忌まわしき記憶フリマの魔窟

ちびまるフォイ

誰もが聞きたくなる話題

学校の人気者には何が必要か。


イケメンか。勉強か。スポーツか。

そうではない。


そこには共通しているものがある。

他の人にないものを提供できるかどうか。


抜群のルックスという視覚情報の提供。

仲良くなるだけで勉強を教えてもらえるメリット。

一流選手の思考や練習の情報。


他の人が持っていないものを提供できれば、

たとえどんな人でも人気者になれる。


「……そのはずだ」


高校2年生でも友達ゼロ人。

そんな窮地に立たされたことでの分析結果。


分析できたからといっても実践できるわけではなく、

結局は偉そうにスポーツ中継を見てTVでヤジるおっさんと同等だった。


「他の人が持っていないものって、なにかないかなぁ」


自分の才能の引き出しを余す所なく引き出しても、

そんなものはなにひとつ出てきやしなかった。


ならばとネットに答えを求めてたどり着いたのは

記憶のフリーマーケットだった。


「そうだ。これなら他の人が持っていないような経験を話せるぞ!」


できるだけ他の人間が得られない情報が満載のニッチな記憶を購入した。

記憶ファイルがスマホに送信され、ファイルを開くとスマホの画面から特定の信号が送られる。

それを見たことで脳に直接記憶が入った。


もう自分の記憶としか思えないほど刻み込まれる。

その翌日、さっそく記憶を披露することに決めた。


「あーー。おとといのマンボラダ火山の疲れが残ってるなぁーー」


聞えよがしな独り言で撒き餌をまくと、同級生のひとりが気づく。


「え、お前あの火山行ってきたの? 入れるんだ」


「たまたま運がよかったからね」


「で、どうだったんだ? 火山ってこれだろ?」


「ああ、その写真は火口の一部でしかないよ。

 いやぁやっぱり自分の目で見ると違ったよ!」


「おおすげぇ!」

「なになに?」

「なんの話し?」


人が人を呼び自分の前には人垣が出来上がる。

まさに人気者の立ち位置じゃないか。


「火山だからやっぱり石は黒いんだよ。

 んで、すっげぇ足場が悪くて~~……」


みんなが目をキラキラさせている。

こんなにも憧れと羨望のまなざしを向けられることがあったか。


「で、やっぱり熱かったのか!?」


「え? あーー……それは……まあ……」


「火山はどんなにおいだった?」

「周りは静かなの? うるさかった?」


「えーーっと……周りはこう……グワッとした匂いで……」


「なんだそれ……」

「ふーーん……」


徐々にみんなの目の色の光が消えてゆく。

彼らが求めているのは真に迫る新しい情報。


「わ、私は……もっと聞きたいな」


オーディエンスはひとりしか残らなかった。

"〇〇火山へ行きました"だけでは、絵日記程度の情報量しかない。


あっという間に興味を失われてしまい、人垣は解散となった。

短い天下だった。


その日は自分の家で大反省会となる。


「あああ! なんでだ! なにがいけなかったんだ!!」


記憶のチョイスが悪かったのか。

それとも自分の表現力の問題なのか。


答えはやっぱり記憶フリマの中にあった。


「な、なんだこれ。感覚パッケージ付き……?」


自分の購入した記憶には付属品があった。

感覚パッケージと呼ばれるもので、記憶と合わせるとその場の音や匂いから味までわかるシロモノ。


自分は記憶だけなので感覚器官の情報は抜け落ちていた。

だからみんなペラッペラの自慢感想会に飽きてしまったのだろう。


「くそーー! 出だしは! 出だしはよかったのにぃぃ!」


次に同じような記憶を仕入れて、感覚パッケージを得たとしても

一度「つまんない話を自慢する奴」のレッテルが貼られた以上取り戻すのは難しい。


みんなが知りたくなるような情報はなにか。


「〇〇くん、次……移動教室だよ」


「ああ、うん。でもそれどころじゃないんだ」


俺は学校でもネタ探しにやっきになる。

新作を生み出せない漫画家よりも悩んでいる自負がある。


「〇〇くん、今日の放課後……じ、時間ある……?」


「ない。やることあるから」


「そ、それじゃ一緒に帰らない……?」


「途中までなら。でも話しかけないで。集中してるから」


妙に話しかける同級生の女子がいるが、

彼女もボッチだから俺に変な仲間意識を感じているのだろう。

一緒にするな。俺はこれから人気者にのし上がるんだ。


「あのね、〇〇くん。今日……実は家に誰もいないんだ」


「そう」


「でも、ひとりで広い家にいるのって怖いじゃない」


「へー」


