雨宿り中の女子に傘を貸してから、俺のラブコメが加速した。
新戸よいち
雨宿り中の女子に傘を貸した。
学校が終わる頃に雨が降り始めると天気予報で聞いてはいたが、だからと言ってまさかこんなに降るとも思ってなかった。
急ピッチで水浸しにされたアスファルト。その上で俺は足を止め、頭上の空を睨み付ける。
つい十分ほど前までは、俺の頭上には爽やかな青い空がどこまでも広がっていた。少なくとも俺はそう記憶している。
だというのに今はその姿も見る影なく、「さっきまでの青空ってもしかして幻?」と自分自身の認知機能を疑いたくなる程度には、空全体が分厚く黒い雲で覆われていた。
絶えず降り続けている大雨が、もはや滝みたいだ。
巨大な雨粒が傘をひたすらに叩いてくるせいで、ちょっとばかし手が疲れてきた。
今朝方に見た天気予報によると、本日未明までこの雨は降り続ける模様らしい。
はあ、さっさと帰るか。こうやって突っ立っていても、無駄に濡れるだけだし。
俺はまた歩き始める。ここから家までは歩いてあと五分の距離、ゴールはもうすぐそこだ。
にしても……不思議だな。予報されてたとはいえ一応はこれも急な雨の部類に入るはずなのに、辺りに人の気配ってものがまるで無い。
道には俺以外の誰も歩いておらず、元々この辺りは車通り自体が少ないので、まるで人類滅亡後の世界に一人だけ取り残されたような気分だ。
雰囲気はホラゲーそのもの。その辺の路地からひょっこりと化け物が顔を覗かせてきたりしそうで怖い。
ま、嫌いではないんだけど、こういう雰囲気は。むしろ割と好きな方だと思う。
なんてったって雨の音で何もかも掻き消されるから、街中で大声で叫んだって、もしくは裸になったって、誰にもバレることがない。いや別に叫ばんし、裸にもならんけどさ。
まあつまりだ、俺が何を言いたいかっつーと、そんぐらい自由になれるっつーことだ。
黒々としたアスファルトの上を、水溜りを避けながら鼻歌混じりに悠々と歩く。
道中、あることに俺は気が付いた。
俺が一体何に気が付いたのかというと、それは少し遠くの人影に、だ。
シャッターの閉まったとある店の軒先の、その一層暗くなっているところに、誰かがポツンと一人で立ち尽くしていた。
おいおい一体何事だぁ……?とは別に思わない。この状況で軒先に人が立っていたら、そんなのは雨宿り以外の何物でも無いからだ。そんなん猿でも分かるぜ。
他にあるとしたら幽霊ぐらいだが、見た感じ足は透けていないので、その可能性は真っ先に除外しておくことにする。普通にこえーし、普通に。
やれやれ、こんな非常事に傘を忘れちまったのか。そらご愁傷様なこって。
ま、頑張ってくれ。心の片隅で応援してます。ジャスト・ドゥーイット。
俺はそうやって特に気にすることもなく、その前を通り過ぎようとして──更にあることに気が付いた。
というよりも、気が付いてしまった。
その人影の正体とは、なんと同じ高校の女子生徒だったのだ。
それもちらっとリボンの色とか見た感じ、俺と同じピッカピカの一年生らしい。
おいおい……マジかよ……。
通り過ぎてすぐに、足を止めて振り返る。
さて────見覚えは無かった。
入学してまだ二ヶ月ぽっちとはいえ同じ学年なわけだし、廊下とかで一回ぐらいすれ違ってるとは思うんだが、本当にこれっぽっちも見覚えが無かった。
抱いたばかりの第一印象を失礼承知で率直に言わせて貰うと、その子は影が薄いというかなんというか──幸が薄そうだった。
この大雨によるマイナス補正も大いに入ってるだろうが、全くもって生気が感じられない。もはや足が透けてない方がおかしく思えてくる。
ざっと外見の方を説明していくと、その子の身長は160どころか150の中盤も無いと思われる。全体的に頼りない印象で、だがしかし、胸はデカい。栄養のリソースが全てそこに注がれているってのが一目で分かる。
