第14話 訪問のち門前払い

 レイチェルは伯爵城で数日過ごしてから、護衛を連れて王都に向けて出発した。

 先に連絡係だけを向かわせるという方法もあったのだが、どうせレイチェルの護衛のための人手は必要なのだから一緒に行こう、ということになった。


 今回護衛になってくれたのはいずれも、中年の私兵ばかりだ。つまり皆レイチェルのことを知っており、当時はレイチェルと同じ年頃だった者たちがすっかりおじさんになっているのが妙な気持ちもするが、レイチェルとしては安心できた。










 ブランケル伯爵領から王都までは、馬車で十日ほどかかった。


「私、王都に来るのも初めてなのよ」


 だんだん民家が多くなり王都が近づいているという実感が湧いてくる中でレイチェルが言うと、護衛たちは楽しそうに笑った。


「ではきっと、あまりの人の多さに驚かれるでしょう」

「迷子にならないようにしてくださいね」

「まあっ。私、そこまでうかつじゃないわ!」

「おや、そうですか? 確かレイチェル様は座学が苦手で、地図を渡されても上下逆のまま読もうとされていたと思うのですが……」

「も、もう、忘れてよ!」


 さすが昔からレイチェルと関わりがあっただけあり、皆は気さくだった。彼らも今では皆家庭を持っており、レイチェルは年の離れた妹のような娘のような存在になっているようだ。


 護衛たちの言うように、王都は広大で立派だった。

 王城を中心に城下町が広がっており、街のあちこちに水路が引かれている。王都北側にある大河から水を引いているらしく、そのおかげで王都はいつでも新鮮な水が流れているし下水も完備しているので、清潔らしい。


「ではまずは、ブランケル伯爵邸に向かいますが……いかがいたしましょうか」


 護衛に問われたので、レイチェルはうーん、と顔を上げた。まだ太陽は高い場所にあるので、伯爵邸に行ってもフィデルに会えない可能性が高そうだ。


「……もし突撃で会いに行ったら、フィデルはどんな顔をするかしら?」

「ああー……それは確かに、ちょっと気になりますね」

「でしょう? フィデルの職場は……お城かしら?」


 城下町のどこにいてもばっちり見える王城の尖塔を眺めながらレイチェルが言うと、護衛はうなずいた。


「そのように伺っております。……それではここで二手に分かれ、私たちは王城を訪問してフィデル様との面会を頼んでみませんか?」

「断られないかしら?」

「断られたらそれまでですが、別にその場で斬り捨てられるわけではありません。もしそうだとしても一旦伯爵邸に戻り、フィデル様の帰宅をお待ちすれば大丈夫です」

「……そうね。じゃあ、お城に行ってみましょう!」


 もちろん会えない確率も高いが、できるなら少しでも早くフィデルに会いたいし……フィデルの驚いた顔が見たい、といういたずら心もあった。


(子どもの頃から天使だったから、きっととんでもない美形になっているのよね……)


 商人の妻も「どえらい美男子」と言っていたくらいだから、相当な色男になっているのだろう。


 そういうことで、伯爵邸に向かう護衛たちとはここで別れて馬で向かってもらい、レイチェルと護衛二人だけを乗せた馬車は大通りを北上し、王城に向かっていった。


(それにしても……いろいろなお店があるわ!)


 レイチェルは窓にべったりと張りついて、城下町をしげしげと観察していた。


 伯爵城の付近にも街はあってよくフィデルと一緒に遊びに行ったが、さすが王都はその比ではない。ただでさえレイチェルはおのぼりさんだし、商人が持っていた金属製水筒のように十五年前にはなかったものが当たり前のように存在していたりするので、目に映る全てのものが新鮮に思えてしまう。


(後で、城下町探検をしたいわ……!)


