スヴェニール

@Yoyodyne

シークエンス1

ある男がいる。その風景は始め色が無く白と黒のモノクロに見える。アスペクト比はアカデミー比(1.375:1)。ある男はカフェに座り通りを眺めて行く人を見ているようだ。道路を挟んで向こう側にバス停があり、そこに人がいる。男は視力が悪く、コートのような厚着をしているようだという以外はよくわからなかった。ぱっと見は短い金髪の女に見えるけれど、ただの禿げた男かもしれない。しかも、不味いことにサングラスをかけていて顔━構成素である表情、パーツに与えられた不明瞭なイマージュを思い起こすことができなかった。男は女だったらいいなと考えそれに願望を投影した。目をつぶり、彼女とベットを共にしているのを想像する。トレイシー・エミンのmy bedのような(なぜこれを真っ先に思い浮かべたかというと男はテート・ギャラリーで展示されている床や布団に乱雑にコンドームが散りばめられたその作品(笑)の画像をネットで見てからというもの男自身が驚くほどの嫌悪感に襲われてそれを考えないよう頭から追い出そうとすればするほどそのイデアルなベッドのゲシュタルトがmy bedに取って代わって記憶に定着しあらゆるベッドがそれとしか認識できなくなっていたからで今ではホテルとかのキレイに整った経血一つないベッドメーキングされたベッドを見ると落ち着かない気分になるのだった。←早口)ベッドに横たわる彼女は一糸もまとっていないたわわな裸体を晒しながらサングラスをつけた顔で男を見つめているようだった。倦怠の空気がその空間に満ち張り詰めている。真っ暗な妄想の宇宙にワンセットのベッドと彼女だけが浮かび上がっている。

そろそろ男に名前を付けよう。でなければ、今は登場人物が数人しかいないのでそんなことはないが、固有名がなければ誰が誰なのか一見わかりにくく、いずれ人が増えれば誰がどの行動を取っているか混乱するだろう。これから与えられる名前は暫定的なものに過ぎない。いや、やはりやめておいた方がいいのかもしれない。登場人物を出せば出すほど全体としての整合性が取れなくなる。キャラクターの設定を覚えその設定通りの自然な振る舞いをさせる報われない労力を払う勇気がないので(できれば推敲もしたくない)、ここまで無駄口を叩いて置きながら申し訳ないが言い訳としてそして怠惰の言い換えとしてミニマリズムと自己主張させてもらおう。それは副詞や比喩、感情表現を極力排除する文学表現上の(そして他の創作ジャンルである建築、絵画、映画にも同調した)イデオロギーとしてのミニマリズムではなく(実際この運動の創始者の一人といえるフレデリック・バーセルミはインタビューで「自身の作品を厳格に編集すること、読み返し重複を避け無駄を何度も何度も削ぎ落とす。それを繰り返すことのみが作品の質を高め左右する」と主張していたはず。[要出典])、純粋にミニマムな怠惰のみの選択としての━どうせ死ぬんだから岩を引きながら山の登り降り、舗装されていない河原で敷いたブルーシートの上で石を積み上げるという暇つぶし以外に価値も意味もない行動を暇つぶし以外の理由で行わず、暇つぶしだとしても極力行わないただ死ぬまで飯を食らい糞を垂れ流すライフスタイルとしての開き直りのひけらかしで行動しないか思いつきで行動するかのどちらかでしかない基本的スタンスを美徳(笑)とする。そういう意味でのミニマリズム…脱線しすぎた。本筋に戻ろう。さて男が居るのはバーではなくてカフェ…これなら今まで頭空っぽにして見てきた映画から場所を構築できそうだ。そもそもバーに行ったことがない。バーが出てくる作品は小説に多かったような気がする。(これを死語の希ガスにすればさり気なく古参(電車男ヒステリー以前)のvipper(これも死語)だとアピールできる)いつも情景が思い浮かばず真っ白な空間でショットで出されたウイスキーを飲んでいるのを想像して満足していた。本筋に対する装飾的描写━大抵は秘密のやり取りをそれが滑稽なものでなくて真剣に演っているんだと演出するための小道具として用いられているだけなんだから細かく想像しなくてもよかった。それはカフェも変わらないと男は彼女を視姦しながら考えた。何秒何分経っただろう。この空間全体が一種の彫刻のようだ。自分でも何言ってるかわからない。でも、わかる必要がそもそもあるのか?糞、ションベンがどのようにできたか知らないと人は排泄できないわけなの?(もうそろそろ硬苦しい口語体止めていい?くつろぎたいんだけど

━なに距離詰めて来てるんだ気持ち悪い。取り柄が慇懃無礼しかないだから娼婦みたいにすり寄ってくるな。寧ろもっと距離取って敬語でも使ってろ。

━敬語は無理。ガイドライン適用。)セックスする寸前で物語が止まっている。それは自殺者が深夜マンションの屋上に登り闇の中に躍り出るすんであるいは首に縄をかけるすんでの躊躇に似ているのかもしれない。(部分的に自殺成功者にインタビューする描写を入れようと思ったがあまりにも薄ら寒いので却下した。)とりあえず、床に落ちている使用済みコンドームをつまみ上げてみた。薄ら寒さの感覚がこめかみに走り、男はゾクゾクと身震いした。心臓が喉元まで浮上し息が詰まるような一瞬の侵入思考。目の前のコンドームは萎びて指の腹にもたれかかっている。

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