とおとごひら

 汀先輩には憧れが大きかったため、会う前に手紙を送ってみた。

 もはや神聖化されているため、位置付けはばっちりNo.1。まあ尊敬しているという意味で。

 会ってみて真っ先に惹かれたのは、鶯色の瞳だった。覚醒遺伝らしい。綺麗な瞳だなぁ、と思いながら、一緒にごみ捨てや水やりをした。

 春子さんと夏帆さんを足して二で割ったくらいのちょうどいい性格をしていたので、接しやすかった。あっという間に仲良くなって、下の名前で呼ぶようになった。

 そのことでぼくは二人の人物から警戒されることになり、怯えて暮らすことになる。

 一人は会ったことのない人。相楽先輩ととても親密らしく、春子さん曰く独占欲が強いとか。

「ゆきがどうしてあんなやつを好きなのかわからん」

「えー、でもいいじゃん。成績優秀、容姿端麗、将来有望だよ。ほら、それにゆきは面食いだし」

「それもそうかってお前何気に失礼だな」

「そういう春子も失礼ー」

 放課後の花壇。相変わらずのコミカルテンポで進む春子さんと夏帆さんの会話。ぼくは一つわからないことがあって首を傾げた。

「あのぅ、ゆきさんって?」

「あ、そういえばにっしーは会ったことなかったっけ」

 聞くにそのゆきさんという方は二人の友人らしい。小六のときに同じクラスになって知り合ったとか。

 小六で二人が知り合ったのなら、その頃に転校したぼくが知らなくても無理はない。曰く。

「ゆきは清楚系の美人で、マドンナだね」

「ただ、惚れっぽいのが玉に傷」

 惚れっぽい……気が多いのだろうか。

「中学ん時凄かったよねー、付き合った男子何人だっけ」

「確か十人は超えてた。とんだマセガキだよ」

「十人!?」

 十人と付き合って、現在フリーとしたら、十回別れているということになる。中学時代三年でそれとは。一年に三人くらいのペースだ。

 悪女か、と思ったらそうでもないらしい。何故か男子の方が浮気をして──別れる、みたいな流れだとか。

「顔の趣味は悪くないんだよーゆきちゃん」

「ただ、男を見る目がないというか。六股とかされてたときはまじでウケた」

「は、はは……」

 六股って、笑えない。

 春子さんも同じように思ったのだろう。呆れたような溜め息を吐く。

「よくもまあ懲りずに恋愛しようと思うよね。今度はあの神童だろ」

「断られ続けてるらしいけどね」

 その根性だけは見上げたもの……敢えて評価するなら。

「そういえば神童さんってそんなに性格悪いんですか?」

 時々相楽先輩と活動しているときに向けられる視線は怖いが、あれは威嚇に類するものだ。視線だけで人の性格を断定はできない。

 お気楽な夏帆さんが悪くないと思うけど、と語る傍ら、春子さんは首を横に振った。

「あれは執着気質で粘着質だね。ゆきとどっこいどっこい」

「どっこいどっこいならお似合いなんじゃない?」

「いや、最悪じゃねぇか」

 粘着質と独占欲の組み合わせは一つ歯車が狂っただけで昼ドラ並みの事件性を感じる。

「まあ、その神童さんが断り続けているんならそのカップルは成立しなくて平和……?」

「たぶんな」

 ぶちり、と春子さんが雑草を千切ってしまう。すると夏帆さんがそれを見て、「根から抜かなきゃだめなんだぞー」と鬼の首でも獲ったかのように指を指したため、春子さんのチョップが夏帆さんの脳天に直撃した。

 ──粘着質、独占欲、ね。二人を眺めながら思う。ぼくの知らぬ間に、春子さんと夏帆さんの距離感は変わっていた。おそらく、春子さんが自分の粘着質と独占欲を自覚したのだろう。ゆきさんという友人を見て。

 今の二人の距離は恋愛ではない。友人というところに留まっている。春子さんもわかったのだろう。まだこの国では一般的ではない「同性愛」の恋愛を叶えることは難しいと。

 故に、「親愛」に留めておこうとしている。ぼくにはそう見えた。

 それでも春子さんから夏帆さんに注がれる眼差しにはまだ未練が見られたが。

 ……今が、絶好の機会なのではないか? 春子さんにぼくの想いを伝える。

 けれど、臆病なぼくは言い出せないまま、新たな好意に巻き込まれていく。


 その年の夏休み、ぼくは春子さんより深く許されない同性愛者と出会った。


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