 さすがにフィデルを連れ回すのは申し訳ないから、案内係だけ紹介してもらって街の散策に向かいたい。ローラたちにも、お土産を買いたいと思っていたのだ。


 王城はぐるりと堀で囲まれており、東西南北に跳ね橋がある。南以外の三箇所は非常時以外は上げられているので、日中は常時降りている南側の跳ね橋を渡って門の前に到着した。


「こんにちは。フィデル・ロレンソ様にお会いしたいのですが」


 馬車から降りたレイチェルが申し出ると、槍を手にした門兵たちはじろじろとこちらを見てきた。


(……ええと。ちゃんとした身分に見えるように、ドレスは見繕ってきたのだけど)


 何しろ十五年前のものなので若干流行遅れのデザインではあるらしいが、ローラ曰く「下手に流行最先端より、これくらい落ち着いたデザインのものの方が万人ウケします」とのことなので、安心して袖を通したのだった。


 だが門兵たちはレイチェルを眺めてから、やれやれとばかりにため息をついた。


「……申し訳ないのだが、ブランケル伯爵目当ての若い女性は皆お帰りいただくことになっている」

「……なんでですか?」

「なんで、って……あなたもよく分かっているだろう?」


 とん、と槍の先で地面を突いた門兵が、少し疲れたように言う。


「伯爵が執務に専念できるようにするために、必要なことなのです」

「伯爵閣下は、あなた方のような者たちと相手をされるほどお暇ではない」

「それとも……伯爵にお会いする正当な理由でもあるのですか? 名前は?」

「え、ええと……マホーニーと申します」


 さすがにここでレイチェル・ロレンソの名前を出すわけにはいかないと分かっている。ロレンソ伯爵令嬢は「知られていない」ことになっているし、系譜上存在したとしても十年前に死亡扱いになっている。下手すれば、死者を騙ったとして投獄されかねない。


 だから名字だけ名乗ったのだが、案の定門兵たちは肩をすくめて首を横に振った。


「伯爵閣下が本日、そのような名の女性と会うという予定は聞いていない」

「悪いが、お引き取りいただきましょう」

「……そうですか」


 ちらっと背後を見ると、馬車のところで待つ護衛たちも困った顔をしている。ここで「この方は、ブランケル伯爵の叔母上である!」などと言うのは不得手だと分かっているのだ。


(……まあ、フィデルが帰宅するのを待てばいいのだから、ここは引くべきね。……とはいえ)


「あの、では教えてください。フィデル様は、毎日元気にされていますか?」


 レイチェルが問うと、門兵は少し意外そうに目を丸くしてからうなずいた。


「それは……まあ確かに、お元気そうではある」

「あまり感情表現が豊かな方ではないが、それは元々のようですからね」

「そうですか。では、お友だちはいますか?」

「お友だち……?」

「ご飯は毎日食べていますか? セロリは食べられるようになりましたか? 朝、一人で起きられるようになっていますか?」


 どうせだから気になっていることを全部聞いておこう、と熱量を込めてレイチェルが詰め寄るが、詰め寄った分だけ門兵たちは引いた。


「そ……そこまでのことは、我々は知らない!」

「もう帰ってくれ!」

「くっ……分かりました。お邪魔して、すみませんでした」


 拒否されたのでレイチェルは仕方なく引くことにして、お辞儀をしてから馬車のところに戻った。


「……よろしいのですか?」

「ええ、大丈夫よ。伯爵邸で待っていれば、いつか帰ってくるのだから」


 護衛たちにそう言ってからレイチェルは馬車に乗り、うろんな目でこちらを見てくる門兵たちに手を振った。


(……あ、そうだわ)


「ねえ、もし時間があるのなら今のうちに少しだけ、城下町を見て回りたいのだけど」


 レイチェルが馬車の窓から顔を出して言うと、護衛は微笑んだ。


「もちろんいいですよ。どうせ、伯爵邸の方でも準備の時間が必要でしょうし、時間つぶしをしましょう」

「やった! それじゃあ、ええと、どうしよう……どこから見よう……!」

「せっかくですし、歩いて見て回りますか? 私も王都は久しぶりなのですが、簡単なご説明ならできるかと」

「そうするわ。ありがとう、よろしく!」


 レイチェルは乗ったばかりの馬車から降り、城下町散策に出向くことにしたのだった。

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