ななひら
学年末。卒業式の近い六年生を送る会というのをやる。
小学校では、六年生の卒業式に出席するのは六年生と五年生だけだ。お世話になった六年生のお兄さんお姉さんに下級生もしっかりお別れをしよう、という主旨で設けられた行事なのだろうが、はっきり言って、六年生には知り合いもいないし、お別れの実感は湧かない。
正直退屈な式典を終えて、ぼーっとしながら、教室に帰る人混みに巻き込まれていると、不意にぽん、と肩を叩かれ、自分でも過剰だと思えるくらいにびくぅっと震え上がった。
「よっす、にっしー、何びくってんの」
「や、いきなり肩叩いたからだろう」
からからと笑う夏帆さんとそれに突っ込む春子さんといういつもの光景が広がっていた。
「よく見つけましたね、こんな人混みの中で」
「ん、まぁね」
少し夏帆さんがはにかんだ。春子さんは夏帆が見つけたんだよ、と告げた。
そこからはなんでもない話だ。
「正直、つまんなかったよねー」
「おいおい、来年にはあたしらが送る側の筆頭だぞ」
「でもさー、五年生出るんだから、五年生が出る、だけでよくない? 大体縦交流がないんだから」
夏帆さんの言う通り、この学校には縦割り授業という学年交流の行事がない。一年生のときのお花見交流がせいぜいだ。おかげで直前直後以外の学年しか知らないのだ。
それゆえ、二人もぼくと同様、六年生に感情を移入するのは難しかっただろう。それを言ったら、他の学年も同じだろうが。
「そんなこと言って、一月経ったら今度はあたしらが送る側だよ」
「おお、それから更に一年経つとにっしーに送られるんだね。光栄なことだ」
「前向きすぎるだろ」
にししっと夏帆さんが笑う。
春子さんは少し心配そうだ。
「なんだか、西園ほっとく一年っていうのが考えられないな」
……なんでこう、気を持たせるようなことを言うのだろうか。放っておかれた方が楽だ。……とは言えない。春子さんに気にかけてもらえるのは、嬉しくてたまらないのだ。
けれど、一年間空白になるのは当然のことで……そのときぼくがどうやって過ごしているのか、上手く想像ができない。
それでも、やがてぼくは五年生になって、六年生になるのだろう。時間は無情にも止まることを知らない。
あっという間にその年の六年生は卒業していって、新しい春が来る。
春は別れの季節で出会いの季節らしいけれど、代わり映えしないぼくの周りには何もなくて。
ただ一つ、変わったのは、誰に見られることも厭わず、花壇に水やりを始めたこと。
そうしていると、不意に夏帆さんと春子さんがやってきて、感心だな、とかいい趣味だな、とか他愛ない言葉を交わす。ぼくは何を躊躇っていたんだろうと思った。こうして普通に言葉を交わせることほど幸せなことはないのだ。……繋がれた手から目を逸らすとしても、言葉を交わすこと自体は何の恥じらいも抱く必要がないんだ。人は呼吸するように言葉を生み出す生き物だから。
まあ、夏帆さんのボケが始まると間髪入れない春子さんとの夫婦漫才……? が始まって、やはりぼくは空気のような存在になるが。
それも贅沢なことだと思う。結局、ぼくは彼女らと共に過ごす時間を増やすことで、春子さんと同じ空気を吸っていることになるのだ。興奮……は言い過ぎだけれど、幸せな気分にはなる。春子さんと夏帆さんの漫才は面白いし。
そうしてぼくは幸せを錯覚して生きていく。
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