とおとふたひら
あの二人がいない時間というのが、ぼくは想像もできなかったが、過ぎてみるとあっという間で、ぼくはいつの間にか中学三年生になっていた。
いや、二人がいない──春子さんがいない時間なんて、ぼくにとって歯牙にかける必要もないほど価値がなく、平々凡々としたものだったから、特に強烈に印象に残らなかったのかもしれない。
クラスカーストがどうとかいうレベルじゃない。空気は空気らしく空気のような存在でいた。転校初日こそ、物珍しさに人が寄ってきたが、それだけだ。数日で人々はぼくという人間のつまらなさに気づいて離れて、それでおしまい。ぼくには平穏な生活が流れた。
ただ、自然に身についた動作で、朝早く登校し、花壇に水をやるという習慣は変わらなかった。「男のくせして花とか愛でやがって」とかそういうやっかみみたいなのは起きなかったと思う。ぼくは空気だから、誰にも気にされなかった。
そうしていつの間にか、高校受験という人生の岐路の一つに立たされていた。正直、成績には困っていない。中の上くらいというクラスカーストに影響がない程度のちょうどいい成績で、どこの学校に行くにも大して困らない成績だった。
父母に意見を聞いてみると、好きにしろとの回答。好きにしろってこの場合、夕飯、何食べたい? に対して、なんでもいいよ、と答えるのと同じくらい無責任かつ困る回答なのだが、生まれてこの方、大した我が儘も言ったことがないのだ。こういうときに好きにさせてもらえるというのも一つの特権かもしれない。
ぼくには一つだけ、恥ずかしながら欲があった。
それは春子さんが別れ際に言った「永遠の別れではない」ということ。……もしかしたら、高校なんかでまたひょっこり出会うかもしれないじゃないか、という可能性。
少し遠いけれど、好きにしろというのだから、好きにさせてもらおう。──ぼくは春子さんに再会できるかもしれないという不純な動機でその高校を選んだ。
春子さんと夏帆さんの家から一番近い高校。行くとしたらその付近だとその高校しかない。以前のぼくの家からなら徒歩で行けるレベルだ。受験もそう難しくない。
直感だが、そこに二人がいるような気がした。これはぼくの想像に過ぎないが、夏帆さんが、家から電車乗るの怠いとかそんな理由で一番近くにして、春子さんが夏帆一人じゃ心配だからとか言って、一緒に入学しているような気がする。二人らしくていい。
二人のあまりの仲の良さに胸を痛めながらも、ぼくは和ませられていたのかもしれない。
そんなことを考えて、その高校を受験した。母が遠いことを訝しんだが、好きにしろといった手前、あまり口は出せないと思ったのだろう。ぼくの受験をすんなり受け入れてくれた。
そんなにレベルの高い高校ではないため、ぼくは無難に合格した。
入学式の日。親は仕事で来られないというから、それなら何時に出たって一緒だろう、と早めに学校を覗いてみた。まず最初に花壇の場所を確認──と覗いたところで、
「……え」
目を真ん丸く開いて、その人は立っていた。相変わらず背が高い。ぼくだって、成長期で背が伸びているはずなのに、やっぱり届かない。その上相変わらずというか制服のスカート姿という新鮮な絵面がそう見せるのかもしれないが、スカートから伸びた足は美脚以外に何と表現したらいいのだろうか。わからない。わからないが、とりあえず、嬉しい。
真っ先にこの人と再会できるなんて。
「西園……?」
あのときと変わらない柔らかな澄んだ声で春子さんはぼくの名前を呼んでくれた。これで忘れられていたら泣いて帰るところだった、と冗談混じりに思いつつ、少し悪戯っぽく笑った。
「お久しぶりです。東雲先輩」
「おまっ」
中学生の時点で先輩呼びが定着しているのだから、高校だって例に漏れないだろう、という暴論から、ぼくは春子さんをわざとらしいくらいに他人行儀に呼んでみた。ちゃんと名前を覚えてますよというアピールなのだが、悪戯心が大半を占めていたことは否定できない。
何事にも頓着しないような性格である春子さんは、おそらく先輩と呼ばれるのに慣れていないのだろう。悪寒でも走ったかのようなぎこちない表情でこちらに笑った。
「おい西園、昔馴染みなんだから、先輩呼びとかやめろよ……」
「あはは。……お久しぶりです、春子さん」
以前の呼び方に戻すと、春子さんはほっと胸を撫で下ろし、ぼくの頭をぽんぽんと撫でた。
「大きくなったな」
「春子さんに言われても説得力がっ」
台詞の途中、突如脇腹に衝撃を受ける。
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