はっぴーまじかるらぶらいふ!

栗餅

第1話

相川冬花の家系は、代々ちょっとした魔法が使えた。母はお湯を紅茶に変える魔法、父は抱きしめた相手をちょっと元気にする魔法、兄は切れたギターの弦を繋ぎ直せる魔法。親戚も全員ちょっとした魔法が使えた。種類はさまざまであったが、共通することは生活が少し楽しくなる魔法だということ。


そして冬花に与えられたのは、あと一歩の恋愛をほんのちょっとだけ後押しする魔法だった。


冬花は、恋バナが好きだ。ドキドキする恋愛も、穏やかな恋愛も、聞いているだけで楽しい気分になる。両片思いであることを知れば、直接言いはしないものの実りますようにといつも祈っていた。

だから、この能力が開花したときはひどく嬉しかったものだ。何度も何度も母に自慢していたのを覚えている。


喜ぶ冬花に、母は「人の恋愛を手助けするのも大事なことだけど、自分の恋愛も大事にするのよ」と言った。確か、冬花はそれに迷わず頷いたはずだ。

母は、冬花が人の恋愛の成就ばかり祈って自分の恋愛を大事にしないことを危惧したのだろう。だが、冬花は母が思っているよりずっと欲深い。蹴落とすとか、駆け引きとか、そういう難しいことはよくわからないけど、好きになった人とは絶対付き合いたいし大事にしたいと思う。

あいにくまだ運命の人に出会えてはいないけれど、出会ったら絶対自分の恋愛を実らせるんだと冬花は覚悟を決めていた。




はっぴーまじかるらぶらいふ!




大学一年生、春。冬花は新しい環境に緊張しながらも胸を高鳴らせ門をくぐった。広いキャンパスを見渡す。高校のときとは全く違う環境、人。うまくやっていけるかはわからないけど、楽しく過ごせるといいなと思いながらキャンパス内を歩く。

ちょうど時期がよかったのか、満開に咲いた桜が冬花を歓迎してくれているような気がした。


しばらく歩いていると、桜の木のそばに佇んでいる男を見つけた。見えるのは後ろ姿で顔までは見えないが、かなり背が高くて肩幅がある。均整の取れた体つきだった。

冬花はそんな彼がなぜか気になって、思わず視線を向けてしまう。目が、引き寄せられる。

じっと見ていると冬花の視線に気づいたのか、男が振り返った。


(......わ)


柔らかそうな黒髪がふわりと揺れ、風になびく。振り返った瞳はまんまるで、吸い込まれそうな黒色だった。男にしてはかわいらしいと表現されるであろう顔立ちだが、がっしりと背の高い体にはどこか色気を感じる。


このひとが、わたしの運命のひとだ。


冬花はそう直感する。自分を見つめている冬花を不思議そうに見る男の腕を掴んで、逃がすものかと声をあげた。


「お名前教えてください!」





あの日、突然名前を聞いてきた不審者に嫌な顔一つせず名前を教えてくれた男と、冬花は今日も一緒に授業を受けていた。

男の名前は坂本健。冬花と同じ大学一年生で、しかも学部も同じ経済学部だった。それを知ったときは、やっぱり運命だ!と喜んだものだ。

同じ学部だから、一緒に受けられる授業も多い。健の隣は冬花の定位置になっていた。


「坂本君、さかもとくん」


今も隣で意味もなく健の名前を呼ぶ。坂本健、という名前の響きが好きだ。あったかい。


「もぉ〜なにぃ?どうしたの相川さん」


こんなふうにウザ絡みしても、健はニコニコ笑って対応してくれる。好きだ。健はいつも優しくてぽかぽかしている。健の隣は冬花が一番安心できる場所になっていた。


「んふ、なんでもな~い」


ふざけて笑えば、健も笑ってくれる。冬花はこの時間が大好きだ。心の奥から好きがあふれてくる。健と話していると、頭に浮かぶのは「好き」の二文字ばっかりだ。幸せすぎてどうしよう。


告白して付き合えたら、もっと幸せになるのかな。


そんなことが、頭をよぎる。ずっとずっと前から決めていたこと。運命の人に出会えたら、絶対に自分の恋愛を実らせる。

今それが目の前にあるのに、冬花はまだ告白できずにいた。


だって、好きな人と過ごす日常がこんなにきらきらしてるなんて思っていなかったんだ。恋人じゃない状態での好きな人との会話なんて、緊張するだけかと思っていた。付き合う前でこれなら、付き合ったら死んでしまうかもしれない。


それに、告白していないからこんなに近い距離でいられるけど、告白して振られたら気まずくなってしまうかもしれない。冬花は成就した恋愛だけではなく破れた恋愛もたくさん見てきた。今までそれを自分に当てはめて考えたことはなかったけれど、自分に起こったらと思うと恐ろしい。


自分の寿命と失恋を心配して、冬花はいまだ告白に踏み出せていなかった。





「坂本、告白しないん?」


お昼。今日は健と授業が違ったから、食堂で待ち合わせをしていた。健の姿を見つけて声を掛けようとすると、健の目の前に座る金髪の男がそんなことを聞いている。入りづらい話題だ。思わず柱の陰に隠れてしまった。


「悠馬お前なぁ、デリカシーっていうもんはないんか?」


どうやら金髪の人の名前は悠馬と言うらしい。健の反論の言葉に肩をすくめている。


「デリカシーなんてお前に必要ないだろ。で、どうなん?」


冬花は先ほどの悠馬の言葉を思い出す。悠馬は確実に言った、「坂本、告白しないん?」と。それが表すものは、つまり。


坂本君、好きな人いたんだ。


知らなかった。冬花には言ってくれなかった。友達なのに。言ってくれてもよかったじゃないか。失恋した。かなしい。

たくさんのネガティブな言葉が冬花の頭を通り過ぎていく。じわっと涙が出てくるのを感じた。


「いや、相川さんピュアだから!いきなり告白してびっくりさせたくない......」


「いや、小学生の恋愛かよ。告白くらいしろや」


しっかり聞こえてきた言葉に涙が引っ込む。え、今相川さんって言った?相川、あいかわ。何度頭の中で反芻してもそれは冬花の苗字だった。信じられないことを聞いてしまった。心臓がどくどくと鳴っている。

健が冬花のことを好きだなんて、驚きと喜びで胸が爆発しそうだ。

さっきは健に好きな人がいたのかと悲しみにあふれていたのに、今は嬉しすぎて空でも飛べそうだ。やっぱり運命だったのかも。

自分でも単純だとは思うが、恋なんてそんなものだろう。ハッピーエンド万々歳だ。


冬花は鼻歌を歌いながら健のもとへ歩く。健は歩いてきた冬花に気づいたのか、焦ったような表情に変わった。恋バナを本人に聞かれていたのだから当然かもしれない。


「あ、相川さん......!?聞いてた!?」


冬花は健の言葉を無視して健の瞳を覗き込む。どぎまぎしている健を見ながら、深呼吸をした。

告白って、思ったより緊張するなあ。

絶対成功するってわかってるのにばくばくと鳴り出す心臓。怖気づいてしまいそうになる。

でも、冬花は健と幸せになりたいから。


あと少しの勇気が欲しくて、自分自身に魔法をかけた。あと一歩の恋愛をほんのちょっとだけ後押しする魔法。冬花は息を吸い、目の前の健のためだけに伝える。


「坂本君、好き!」

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はっぴーまじかるらぶらいふ! 栗餅 @kujaku_ishi

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