なんと言うか、生命の神秘って感じのスタイルだ。こんな状況でさえなかったら、両手を合わせてしっかり拝んでおきたかったぐらいだ。
髪の色は白……というよりも灰色寄りで、長さは肩に少しかかるぐらい。しかし何故か前髪だけ異様に長くて、目元は完全に隠れている。そのせいで感情が全く読み取れない。
あまりにもあんまりな雰囲気に、幽霊の可能性が再噴出してきた。生きてる側の要素が今のところ足が透けてないってとこにしか無い。流石に
……まあ別にほっといたって、何の問題もありゃしないか。我が国には『触らぬ神に祟りなし』って由緒正しい名言もあることだしな、うん。
見ず知らずの他人がどれだけ雨に濡れようとも、例え風邪を引いてしまったとしても、見ず知らずの俺には何の関係も無い。そんなのは当たり前の話だ。
それにもしかしたら、親の迎えを待ってるだけなのかも分からない。
てか、そうだ。きっとそうに違いない。むしろそうでしかない。
そう考え、俺はこの場を後にしようとした──
「もし傘が無くて困ってるんなら、これでも使ってくれ」
──はずなんだが、何故だか俺は自分でも知らないうちに、その子に声をかけていた。
より正確に言うと、手に持っている傘を差し出していた。
マジで何をしてんだ、俺は。こんなの日本不審者情報センター行き確定だぞ。ネットで愚痴られたって知らんぞ。
「……え、あっ……え、え……っ」
まさか話しかけられるとは思っていなかったようで(同じく俺も)、その子はとっても分かり易い動揺を見せてくれた。
体をびくびくと小刻みに震えさせて、視線をおどおどと
「……わ、わわ、わたし、のこっ、で、でっ、です、かっ……?」
いや、一体他に誰がいるんだよ?いま俺と君以外に誰もいねぇぞ、この空間。
ちなみに俺の名誉のためにも先に言わせておいて貰うが、別に下心なんてものは一切無い。本当に、マジで、一切、これっぽっちも。
俺のタイプはな、背の高いクールビューティな大人の女なんだ。坊や、とか言ってくるタイプのな。つまり、こういうか弱い小動物系とは正反対の子がタイプなんだよ──って、誰に言い訳してんだか…………。
「ま、別に返さなくたっていいから」
半ば押し付けるような形で、その子に傘を手渡す。
しっかり傘を持てているから、良かった。
心の底から一安心。
さて、これでもう思い残すことはないな。
俺は頭の上に鞄を乗せた。
「そんじゃ、気を付けて」
その言葉を置き土産に、豪雨の中を全速力で駆け抜ける。
三秒もしないうちに、全身がぐしょ濡れになった。
五秒もしないうちに、傘を貸したことを後悔した。
四分後に家に着いた時には、嵐の中の野良犬状態だった。
このまま廊下に上がるのは流石にマズ過ぎるので玄関でずぶ濡れの制服を脱ぎ捨てて、パンツ一丁でそれを絞っていたら、ちょうど風呂場から出てきた妹の
「……うわ」
と、害虫が目の前に現れた時のような引きつった顔で、言葉では例えようのない眼差しを向けられた。
柚月はそれ以上は何も言わずに、被っていたタオルを俺へと投げ付けると、足早に階段を駆け上がっていく。
やがてバタン!と扉の閉まる音が聞こえて、途端に俺はやるせない気持ちになった。
小学生の頃は『おにいちゃんだぁ〜いすき!』とか『わたしおっきくなったらおにいちゃんのおよめさんになるのぉ〜!』とか超愛くるしいこと言いながら、あんなにも俺の後をずっと付いて回って来ていた可愛い可愛い妹が、中二の今じゃこれだよこれ。
ったく、時の流れってのはどこまで無常なんだか…………。
はぁ……傘、貸さなきゃ良かったかぁ……?かさだけに……なんつって…………へへへっ……へっ、ぶえっくしょんっ!!
…………俺も風呂入ろっと……。
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