃げていくため、本人はいない方が良いのでは? と思っているものの、カイザーの存在自体が犯罪の抑止力になると言われ、毎度駆り出されてしまう。


 カイザーが歩けば、善人も悪人も逃げていく。パーティー会場にいれば雰囲気をぶち壊してしまうため、暇だ……などと思いながら城内警備という名でうろついていれば、階段の上から何かが降ってきた。

 瞬時に人であると認識し、見事に片手でキャッチしたまでは良かった。だが──。


「ぐえっ」


 持ったところが悪かったのか、カエルが潰れたような声を出された。そのことは聞かなかったことにし、落下してきた相手を地面へと降ろす。


(拾ってしまったからには、仕方ない)


 面倒だという感情を隠すことなく、拾った着飾っている少女を見る。


(倒れるか? それとも、叫ぶか?)

(お、お腹痛いぃ。でも、助かった。優しい人だなぁ。そっと降ろしてくれたもの)


 悪人扱いされるであろうということは簡単に予想がついていた。だが、職務中のため、放置もできない。溜め息をのみ込み、目の前の少女に怪我がないか目視で確認を行っていく。その少女に、優しい人認定を受けているなど思わずに。


(誰だよ。ガキ連れてきて、放置した馬鹿は。今日は十六歳以上しか入場できないはずだろ)

(うわぁ、大きい。いいなぁ。うぅっ……、わざわざしゃがんでくれるとか、優しすぎるよぉ)

 

 まだ一言も言葉を交わしていないが、カイザーはすっかり少女に懐かれた。当の本人は、やっぱり爪の先ほども気づいていないのだけれど。

 騎士として、色々と思うところのあるカイザーだが、パーティーの責任者は第一騎士団。第三騎士団のカイザーはただの手伝い。


(面倒だし、見なかったことにするか。誰かが死ぬわけじゃないし、問題ないな。それにしても、何だ? 何でこんなに平気な顔して俺を見てくるんだ?)


 大人の男性ですら、目を逸らすレベルの凶悪顔。それを自分で認識しているカイザーの眉間にシワが刻まれていく。



「助けてくださって、ありがとうございました。えっと……」

「名は?」

「あっ、恩人に対して名乗らないなんて失礼でしたよね。ごめんなさい。アディル・フラスティアと申します。フラスティア伯爵家の三女です」

「そうか……」


(ん? フラスティア家の三女? 合法ロリで、ある種の男の夢だとかアスラムが言ってた令嬢か。そもそも十六歳自体がガキじゃねーか。更に幼さを求めてどうすんだか……)


「痛いところは?」

「ないです。本当に本当にありがとうございました!! 追いかけられてる間に迷っちゃうし、どんどん人気ひとけはなくなるし、今度こそもうダメかと思いました……」

「あ゛?」


(やべっ。怖がらせたか?)


 カイザーは眉間にシワを寄せたまま、低い声で出た音を後悔した。だが、目の前のアディルはきょとんと自身より低い位置にいるカイザーを見た。

 そして、ふわりと笑う。


「追いかけてきた人も逃げたみたいだし、本当に助かりました。えっと……騎士様?」


 カイザーの制服を見て、騎士だとあたりをつけたアディルだが、確信を持てず、疑問形になってしまった。


(あぁ……、名前を聞けばよかった。聞けるなら今のタイミングだったのに。隊服のラインが三本だから第三騎士団の方よね。それにしても……。んぁぁぁあ!! かっこいぃぃぃ!!!! せっかくのデビュタントなのに散々だと思っていたら、まさかのご褒美だよぉ。どうせ追いかけられるなら、騎士様みたいな人が良かったのに)


「仕事のうちだ。気にしなくていい。それより、追いかけてきた男に心当たりはあるか?」


(仕事のうちだって。めちゃくちゃクールだよぉ! 大人って感じがする!! 底なしにかっこいい……。第三騎士団で人気がある方って、確か副団長のアスラム様だったよね。ということは、この方がアスラム様なのかな? だって、すんごい素敵だもの)


 カイザーの顔を凝視しながら、アディルは首を横に振った。あまりにも見てくるので、カイザーの方が思わず視線を逸らす。


「俺の顔に何かついてるか?」

「いえ。かっこいいなぁ……と…………」


 

 

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