余命1年な私の物語がリアルタイム更新中!?少年との出会いが奇跡を起こす

@ShiromuraEmi

第1話 星影の少女

 消毒液の匂いが鼻をつく部屋。白い空間。無機質な電子音が規則正しく響き、私の鼓動とシンクロする。天井を見つめる私の視界には、いくつものカゲが浮かび上がっては消える。まるで私の人生の残り時間をカウントしているようだ。


「……また、ダメ?」


 掠れ声のように呟く。そして、私は、震える手でノートパソコンを閉じた。画面には、書きかけの物語「星影せいえいのグランバーズ」の一節が表示されている。主人公のルイズは、仲間と共に広大な空を駆け、巨大な敵に立ち向かう。彼女たちは、私がずっと憧れてきた、強く、美しい存在。


「ルイズは、あんなに自由に空を飛べるのに……」


 暗黙の反語。私は自由に動けない。何かが怖くて、視線を窓の外に移す。どんよりとした灰色の雲が空を覆い、重苦しい空気が病室に流れ込んでくる。あの雲の向こうには、どこまでも広がる青い空があるはずなのに。


「私は、一生このままなのかな?」


 17歳の女、黒木瑠葉くろきるい――私は、脊髄性筋萎縮症(SMA)という難病を抱えている。筋肉が徐々に衰えていく病気で、今ではベッドから起き上がるにも、手足を動かすにも、大変な努力が必要だ。


「なんで、私……なんだろう……」


 幼い頃に発症したSMAは、私の日常を少しずつ奪っていった。大好きなバレエも、友達との遊びも、すべて(信じられる?)諦めなければならなかった。そして、高校にも通えず。私に許された世界は、この白い部屋だけ。


「もう、何もかも嫌だ……」


 私は、どうにか身をよじるとベッドに顔をうずめた。声を殺して泣きたかった。未来への希望も、生きる意味を見失った私の顔など、白い天井でも見たくないだろう。


 そんな私にとって、唯一の救いが「星影せいえいのグランバーズ」だった。物語の中では、私はルイズとなり、仲間たちと共に大空を駆け巡り、困難に立ち向かう。自由の象徴である戦闘機「グランバーズ」を乗りこなし、勇敢に敵へと向かっていく。戦って勝つ。


 勇気があり、努力できて、忍耐力もあり、誠実に生き、友情にも恵まれる。

 私にない全てを盛り込んだその物語は、現実の苦しみから逃れる、束の間の夢の時間。


「でも、それも、もう……」


 私は負の空想の連鎖を断ちたくて、ノートパソコンを手を伸ばす。思えば、最近こんなことを繰り返している。再び電源ボタンを押す。画面には、書きかけの原稿が表示されたまま。ルイズたちは、今、絶体絶命のピンチに陥っている。なぜか最近、こんな暗い話ばかりになる。そして、このままでは、彼女たちの物語は、終わってしまう。



  ◆◆◆


 閃光が視界を焼き、鼓膜を劈く轟音が響く。

オーシャン」の戦闘機が被弾した。爆発、小規模。船体、割れる。乱れる軌道。ヤバい。轟音と爆風が、ルイズの愛機「サフラン1」を襲う。衝撃波で機体が激しく揺さぶられた。操縦桿そうじゅうかんがルイズの手の中で暴れ、耐Gスーツが悲鳴を上げる。敵の無機生命体ゾズ、その漆黒の飛行現象は不気味なほど滑らかに宙を舞う。


「くゥッ、早っや!」


 ルイズは歯を食いしばり、操縦桿を必死に押さえつけ追尾する。しかし、ゾズの機動は常軌を逸しており、まるでルイズの動きを先読みしているかのようだ。


「キャミ、レオン、援護を!」


 ルイズの無線に応じ、黄色の僚機りょうき二機が急降下でゾズに迫る。キャミの放った曳光弾えいこうだん(※光の弾道が見える特殊な弾)がゾズの側面をかすめた。光の軌跡を頼りにレオンの機銃掃射し、ゾズの進路を阻む。


「この隙に離脱! 雲に入れーーッ!」


 ルイズは僚機と共に急上昇し、雲海の中に姿を隠す。しかし、安堵したのも束の間、ゾズは執拗に追撃を続ける。


「くっ、逃がさないってか? 正しい戦闘してくれる!」


 ゾズの機体は、まるで生き物のように滑らかに、それでいて不気味なほど無音で宙を舞う。その姿は、暗黒の深淵から這い出てきた悪夢のようだった。悪魔は、空中を文字通り跳ねて回っているのだ、物理的なエネルギーの損失無しに。


 ルイズは再び操縦桿を握りしめ、ゾズとの距離を詰める。察知したのかゾズの体表に不気味な紋様が浮かび上がり、禍々しいエネルギーが放出される。

 ルイズたちは着実に追い詰められていく。


「サフラン2、レオン、右翼破損!」


 無線機からレオンの悲鳴が響く。ルイズが視線を向けると、レオンの機体が黒煙を上げて墜落していく。


「レオン!」


 ルイズは怒りに震え、ゾズに特攻をかける。強引な旋回、Gがルイズの体を容赦なく押しつぶす。視界がぼやけ、呼吸が苦しくなる。しかし、ゾズの放った一撃がルイズの機体を直撃し、「サフラン1」は制御不能に陥る。


「くっ、だめか……」


 ルイズは意識が朦朧とする中、最後の力を振り絞り、無線で叫ぶ。


「キャミ、マージ、二手に分かれて逃げろ! どちらかだけでも生き延びて!

