其れは散る花の如く
九JACK
ひとひら
ぼくが彼女に出会ったのは、小学校入学したての頃。彼女は二年生でぼくの先輩にあたり、春の桜が咲く頃に学校周辺を一年生に探索させるという校外学習の一環で、一年生のぼくのパートナーとして隣に来たのが彼女だった。
気弱で、読書と花が好きな寡黙なぼく、西園秋弥は彼女との出会いがなければ、クラスカーストの最下位に位置し、いじめの対象になること間違いなし、という、そんな性格をしていた。
そんなぼくがクラスカースト最下位にならずに済んだのは、その校外学習のときのパートナーになった彼女──二年生の東雲春子さんのおかげだろう。
桜があちこちに咲く中を探索する校外学習。一年生は皆一様に、二年生と手を繋いだ。
そのとき、無意識なのかわからないが、春子さんは指を絡めるようにして、ぼくと手を繋いだ。ライトノベルなんかでよく聞く「恋人繋ぎ」というやつだ。
ぼくは幼いながらに、春子さんの何気ないその行動に、とくんと心臓が高鳴った。
所謂、一目惚れというやつだろう。
ぼくの初恋は、間違いなく、春子さんだった。
最近の小学生はませているというが、ぼくの同級生も例外なかったようで、すぐにぼくと春子さんの恋人繋ぎに気づき、指を差してからかってきた。
「なんだよ秋弥のやつ、入学したてほやほやで二年生の女子と恋人繋ぎとか、ませてやんの」
そんなことを口にできる知識がある彼こそませているとぼくは思ったのだが、どうもぼくは弱くていけない。上手く言い返せなくてまごついていると、春子さんがぼくを庇うようにす、と前に出て、その高い背丈でその男子を見下ろして言い放った。
「別に手の繋ぎ方なんてどうでもいいだろ。そうやってガキ臭いことばっかり言って人を小馬鹿にし続けてると、友達できないよ」
強気に放たれた言葉はぼくにとってはなんとも心強く、言われた方は狼狽えていた。まさか反撃が来るとは思っていなかったのだろう。頬を赤らめ、ふんっと鼻を鳴らして去っていった。
その後も、幼稚園から一緒だった子が「男子のくせに女子と組んでやがんのー。生意気」とか「男子のくせに女子に守られてるとかだっさ。相変わらず弱虫ちゃんだね」とかからかってくるやつらがいたが、その全てを春子さんは正論で返し、狼狽えさせた。
そんな様子から、ぼくと春子さんのペアを恐れたのか、からかい文句を言いに来る者は少なくなった。
桜の舞う公園で、小休止。そのとき、春子さんが誰か見つけたらしく、ぼくの手を引き、その人物の元へ駆け寄った。
その人は女子にしてはすらりと背の高い春子さんと違い、平均的な女子の身長をしていた。からからとした笑顔を浮かべている以外、特に特徴のない人だ。
けれど、春子さんはその人物を見つけてすごく嬉しそうに笑っていた。「やあ春子」「よう夏帆」と親しげに挨拶をしているところを見るに、親友か幼なじみといったところだろう。
「こいつ、南夏帆っていうんだ。あたしの幼なじみ」
「よろしくねー。ええと……」
「に、西園、西園秋弥です」
自己紹介をすると、夏帆さんはにっこり笑ってこう言った。
「じゃあ、君にっしーね。よろしく、にっしー」
「は、はい」
「敬語はなーし。一つしか学年違わないんだから」
「は、はい」
「ほら」
「あ、あう……」
ぼくが言葉に詰まるのを、夏帆さんはやはりニコニコと眺めていた。フレンドリーな人だなぁ、とぼんやり思った。
「にっしーってなんだか珍獣みたいだよね」
「それはネッシー」
「んじゃ、飲み物みたい」
「それはラッシー」
「某はっちゃけアイドルみたい」
「それは……ってお前引き出し多すぎだろ!?」
夏帆さんのボケと春子さんのツッコミは息が合っていてとても面白かった。なんだか、二人の世界観がそこで完成している。
なんでだろう。楽しいのに、胸がちくりと痛んだ。
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