第2話




(うわ、どうしよう。あんなこと言っちゃったよ!)



 もう10月下旬。すっかり冷たくなった空気の中、私はニヤけが止まらないまま走っていた。肌に刺さる鋭い風の痛みも、なぜだか今は気にならない。それほどまで、私は緊張と恥ずかしさというものを感じていた。



「これで大丈夫かな?」



 しばらくして私は足を止め、チラリと後ろを振り返った。学校がずいぶんと遠くに見える。人影とか、そういうのは見当たらない。



「良かったぁ」



 ほっと胸を撫で下ろす。今日は、暁見坂あけみざか駿の誕生日。ずっと前から、この日のためにプレゼントを買っておいた。帰る道が一緒で良かったと、改めて実感した。それに、こっち方面を通る人の少なさにも。



 お陰で、誰にも見られることなく途中まで一緒に帰れたし、プレゼントは渡せたし。それに……。



(挙句の果てに、好きな人とか言っちゃったし!)

 


 さっきのことを思い出すと、また口元の緩みが治らない。頰を何度か叩くも、感情の高ぶりは一向に冷めない。



「ちょっと、頑張りすぎたかな?」



 いや、むしろこういうのは頑張った方がいい。



 暁美坂 駿。彼は、私の好きな人。



 初めは、彼を好きになるだなんて思ってもみなかった。よく言えばクール、悪く言えば冷淡で口が悪いあいつなんて。そのくせ、身体能力が高いそのせいか女子には絶大な人気を誇る。授業中も、休み時間も、彼の周りに男子がいなければたくさんの女子が輪になって駿を囲むのだ。その時のみんなの目ときたら。もうハートマークがいくつも浮かんでいる。



 同じ学年はもちろん、彼は他学年からも絶賛されていて、密かにファンクラブができている、という噂も聞いたことがあった。



 でも、私は彼のことをそんな目では見ていなかった。好きかどうかを決めるのは性格の方だから。少なくとも、私はそんな考えを持っていた。



 だから、駿のあの姿を見た時は、胸を打たれた。放課後、みんなが部活に打ち込んでいる時間だった。私は忘れ物を思い出し、慌てて教室に行ったところで、誰かがいる気配を感じた。あまりクラスメートに会いたくない私は、物陰からこっそり中を覗いて、目を見開いた。



 教室に残っていたのは、駿だった。彼は誰も見ていない教室で一人、せっせと机を並べていた。うちのクラスは、よく走り回る男子がいるせいで机の並びが乱れる。列からはみ出したり、向きがおかしい机や椅子があるのは、日常茶飯事だった。 



 彼はその一個一個を、丁寧に並べ直していた。自分のものでもないのに、一生懸命、ひたむきに。誰かの評価を得るためとか、自分の価値を上げるための行動じゃないことは一目瞭然だった。彼は、他人のために親切でそれをやっているのだと。



 私はそっと彼の姿を盗み見て、その日は忘れ物を取るという目的を達成せずに帰った。



 次の日から、私は何気なく駿を目で追いかけるようになった。すると、普段は気が付かなかったが、彼は積極的に物事に取り組んでいることに気づいた。



 例えば、集配物が大量にある時。駿は係でもないのに、自然な動きでプリントを配った。例えば、係の子が仕事を忘れている時。誰かに言われなくても、誰も見ていなくても、駿はまるで自分の仕事であるかのようにそれをこなしていた。



 彼は、彼自身の思いやりで行動していた。その姿が、異様にかっこいいと、私は思ってしまった。駿は、ただ顔がいいだけじゃない。人の役に立てる、素晴らしい人間なんだ。私は彼を見直し、そして、惚れたんだ。



 人気者で、誰かの役に立てる、素敵な人。



 だからこそ、だ。



「ほんと、受け取ってもらえて良かったぁ」



 今日が駿の誕生日だというのは、もちろん女子らも知っている。というわけで、朝から何人もの女子が駿に押し寄せてプレゼントを渡している姿を目撃した。



 正直、自分のプレゼントが受け取ってもらえるか不安だった。だって、あんなに物を貰っているならば、私のなんかいらないかなって、そんなふうに思ってしまったから。



 でも、戸惑いながらも受け取ってくれた時は本当に安心した。



(ああいうところも、優しさっていうのかな?)



「でもやっぱり好きっていうのはなぁ……」



 先ほどのことを思い出すと、不思議な気持ちが湧き上がってくる。この手の震えも、きっとさっきの出来事のせいなんだろうな。



「なんであんなこと言っちゃったのかな?」



 正直、あんなことを言うつもりじゃなかった。ただ、しおりを貰って嬉しかった。それだけが言いたかっただけなのに。気がつけば、口が勝手に動いていて、心の声が漏れていた。



 あれを聞いた駿は、どう思ったんだろうか。キモいとか、訳わかんないとか、思ったないかもしれない。



(いや、あの駿に限ってそれはないよ)



 でも誰だって突然言われたら警戒するはず。頭の中でぐるぐると考える。それでもやっぱり、あれ入って良かったのか悪かったのかなんて、答えは出なかった。



「まぁ、いっか」



 私は開き直ることにした。プレゼントは渡せたし、おめでとうも言えた。もう、私にとってそれだけで十分。



 私は立ち上がって、気持ちの良い秋空の下を再び駆けた。

 

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