第27話 手紙

 火曜日、登校して下駄箱を開けると、手紙が入っていた。

 こんなところに入っている手紙は、十中八九ラブレターだろう。

 きみを先行させてから、そっとそれを鞄に忍ばせる。

 トイレの個室で開封した。放課後、校舎裏に来てください、と書かれていた。


 帰りのホームルームが終わり、僕はきみに「部活、ちょっと遅れていく」と伝えて、木陰の多い校舎裏へ行った。

 誰もいなかったので、少し待つ。

 やがて、きみほどではないが、綺麗な女の子がやってきた。目元がきりっとして、艶やかな黒髪を腰まで伸ばしている。


「1年A組の胡蝶蘭々こちょうらんらんと申します。急にお呼び立てしてすみません」

 胡蝶さんがていねいに頭を下げる。

 緊張しているようすがない。告白とかではないのかな?

「時根巡也さん、お慕いしております」

 告白だった。

 僕はどう断ろうかと考えた。


「おつきあいしてくださいとは申しません」と落ち着いた声で彼女は言った。

「空尾凜奈さんがお好きなのでしょう? 見ていればわかります」

「同じクラスでもないのに、わかっちゃうんだ」

「わかります」

 胡蝶さんは穏やかに微笑んだ。


「お友達になってください」

「そう言われても、僕は部活で忙しいんだ。ほとんど胡蝶さんとは遊べないと思うけど」

「私が野球部に入ります。同じ部員としてなら、それなりには親しくしていただけるでしょう? 恋人になってほしいなどと、高望みはしませんから」

 野球部に入ってくれるのか。9人目だ。試合人数に到達する。


「歓迎する、と言いたいところだけど、野球経験はあるのかな?」

「ありません。ですが、初心者が入っても良いのでしょう? 志賀さんは初心者だとお聞きしました」

「うん。初心者でも良い。でも、練習はきびしいよ。僕と友達になりたいという動機だけでは、つらいんじゃないかな。僕は空尾が好きなわけだし」

「強い動機です。あなたと同じ空気が吸いたいのです。簡単に音を上げるつもりはありません」

 胡蝶さんはしっかりと僕の目を見て話す。その迫力に気圧けおされた。


「そうか。じゃあ、ぜひ入ってほしい」

「入ります。今日からでも練習に参加したいと思っております」

「部室とグラウンドへ案内するよ」

 僕と胡蝶さんはいったん教室に戻り、帰り支度をしてから部室へ向かった。


「ねえ、僕なんかのどこを好きになったの?」

「目です」と胡蝶さんは妖艶な笑みを浮かべて言った。

「空尾さんや志賀さんを見るやさしい目が、堪らないほど好きです」


 そんなに僕はやさしい目で彼女たちを見ているだろうか。よくわからなかった。

 部室で体操服に着替えてもらい、僕たちはグラウンドへ行った。

 胡蝶さんと並んで歩く僕を、きみは鋭い目で見た。


「監督、入部希望者です」と僕は告げた。

 きみは「9人目だ!」とは叫ばなかった。不機嫌そうに胡蝶さんを睨んでいた。

 他の部員は喜んでいた。ついに9人揃ったのだ。


「胡蝶蘭々と申します。初心者ですが、がんばって練習したいと思っております。よろしくお願いいたします」

 彼女と同じクラスの志賀さんが、「胡蝶さん、野球好きやったん?」と訊いた。

「別にそれほど好きというわけではありません」

「そんならなんで入部するん?」

 胡蝶さんはまた妖艶に微笑んだ。

「秘密です」


 志賀さんは首を傾げ、きみはますます険しい表情になった。

 もしかしたら、下駄箱に入っていた手紙を見られていたのかもしれない。

 嫉妬してくれているのだろうか?

 確かめたい。でも、いまきみに再告白するつもりはない。悩ましい限りだ。


 監督は胡蝶さんに、グラウンド3周のランニングを命じた。

 志賀さんやネネさんよりずっと軽快に、彼女は走った。

 運動を日常的にしている人の走りだ。毎日ランニングをしているのかもしれないし、中学のとき運動部に所属していたのかもしれない。

 後で訊いてみたら、両方だった。中学ではテニス部に入っていて、卒業後は、毎日5キロのランニングをしているとのこと。

 友達になると約束した。きみに嫌がられない程度に親しくしよう。

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