とおとみひら

 何事か、と思うより、地味に痛いという感覚の方が勝った。全体重をかけたかのように渾身の頭突きをしてきたそれは、見事にひ弱なぼくを吹っ飛ばした。

 しかしそれ──というかその人物は、悪びれた様子もなく、五年前と変わらないにかっとした太陽みたいな笑みを浮かべてぼくに向ける。

「にっしー!」

 その呼び方も懐かしい。こちらは女子の平均身長くらいだ。これでぼくより高かったら、さすがに男としての矜持が保たれない。

「お変わりないようで。南先輩」

「やだなぁ、にっしー。アタシとキミの仲じゃないか。そんなよそよそしい呼び方なんてお止しよ」

 こちらも変わっていないようで何よりだ。すかさず春子さんが「何が仲だ。小学校が同じだっただけだろうに」と突っ込む辺り、全然変わっていない。二人の阿吽の呼吸にはやはり胸がちくちくと痛むが、見ていて和むのも確かだ。

 ただ、セットで登場が定番だった二人がバラバラで登場したのは意外だった。

「いやぁ、入学式で緊張しているのかなって花壇見つめてる春子のところに男子が現れてついぞ男っ気が見られないまま高校の一年を過ごした春子にもいよいよ春到来! と幼なじみながらに喜びを噛みしめていたところ、よくよく見たらにっしーじゃんって飛び込んできた次第」

「お前はあたしのおかんか。あと男っ気がないは余計だし、飛び込み方を少し考えろ。お前の頭突きがクリーンヒットして西園の腰骨が折れたらどうするんだ」

「骨折!? それは大変だ110番しないと」

「普通は119番だ」

 見事なまでに息ぴったり。やはり漫才を見ているようだ。ちなみに110番をした場合、被疑者は夏帆さんとなることに果たして彼女は気づいているのだろうか。

「まあ、心配しなくても腰骨は折れてないですから、大丈夫ですよ」

「本当?」

 まあ、あのタックルは痛かったが、あれしきで折れるような腰骨だったら、普通に立って歩くこともままならないだろう。

 夏帆さんに頷くと、夏帆さんは嬉しそうにぼくに抱きつく。久しぶりのスキンシップに、ぼくはこの人こそ女だという自覚が足りないんじゃないかという不安に囚われた。そうして悩んでいるうち、例によって、春子さんの手でべりっと剥がされるのだが。

 ……やはり、春子さんは今でも夏帆さんに気があるのだろうか、と引き剥がされながら思った。ぼくは夏帆さんには不純な思いなんて持っていないからいいが、春子さんに惚れたまんまの身としては少々辛いものがある。……さすがに、もう堂々と恋人繋ぎするのはやめたようだが。

 夏帆さん曰く、中学時代に「恋人繋ぎ」というのを知って、浮いた話を聞かない原因の一つと思って恋人繋ぎはやめようという話になったらしい。春子さんの台詞を借りると、お前はおかんか、とも思える行動だが。

「いやいや、花の乙女が、高校、青春、恋愛の三拍子を逃すのは大問題だよにっしー」

「そういうお前も花の乙女だろうが」

「アタシの青春の謳歌はもう始まってるんですー。春子の将来がおかーさん今から心配」

「お前いつからあたしのおかんになったんだよ」

 そのツッコミには些か険が滲んでいた。仕方ないことだろう。「青春の謳歌はもう始まってる」と夏帆さんは言った。……もしかして、夏帆さんにはもう想い人がいるのか? と捉えられる表現である。幼い頃から夏帆さん一筋の春子さんとしては聞き逃せないだろう。

「ほら、アタシらの学年にいる神童サマとか優良物件じゃない?」

「あれはゆきとか鈴音とか狙ってる女子多すぎんだろ。それに振り方こっぴどいらしいじゃん」

「えっ、もしかして春子既にこっぴどく振られた系?」

「アホか」

「じゃあじゃあ、さがらんとかは? さがらんも結構顔面偏差値高いと思うんだよねー。しかも性格おおらかで花好き、女子力高し。ほら、春子じゃ埋まらない穴をぴったんこに埋めてくれる存在だ」

「汀はお手つきだよ」

「えっ、さがらんリア充なの!?」

「うーん……無自覚リア充、というか……」

 こうして二人の会話はぼくを置いてきぼりに進んでいく。いつも通りだ。

 ただ、ぼくは一つ興味をそそられて、話題に割って入る。

「その汀って先輩、花好きなんですか!?」


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