第4話

    


「なんで……なんで……」




 誰もいない廊下に座り込んで、背中を壁に預けていた。どうしていいか分からない。とにかく、誰も居ない場所へ行きたい。そんな思いで、ここに留まった。




 何でこんなことになったんだろう。もしかして、私が駿にプレゼントを渡すことが間違っていたのか。それとも、駿を好きになった時点で間違ってたのかもしれない。




 いや、今はそんなこと、どうでも良かった。私がショックを受けたのは、駿のあの声。あからさまに迷惑そうな表情を浮かべながら、ボソリと呟いた言葉が頭から離れない。



 思い出したら目頭が熱くなってきた。再び視界が歪んで、頰に冷たい液体が伝った。行き場のない苦しみを、涙というものに具現化して体外に吐き出した。いくら流しても、涙はとどめなく溢れてくる。私の苦しみは、永遠に続く。そんなことを言われている気がした。




「う……うぅっ……」



 声を殺して泣いた。人知れず、自己満足のためだけに。でも、できればこの苦しみを誰かに聞いてもらいたい。身勝手な願いだけど、そう思った。藁にも縋る思いで、スマホを取り出す。そして、お父さんの連絡先を指でなぞった。




 プルルルル、プルルルル、プルルルル……



 3コール目の後で、向こう側と繋がる音がした。



「もしもし、お父さん?」

『おお、湊か。どうした?』

「私、やっぱり無理だったみたい」

『無理?何がだ?』

「恋愛」



 

 すると、液晶越しに小さなため息が聞こえてくる。その後に、「やっぱりか」という呟きも。心が張り裂けそうな私は、お父さんの些細な言動について尋ねることはできなかった。




『どうして、そうなったんだ?』

「あのね、好きな人に、昨日、プレゼントを渡したの」

『おお』




 戸惑った声がした。父親として、娘の好きな人となると、複雑な心境になるのかもしれない。少なくとも、今のお父さんがその状態だ。




「でもね、今朝、それがボロボロにされてて。しかも、その好きな人の態度も、何だか冷たくなってて……」

『なんだって。そんな酷いことがあったのか』

「……うん」




 思い出せば出すほど、胸が苦しくなる。まるで人が変わったような駿の豹変ぶりは、まだ信じられない。けれど、きっとあれも彼そのものなんだろうな。




 お互いに沈黙する中、先にお父さんが声を発した。




『そんな奴は信用できない。また、お前が何をされるか分からないからな』

「……そうだね」




 もう、駿のことは諦めた方がいいのだろう。自分のためにも、彼のためにも。そして、家族のためにも。




『恋人を作るのはとても難しい。だが、友達ならいつだって頼ることができる。だから、残念だが恋愛は辞めた方がいいかもな。代わりに、友達をたくさん作ると良い』

「うん。そうする」



 

 胸の痛みはまだ治らない。視界も不鮮明だ。けれど、ほんの少しだけ、先ほどよりも気が楽になった。




『ああ、そう言えばーーー』



 


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