とおとくひら
卒業式が終わると、在校生全員で花道を作り、送り出す。
途中、当然のように春子さんと夏帆さんが止まった。
「今度はちゃんと、お前が送る側になってくれたな」
小学校のときのことを思い出したのだろう。春子さんがそんなことを言って、ぼくの頭をくしゃくしゃ撫でた。ぼくは正直、今春子さんに合わせる顔がなかったのだが、春子さんの優しい手つきにされるがままになっていた。
と、そこでぼくと春子さんの首根っこを捕まえた人物がいた。夏帆さんだ。そうして花道の中に無理矢理ぼくを引きずり込んで、それから人気のない校舎裏へと連れていった。
またしても連れ去られたな、と思いながら、同級生の生暖かい目を完全スルーして、ぼくはされるがままに校舎裏に来た。表の賑わいが微かに聞こえるが、それだけで他に人はいない。
わけがわからないであろう春子さんに、夏帆さんがあのね、と懸命に言葉を紡ぐ。
「春子、アタシ、いい人できたんだ」
「……え」
春子さんが顔色を変えたのは言うまでもない。ぼくが気まずく俯いていると、そんなことはお構い無しとばかりに、夏帆さんはぼくの腕を引いた。
「実はなんと、にっしーなのだー!」
満面の笑顔、もう幸せいっぱいです、といった感じの表情に、春子さんはしばし、開いた口が塞がらない様子だった。仕方ないだろう。春子さんからすれば、突拍子もない話なのだから。
けれど、満面笑顔の夏帆さんと、控えめに笑うぼくを交互に見て、春子さんはやがて、ふう、と一息吐いた。それから、苦みを帯びた笑みを浮かべる。そこには少しの諦めが漂っていた。
「そうか、西園と、か」
そう呟いた春子さんは内心どう思っているのだろう、と気になったが、ぼくは何も言わなかった。何か口にしてしまったら、ぼくは余計なことまで言ってしまいそうな気がしたから。本当は春子さんが好きとか、春子さんが夏帆さんを好きなのを知っていたとか、だから自分は春子さんを諦めたとか。
それを言ったら、ぼくは途方もないくらいの懺悔に明け暮れるのだろう。きっと、優しい春子さんは戸惑うだろうし、夏帆さんの気持ちを踏みにじる行為になる。だから、何も言わなかった。
春子さんの瞳は湖面のように静かだった。
「まあ、西園なら、安心して夏帆を任せられるかな」
それはぼくが春子さんに認められた証の言葉だった。
皮肉なことだ。本当は春子さんに恋人という人間として認めてもらいたかったのに、ぼくが認められたのは、春子さんの親友の恋人としてだった。
「春子には真っ先に報告したかったんだ」
無邪気に笑う夏帆さんは、ぼくらの心の葛藤など、知らないで生きていくのだろう。今までがそうだったように、きっと、これからも。
「夏帆を不幸にしたら許さないからな」
「はい」
春子さんの言葉にはしっかり頷いた。きっと、彼女なりの餞別だったのだろう。
こうして、傷つき、傷つけて、ぼくと幼なじみの綺麗な三角関係はただ一人にとって綺麗なまま、終演を迎えた。
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