第25話 志賀さんとクエスちゃん
4月25日月曜日は、雨が降っていた。
朝、僕が家の前で傘を差すと、きみはそこに入ってきた。
「きみも差せよ」と言ったが、
「たまには相合傘もいいもんでしょ」ときみは答えた。
別にいいけど、きみはそれでいいのか?
中2のとき、きみは僕を振った。
きみは僕を親友としては好きだが、恋愛的な意味では好きじゃない。
そういうことだと思ってきたのだが、そうでもないのか?
相合傘って、彼氏彼女でするものだろう?
もしかすると、きみはいまでは僕を恋愛的な意味でも好きなのか?
混乱する。
いつかまた告白してみようなどと考える。
でもそれはいまじゃない。
きみと僕は甲子園をめざすバッテリーだ。
恋愛絡みでぎくしゃくはしたくない。
相合傘をして、たわいもない話をしながら、駅まで歩いた。
昼休みにきみと僕は、お弁当を持って1年A組へ行った。
「ポスターは描いてくれたかな?」と僕は志賀さんに訊く。
「か、か、描きました」
彼女はそっと画用紙を広げて、見せてくれた。
上手だ。
描かれた投手と打者が、きみと僕に似ているような気がする。
もしかしたら、モデルにされたのか?
美人の投手はきっときみだ。しかし、そこそこ格好いい打者が僕だとしたら、美化されすぎているきらいがある。
まあいい。醜悪に描かれるよりはずっといい。
雨が降っているので、屋上ではお弁当を食べられない。
A組で食べた。
「千佳ちゃん、絵が上手いね」
「えへっ、えへへ。あ、ありがとうございます。ちゅ、中学3年間、ずっと美術部でしたから」
「高校で美術をつづけなくても良かったの?」
「い、いいんです。や、野球に憧れがあったから。こ、高校時代は、や、野球部に尽くす所存です」
「おー、えらいえらい。一緒に甲子園へ行こうね」
「は、は、はい。つ、つ、連れていってください」
「連れていくよ!」
きみは力強く言い、それから首を傾げて、志賀さんを見た。
「ワタシたち、友達じゃん?」
「は、は、はい。そ、そうですよね。り、凜奈さんとお友達、嬉しいです」
「だったら、そろそろ敬語はやめようよ?」
「え、え、え?」
「僕もタメ口がいいな。同学年なんだし」
「え、でも、この話し方は癖で……」
志賀さんは戸惑っているようだ。
「タメ口!」ときみは迫る。
「う、ウチのタメ口、へ、変なんです」
「変ってどうして?」
「ほ、ほ、方言なんです。わ、笑われます」
「方言? いいじゃんいいじゃん。聞かせてよ」
「え、え、え、どうしよう?」
きみはにこにこして、志賀さんの言葉を待っている。
彼女は観念した表情になり、口を開いた。
「じゃあしゃべるわ。こんなんやよ。ウチのタメ口って、こんなんなんや。変やろ?」
「わっ、関西弁?」
「そうや。笑ってもええんやで」
「笑わないよ。いいじゃんいいじゃん、その話し方」
「ええんか? これでええのんか?」
「僕もいいと思うよ。ていうか、なんだかクエスちゃんみたいな話し方だね。声もどことなく似てるし」
僕がそう言うと、志賀さんは固まった。
あれ? 本当そうなのか?
「え、まさか、志賀さんがクエスちゃんなの?」
彼女は顔を歪めた。
「そうや。おかしいやろ。ウチがあの動画をつくってるんや。ちまちまと暗い作業をして……」
僕は興奮して、「すごい!」と叫んだ。
「すごいよ、志賀さん! あの動画には謎があって、研究があって、なんとなく世界平和への願いがあって、素晴らしいと思う。僕はあの動画をつくった志賀さんを尊敬する!」
「いや、そんなたいそうな動画ちゃうねん」
「たいそうな動画だよ!」
「ありがとう。褒めてもろうて嬉しいわ」
きみは僕と志賀さんを交互に見る。
「あれ? なんか通じ合ってる感じ?」
「通じ合ってるよ。僕は謎なぞチャンネルの主張に共感するところがあるんだ。変身生物擁護派寄りで、共存共栄を願ってるっぽいところとか!」
「そうなんやよ! わかってくれて嬉しいわ。対立より協調。それが必要やと思うねん。いまさら変身生物を根絶するとか、絶対に無理やから!」
「そうだよね! この世界にはすでにたくさんの変身生物がいる。彼らもビクビクせずに生きていけるやさしい世界であってほしいと願う!」
僕と志賀さんは盛り上がっている。
きみは少し不機嫌そうな表情になっている。
友達同士がわかり合ったのに、なんでそんな顔をする?
その日の放課後、きみと僕と志賀さんは生徒会室へ行った。
「野球部か……」
いつもは「ようこそ生徒会室へ!」と言って歓迎してくれる喜多会長が、仏頂面だった。
理由はわかっている。野球部が生徒会からネネさんを奪ったからだ。
「きみらのせいで、美味しい紅茶が飲めなくなった」
「すみません」
「用件はなんだ?」
「新しい入部勧誘ポスターの掲示を許可してもらいたいんです」
「見せてくれ」
志賀さんが画用紙を広げて、会長に見せた。
「上手いじゃないか。誰が描いたんだ?」
「ウチです」
「きみ、すぐに野球部なんか辞めて、美術部に入りたまえ」
「会長ぉ!」と僕は悲鳴を上げ、
「いやや。ウチは野球に賭けてるんです」と志賀さんはきっぱり断る。
彼女は変わった。吃音がすっかりなくなっている。
態度も以前はおどおどしていたのに、いまは堂々としている。
「ちくしょう。良い部員じゃないか。野球部め……」
喜多会長はしぶしぶポスターの掲示を許可した。
僕たちは昇降口の掲示板のポスターを貼り替えた。
「このポスターは用済みだ」と古いポスターを持って僕が言うと、
「捨てるん? いらないなら、ウチがもらってもええかな?」と志賀さんは言った。
「いいよ。こんなゴミでいいなら」
「ゴミちゃうわ。素敵な絵やよ」
「これが?」
志賀さんはうなずいた。
そんな彼女をきみはじとっとした目で見ている。妙だ。
「どうした?」
「いや、なんか、時根と千佳ちゃんが急にいい感じになったから嫉妬した」
「嫉妬? せんでええ。ウチ、時根くんのこと、そういう目では見てへんから」
「そうかなあ?」
嫉妬だと?
やはりいつかまた告白してみなければなるまい、と僕は思った。
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