 最悪な状況でも懸命に戦って!」


 ルイズの愛機は、ゾズの追撃を逃れることなく、青い海へと吸い込まれていった。特段仲が良いわけでない二名を逃がすのは、彼女の正義感かまたは……。




「サフ……ン4、……フラン4、聞こえるか?」


 キャミの声が、無線を通じてマージの鼓膜を叩いた。


「ひ、はひぃッ! き、聞こえ……す、サフラン4です」


 マージの返答は、いつものようにおどおどとしていた。

 キャミは舌打ちをした。


「ったく、しっかりしろよ、マージ。ルイズ達がやられた今、私たちだけなんだぞ。ったく『黄色プリン』に配属された時から……まぁ、碌なことなねえぜッ!」


「でも、キャ、キャミさん、あんなの、勝てるわけないです……」


「ああ、だよな? だったら逃げるか仕掛けるか、決めなくっちゃならねぇ! 

 各種メーター安定してるか? 最後は目視しかねえんだぞ! パラシュートどこか

 分かるな!?」


 マージの声は震えていた。キャミの多弁も恐怖の裏返し。ゾズ、あの漆黒の化け物は、彼女ら「黄色サフラン」のグランバー乗りと戦うには異質過ぎた。その動きは非常に滑らかで、それでいて予測不能。今も物理法則を無視して、空間に3体現れては2体が消えて、位置をかく乱している。


 方向を正反対にして飛ぶ両機は無線で話す。

 逃げる選択、それは正しい。


「こ、これは物理現象じゃなくて人工知能みたいなアルゴリズムかもしれません」

 マージの感想は、もし次戦があるならばという悲哀を含んでいた。

「チッ、なんだよそのアルゴなんとかっちゅー異国の音楽みてぇなのは。ッたく、こんな超絶クソゲーみたいな敵と戦わされるなんて、やってらんねーよ……なぁッ!」


 キャミは毒づきながらも、操縦桿を握りしめる手を緩めなかった。急旋回を繰り返しどうにか敵を引き離そうともがく。


「せめて、一矢報いてから死にたいもんだぜ。いや、二矢でも三矢でもいいわ、逃げながら言うのも癪だけどなッ!」


 キャミの言葉に、マージは何も答えなかった。ただ、ゾズが迫ってくる恐怖に、全身が硬直していたからだ。


 ゾズは、まるで獲物をいたぶるように、サフラン3と4を翻弄した。その漆黒の機体は、存在そのものを消し去る絶滅の箒である。


「うわああああ!」


 マージの悲鳴がキャミの鼓膜を劈いた。ゾズのプラズマ光弾がサフラン4の左翼を抉り、機体は大きく傾く。マージは必死に操縦桿を引いたが、言うことを聞かない。


「マージ!」


 キャミの叫びも虚しく、サフラン4は制御不能のまま、きりもみ状態に陥り、青い海へと吸い込まれていく。マージはコクピットの中で、恐怖と絶望に顔を歪めた。


「いやだ、死にたくない……!」


 マージは、まだ16歳だった。パイロットになるために厳しい訓練を受け、やっとの思いで「黄色サフラン」の名を手に入れた。なのに、こんなにもあっけなく終わってしまうなんて。


「お母さん、ごめんなさい……」


 マージの脳裏に、母の優しい笑顔が浮かんだ。パイロットになることを応援してくれた母。誇らしげに自分の写真を飾っていた母。自分の服より息子の本を優先した母。良いメカニックになるよ。いつも誉めてくれて。包み込む感じ。甘い匂い。走馬灯。マジ。死。し。シ。死!?


「こんなところで死ぬわけには……!」


 マージは最後の力を振り絞り、緊急脱出レバーを引いた。コクピットを飛び出し、パラシュートが開く。眼下には、容赦なく迫りくる海面。


「生きたい!」


 マージの言葉の直後、ゾズは彼に向けプラズマ光弾を放つ。ゾズなりの嘲笑にも見えるその攻撃は、戦闘機ですら大破する、ましてや生身の人間など……。


「マージ!」


 キャミの声は届かない。サフラン4もマージも、黒い渦の中に飲み込まれるように消えていくのだから。


「くそっ、くそっ、糞糞糞糞くそォッーーー!」


 キャミは怒りと絶望で、全身が震えていた。しかし、それでも彼女は諦めない。


「このクソ野郎、絶対に許さねぇ!」


 キャミは最後の力を振り絞り、ゾズに特攻をかける。サフラン3の機首が敵に向けられた瞬間、ゾズはサフラン3の目前200mで完全に静止した。彼女の眼には、不気味な笑みを浮かべた策士にも見えただろう。ゾズには顔や表情などは存在しないのだが。


 刹那、サフラン3はゾズの放った光線に貫かれ、爆発四散した。


 数分後、青い海面。黒い油と機体の破片が4機分、虚しく漂っていた。

 黄色チームは、全滅した。そう「」したのだ。


 深い海の底。ルイズだけが暗闇の中で目を覚ました。冷たい海水が肺を満たし、窒息寸前の苦しさに襲われる。必死に水面へと浮上すると、夕焼け空の下、仲間たちの機体が墜落していく光景が脳裏に繰り返された。


「また…………」


 ルイズの脳裏に、過去の悪夢が蘇る。父と仲間達が乗ったグランバーズが次々とゾズに破壊される光景、自分の無力感、そして、その枷を背負わされた罪悪感。


「私は……みんなを守れなかった……」


 ルイズは嗚咽を漏らしながら、力なく海に沈んでいった。

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