エヌ氏

夢のせんべい

 エヌ氏は江戸時代からつづく、せんべい屋の当主であった。優秀な成績で大学を卒業し、一流企業に就職したのち、急死した父親の跡を継いで、せんべい屋に収まった。


 エヌ氏のせんべい屋は、先代のときから、経営が傾いていた。そこに優秀なエヌ氏が入ったことで、多少は持ち直したが、時代という波には勝てず、せんべいは売れなかった。


 ある日、一念発起したエヌ氏は、店の看板となるせんべいの開発に乗り出した。

 その経緯は省略するが、艱難辛苦の果てに、エヌ氏が生み出したのは、国産の黒ゴマをふんだんに使った、漆黒のせんべいであった。

 とくにエヌ氏がこだわったのはその形だった。今の時代、味がよいだけでは、せんべいは売れない。客に愛されるデザインが、せんべいに求められていた。

 

 せんべいの生地を抜く型を、何度もエヌ氏は自作して、ようやく、満足のいくものを完成させた。

 その型抜きで作られたせんべいは、丸いせんべいに、丸い耳がふたつ付いているものだった。その大きさのバランスが絶妙で、だれもが愛らしさを感じつつ、見飽きないものになっていた。エヌ氏が一年間をかけて、微調整を繰り返した賜物であった。


 エヌ氏が満を持して、二つの丸い耳のついた漆黒のせんべいを、常連客に試食させてみると、客は、せんべいをまじまじと見つめたあと、せんべいをかじり、次のように言った。

「とてもおいしいけど・・・・・・。夢の国って、著作権にうるさいんじゃなかったかしら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る