第7話 帰還
「僕はもう、死んだ……?」
何度同じ質問をしてきたか、澪音が数えきれない。
記憶が途切れるまで、間違いない、自分は血溜まりの中で、運命の審判を待っていた。
――生き残る確率、どのくらいかな。
真っ暗な虚空は、生命体の不在で不気味に静まり返る。
澪音の顔には何の感情も反映されなかった。
意外なことに、このような結末に対して少し驚くほど平静になったようだ。
「魔法使いになった最初の日も、最後の……ある程度これが、最速クリアだろうね……」
自嘲気味に澪音は呟いた。
確かに、あれだけの重傷を負ったのに、今は痛みを感じない。一流の医者ですらどうにもならない傷を短期間で消せるのは、二つの可能性しかいない。
――魔法と死亡。
二人とも治療魔法できないので、澪音は後者だろうと判断した。
「えっ? 僕死んだら澪奈はどうなるの?」
あの時傍で伏せた澪奈の泣き顔を、幽かに覚えている。
ただ、その部分の記憶はあまり振り返りたくない。それは、彼が答えを求めない数少ない質問――悲しい答えになりそうな予感がした。
(……インー)
だけれど同時に、無精髭男が最後に言った、自分と澪奈の存在自体が間違っていたことも心に引っ掛かる。
(……レ……インー)
その言葉の意味は、まるで皮肉というか、スカーレット家族の全部を否定するかのようだった。何故か。
(ねぇ、レインー)
……まあ、これから時間はいくらでもある。暇潰しに、ゆっくり思考するか。
(澪音、早く元気になれ……)
(ん?)
一つ可愛らしい声が聞こえてきた。
弱いけど、空虚な心を暖かさで満たでせる。
「れ、澪奈……?」
ここで澪奈の声を聞いたということは、死の悲劇が再演された。澪音にとっては、絶対、絶対、絶対にありたくない最悪事態。
幸い、ぐるりと見回しても彼女の姿はなかったので、心配は自然と解消される。
「よかった……澪奈が生きてるみたい…………えっじゃ今のは、テレパシー? ってことは――」
突然、強い引力で独話が中断された。
冥界と現世の間を彷徨った澪音の魂は瞬時、まっすぐ下の深淵へと落ちていく。
ただ、深淵というより、出口までの通路のようなものだ。
そして、元の容器――昏迷状態の身体に戻る。
「っ?!」
澪音はぱっと目を開けた。
布団を蹴破ると、体を起こして、低下の視力で四顧する。
印象的な環境だった。何故なら、十年以上暮らした自分の部屋だから。
目覚まし時計は七時三十分を指している。水曜日。強制イベントの翌日。
「そんなに眠ってたのか……あれ?」
いつもより少し体が重くなったと気がする。
それも当然だ。ベッドの左側、澪音の太腿を枕にしたと澪奈がぐうぐう寝ている。目縁には、うっすらと隈ができた。どうやら徹夜だったようだ。
「澪奈……あっ、そうだ!」
服の裾をまくって、腹部を確認する。
そこは、昨日襲撃の真実性を証明する、長さ四センチの傷跡がある。腕や他の負傷箇所には包帯が巻かれた。感染した傷口にも丁寧に軟膏を塗ってくれた。
この善行をした者が誰であるかは自明だ。
「ありがとう、澪奈」
床に散らばった救急器具を見て、微笑が口角に浮かんだ。
だが――安寧は一瞬の頭痛に遮られた。
「ふう! くそっ……僕に一体、何が起こったのか……」
頭が、混乱している。記憶も断片的に繫がらない。
命を拾うことが勝利だとしたら、澪音の細胞の一個一個は全然愉悦を感じていない。
『なんで襲われた?』
『なぜ魔法使いはシルファスにいる?』
『最後現れた銀髪少女は誰? 幻像? 夢?』
そんなことが、澪音を悩ませる。
押入の鏡越しに、ようやく自分の狼狽した姿と、頽廃しきった状態が見えた。
「ちぇっ……」
布団にしがみ付いたまま、窓外の平和な風景を眺める。
行き交う人々。登校する学生たち。バス待ちの会社員たち。
いつもと変わらない様子だった。
しかし、何となく説明のつかない違和感がある。
「……答えが、必要」
いっそ家で安静にしようかと思った。だけど今、その苛立ちが原動力となり、澪音は失われた記憶の欠片を探しに出かけたい。
――大事なのはやはり情報収集。
と、計画を明確にして、ベッドから出てさっさと制服に着替えた。
「一緒に行きましょう。昨日はまだ……」
話し声がだんだん弱くなる。
子猫っぽく、男性の心を溶かすほど可愛い寝顔の澪奈に、澪音は一晩中大切にしてくれた彼女を起こすことができない。
ここに立って、朝の新鮮な空気を吸って、生きていけるのも、澪奈のおかげだ。
「……ゆっくり休んで」
澪音は毛布を探してきて、時折「ふにゃん……」と寝言を言う澪奈にかけた。
それから彼女の赤紫髪を撫でて、部屋を出ようとする。
ただ、扉を開けた瞬間に動きが止まった。無意識に、寝息を立てる精霊仲間を振り向いた。数十秒たっても、一歩も動かない。
その目に含めたのは、優しさであり、感謝である。
「ありがとう、澪奈、マジで」
現時点の彼女には聞こえなくても、テレパシーできっとその気持ちを届ける。
今日は珍しく、出かける前に「行ってきまーす」と付け加えた。
スカーレットの魔法譚 Mint オーロラ @MistySora
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