第17話 はじめてのバッティング

 僕たちは投球練習をつづけた。

 大暴投に懲りず、きみは「スプリットを投げる」と言い張っている。

「せめてカーブから練習しないか?」と僕は説得する。

 そんな話をしているうちに、ブルペンへ高浜先生と志賀さんがやってきた。


「おーい、どっちでもいいから、バッティングピッチャーをやってくれねえか? 志賀に打撃の楽しさを教えてやりてえんだ」

「あ、はい。ワタシやります」

 きみが手を挙げる。

「と、その前に、おまえの投球が見てえな」

 先生がきみのピッチングに興味を示した。


「いいですよ。青十字高のエースの球、見せてあげます」

「エースはあたしだっつうの」

「監督が見てくれるんだ。ちゃんとしたストレートを投げてくれよ」

 きみはうなずき、先生の前で投球を披露した。

 初速と比べて終速がごくわずかしか落ちない快速球が、パン!と僕のミットを鳴らす。

「は?」

 高浜監督は目を丸くした。


「なんだいまのスピードは……幻覚か?」

 2球目。ど真ん中のストレート。

「幻覚じゃないだと……? えっ、なんてスピードなんだよ。女子の球じゃねえぞ。いや、男女関係なく、高校生離れしていやがる……」

「空尾はコントロールもいいんですよ」

 次にきみが投げたのは、外角低めにビシッと決まるストレート。

「まじか……」

「す、す、すごいです、凜奈さん。め、目にもとまらぬとは、まさにこのことですね」

 志賀さんも驚嘆している。


「先生、どうです? 空尾の球は高校野球で通用しそうですか?」

「プロでもやれるんじゃねえか……?」

 先生は口を半開きにして、呆然としている。

「エースはあたしだってば! 空尾は控えだよ!」と先輩が騒ぐが、先生の耳には入っていないようだ。

 記録はまちがいじゃなかったってことか、と高浜先生はつぶやいた。


「空尾と時根の中学時代の記録を調べた。にわかには信じられない数字だった。ふたりとも公式戦12試合に出場。空尾は全試合完投し、そのうち8試合は完封で、ノーヒットノーランも達成している。防御率は驚異の0.33。時根もすげえ。ホームランを22本放ち、打率は驚愕の0.636。敗北した全国大会2回戦では、全打席敬遠されている」 

「な、な、なんですかその成績は? ぜ、ぜ、全打席敬遠?」

「おまえら、野球の名門校からスカウトされなかったのか?」


 きみはにこっと笑う。

「されたけど、青十字高の制服が可愛かったので!」

 濃灰色のブレザー、濃灰と深緑のチェックのリボンとプリーツスカートは、シックでお洒落と評判だ。

「僕は空尾と同じ高校に行くと決めてたんです」

 ふうん、と先生は鼻を鳴らす。

「ま、がんばって部員を集めてみろよ。大会に出られたら、旋風を巻き起こせるかもしれん」

「旋風を起こすのは、あたしだよ!」

「おまえもいいピッチャーだが」

 高浜監督は草壁先輩に目をやった。

「他のポジションの練習もしとけ」

「えーっ、絶対にエースの座は譲らないから!」

 先輩は地団駄を踏んだ。


 その後、志賀さんの打撃練習をした。緊張した面持ちで左のバッターボックスに立つ。

 きみが投げ、僕が受ける。打者がいるので、僕は念のためヘルメットとマスクをかぶり、プロテクターとレガースを身に着ける。

 先生が僕の背後に立ち、先輩はしぶしぶセカンドあたりの守備位置につく。

 きみはど真ん中に投げつづけ、志賀さんは懸命にバットを振るが、なかなか当たらない。


「は、は、速すぎます。も、もっとゆっくり投げてください」

「オーケー。バッティングセンターのスピードくらいで投げてみるよ」

 空振り。

「志賀、腕だけ回してんじゃねえよ。下半身を回転させろ!」と先生は指導する。

「ひー、こ、こうですか?」

 空振り。

「大振りすんな。コンパクトに振れ!」

「あう……」

 空振り。

「ほ、細長いバットを振って、ち、小さな動くボールに当てるなんて、む、むずかしすぎます……」

「誰にでもできる。あきらめんな!」

 空振り。

「バットを短く持て。とにかく当てろ!」

「む、無理です」

 空振り。

「目をつむってんじゃねえよ!」

「あ、開けてます」

 空振り。


 タイミングが合っていない。振り遅れている。

「志賀さん、僕が1、2、3って言うから、3が聞こえたら、ストライクゾーンの真ん中をめがけて振ってみて」と僕は言う。

「は、はい。や、やってみます」

 僕はきみの投球フォームを見ながらカウントする。

「1、2、3」

 志賀さんは振る。バットが芯でボールをとらえた。

 キーンという快音を響かせて、打球がライナーでセンター方向に飛んだ。

「センター前ヒットだね。ナイスバッティング」

「き、き、気持ちいい……!」

 志賀さんは驚きと歓びの入り混じった表情になる。

「やったね、千佳ちゃん」

 きみはにっこりと笑う。

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