「その、〇〇くんさえよかったら……」


「あ、俺こっちだから。じゃ」


俺は明日の人気者になるためのネタ探しに忙しい。

誰もが知っているようなありきたりな経験値は不要だ。


その夜ベッドで寝転んだときだった。

振動で隠していたエッチな本が滑り落ちた。


「……はっ!! こ、これだ!!」


まさに天啓。


高校生が誰しも興味を引かれてしまう経験。

それは初体験。


誰もが意識をし憧れるその経験。

どんな芸能ワイドショーよりも目を引くトピックだ。


「そんなプライベートな記憶、フリマに……あった!!」


フリマにはその記憶すらも売りに出されていた。

購入まったなし。


けして安くない金額だったが、買う以外の選択肢はなかった。

そのうえ感覚パッケージも今度はつけた。


より生々しく臨場感のある記憶を語って聞かせるには必須。


「ようしダウンロード完了! それじゃ俺の脳にインストール!」


ファイルを開いた。

ありもしない初体験の記憶と感覚が襲ってきた。


「……あ、こ、こんな感じ……なんだ」


期待値が高すぎたのかもっと劇的なものを期待していた。

斜め下をいくような経験だったが、お金を払った以上披露するしかない。


さっそく学校でそのことを吹聴しようと男子を集めた。


「実は昨日……済ませちゃったんだよ」


「え!?」

「まじかよ!!」


案の定の反応だった。

一番多感な時期にこの話題は世界の終わりよりもセンセーショナル。


「どうだった!?」

「すごかったのか!?」


「はっはっは。くるしゅうない、あわてるでない。

 ゆっくりねっとり語って聞かせてしんぜよう」


感覚パッケージも入れたので音や匂い味から温度まで覚えている。

それを事細かに復唱するだけでクラスのヒーローとなった。


「すっげぇ!!」

「いいなぁ!」


「まあ、君たちとは別ステージの人間になってしまったけれど

 これからも仲良くしてあげよう。はっはっは」


すっかり天狗の鼻が学校の壁を突き抜けるほど伸び切ったとき。



「で、相手は誰だったんだ!?」



「え?」


まさかの質問に答えが詰まる。

記憶では電気を消していた。顔はうっすら見えた程度。

でも顔に見覚えなんてあるわけない。


しかし学生の人脈はしょせん学校規模でしかない。

本来は、初体験は必ず学校の生徒の誰かにしぼられるだろう。


「えーーと……」


「誰なんだよ! 教えろよぉ!!」

「そこが一番大事なんだろ!?」


「そ、それは相手のプライバシーもあるし……」


「なんだよ。嘘かよ」

「それっぽい感じで話したくせに」


ほころびが一つでもあれば嘘だと認定されてしまう。

まずい。このままじゃ狼少年と同じだ。


「てっきり△△さんかと思ったよ」

「なーー。あの子かわいいもんな」


「……なんで△△さんの名前が?」


「え? お前ら付き合ってんだろ?」


「……え?」


「付き合ってないの? 昨日とか一緒に帰ってたじゃん」


「付き合ってるもなにも……」


「△△さんお前のことずっと好きだって、

 誰が見ても明らかだろうに。え? 付き合ってないの?」


「……うん」


思えば彼女がやたら俺に目をかけてくれていたこと。

それはわざとらしくも、いじらしいアプローチのひとつだった。


そしてーー。


今思っていれば、彼女は家に誘っていた……気がする。


彼女なりの、身を呈した最後の荒療治アプローチだったのだろう。

自分はなんて答えた?



"あ、俺こっちだから。じゃ"




「ぐあああああ!!!」


時代が時代なら石打ちにあうほどの塩対応。

後悔してももう遅かった。


彼女はすっかり俺を諦めてしまった様子だった。


自分を囲んでいた男子も別の話題にすでに夢中。

人気者のお立ち台はすでにそこになかった。


「おい見ろよ。NAMAZONセールでエッチロイド売ってるぜ!」

「みんなでお金出して買おうか」

「部費の金からちょっと出そうかな」


男子の話題の狭さに絶望した。


「なあ、〇〇。お前もほしいだろ? 一緒に金出そうぜ」


同級生から見せられた商品写真に目が止まる。

そのロボットの顔には見覚えがあった。


「俺の初体験……」


そのアンドロイドは自分が暗闇で見た顔だった。


なぜ初体験の記憶がフリマに売り出されていたのか。

忌まわしき記憶を手放したい気持ちが痛いほどわかる。


すでに記憶と感覚を手に入れた自分にとって、

苦い記憶の傷跡としていつまでも残ってしまった。


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