第1話 「再会」

 2023年11月7日(火)――


 秋晴れの朝、青木友郎は、ポケットの中で冷えた手を握り、上り線ホームに立っていた。風が秋の匂いを運び、落ち葉が軌道にそっと舞い降りる中、彼は昨日会った女の子の顔を思い出していた。


 たった三駅の間だったが、友人と話している彼女の微笑みが、切ない香りと共に友郎の心を締め付ける。なんとなくいつもとは違う車両に乗ってみたことで、偶然巡り会えたのだ。


――もう一度会いたい――。


 乗車口が昨日と同じであることをもう一度確かめ、再びお目に掛かれることを願い、執拗に時間を確認した。


 およそ時刻表通りに到着した電車に乗り、昨日と同じ端の席に座った友郎は、車両の乗客が昨日と同じであることを確認したが、正直周りの人間なんてほとんど覚えていなかった。


 ほぼ全ての座席が埋まった鉄製の馬車は、友郎の住む香澄町かすみちょうを後にし、二駅先の小藤町こふじちょうまで『彼女』を迎えに行くのだった。




 小藤町駅に着く間際、大きな川を電車は渡る。犬の散歩をしている人が少しと、駅へ向かう通勤中のサラリーマンが二、三人、土手を歩いていた。ドラマなどでよく見かける景色を、いつか二人で歩いてみたいと妄想を膨らます頃、電車は期待のホームへと差し掛かる。




 だんだんと速度を落とす視界に彼女を探した。扉が開き、数人の乗客が乗り込んだ後、例の彼女が乗ってきた。そのまま近くのドアわきに立ち、ポケットから取り出したイヤホンを耳につけた。その時、一瞬彼女と目が合った。そしてこちらに微笑んだように見えた。


 心臓を殴られたかのような衝撃だった。本当に、また会えるとは思っていなかった。




――なぜ今まで会うことがなかったのだろう。最近この町に引っ越してきたのか、それともこれまでは他の車両に乗っていたのだろうか。


 そんな些細な疑問は一瞬にして頭を離れ、彼女と目が合い、さらには微笑みをいただけたことに喜びを隠せなかった彼の頬は、およそ夕陽のように紅くなっていた。




――なにか奇跡でも起きて、話しかけてきてはくれないだろうか。そのイヤホンでなにを聴いているのだろうか。どうして一瞬微笑んでくれたのだろうか……。


 微笑みに対し、笑顔で返すことができなかった悔しさを抱え、携帯を見るフリをしながら静かに彼女を見つめるのだった。




 次の駅で彼女の友人が乗ってきた。おはようと軽い挨拶を交わしながらイヤホンを外した二人は、昨日観たのであろうSNSやテレビの話をし始めた。


 着ていた制服と会話の内容で、彼女が隣町の秀桜西しゅうおうにし高校に通っていることと、彼女の名前が「マナ」であることがわかった。




 彼女は誰もが憧れそうな、愛想のある可愛らしい女の子だった。くりっとした瞳に、すっと通って柔らかそうな鼻、少しぷくっとした上唇。背筋をぴっと伸ばした姿勢がとても綺麗で、可愛くもある。そこに子供っぽさはなく、少し高そうな背のせいか、どこか大人びている印象を受ける。友人の話に大きく相槌を打っては、笑うたびに少し華奢な肩にかかる髪の毛がとても綺麗だった。


 顔を出して間もない太陽が、彼女を後ろから強く照らし、その光景が彼女に神々しさすらも感させ、友郎の頬も照らす。半端な覚悟で触れてはならない、崇高な人であるような。背が高いことだけが取り柄の友郎には、およそ釣り合うことのない存在なのだ。




――こんな子と付き合えたなら、どんなに幸せな人生だろう。


 そんな想いが頭を駆け巡り、次の駅へと到着した。




 近くの扉から一人の老婆が乗ってきて、席を探していた。


 友郎はチャンスだと思い、すかさず老婆に席を譲ると、チラッとマナを見た。親切さアピールを試みてみたがこちらには気づいておらず、変わらず談笑をしていた。


 彼女は自分なんかに興味はないのだということと、そんな不純な動機で席を譲った自分が少し情けなくなり、そのまま背を向け窓の外を眺めた。斜め遠くには、彼女が通う学校の屋根が顔を出し、楽しみにしていた時間が間も無く終わることを知らせてきた。




 電車を降りた後もこちらを振り返ることはなく、すぐに見えなくなる後ろ姿と、鞄にぶら下がる青いイルカのキーホルダーを見届ける。


 明日も会えるということを半分確信し、ひとり余韻に浸るのだった――。

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