第18話 numb
デザートの杏仁豆腐が並べられた。
ウェイトレスが去ったことを確認し会話を再開する。
「あなたは自分のことをなんでも自分で決められるでしょう?」
そうかな…そうかも…。
「私は違う。私は生まれてからずっと……親のレールに乗せられて生きてきた。なに1つ自分で決めたことなんてなかった。そんな子供今時いると思う?」
「塾に通わされる子なんていくらでもいるよ」
「塾ね。勉強ならしたかったくらいよ」
「子女に教育を施さないのは憲法違反だ」
摂理は素早く首を横に振る。
子供に勉強させない家庭なんてあるのか。なかなか狂ってるな摂理の家。
「あのクソババアは私を子役にしたかったの。実際そうなったけれど……」
「『クソババア』はちょっちいきすぎた表現では? 自分の家族をディスるとかさてはイタリア人じゃねーな」
「なんで私がイタリア人呼ばわりされてるのかわからないけれど……」
「ともかく自分の意思で芸能人になったわけじゃないのね」
「そんなことを望んでなかった……。小学生時代は毎日が地獄よ。なにもいいことなんてなかった。毎日のようにレッスン、毎週のようにオーディションを受けて、結果が出ない。私の母は全部私が悪いって言った。私が大人にむかってハキハキ返事をしないから。台本を覚えてこないから。演技ができていないから合格しないんだって」
「君の母親は自分の夢を娘に押しつけたわけだ」
よくある話ではないか。
よくある話だからって悲惨さが緩和されることなんてないが。
摂理は深くうなずいた。
「そうよ。母は中途半端な芸能人だったから。モデルでタレントでドラマで端役を任される女優だった。結婚する前はどこかの劇団に所属していたらしいわ」
自分の子供に子役をやらせ芸能人にさせたかった。
ド級のリトライをしたいのなら自分でやれよ。
「君は小さなころから可愛かったんだろうね。だから君の母親もやる気を出した」
「『あなたは成功する』って何度も言い聞かされたわ。私は、私は普通の子供みたいに遊んでいたかった。学校で勉強もしたかった」
比喩ではなしに学校で勉強ができなかった?
「──それって虐待じゃね?」
「あいつは『家庭の都合』で学校をよく休ませたの。クラスメイトが学校にいる間に仕事をさせた。あるときは遠くにある劇団に入って練習して、あるときは数分ある出番のために何十時間と拘束される現場にむかって。こんなのまともじゃない」
ろくに学校で友達がつくれなかったわけね。
摂理がこんな性格になった理由がわかった。
それはともかく摂理──
「仕事はあったんだね。あの映画が初めての仕事だと思ってたよ。『1週間の休暇』」
「あれでブレイクしたことは確かよ。でもそれ以前にもいくつかしょっぱい仕事はあったわ……。あいつは──私がセリフをつっかえるたびに影でわ、私の髪をひっぱった。……私の手に針を刺したのよ」
おいおい。
「おいおい」
そこは児相呼ぼうぜ。税金払ってんだろ。
「それが私の日常だったのよ。あんたたちみたいな普通の子とは違う」
親に殴られることもない。
暴言を繰り返されることもない。
「『私の言うとおりにしていれば役者として成功する』ってあいつは言った。今思えば全然そんなことなかったんだけれどね」
「父親は?」
「見て見ぬフリをしたわ。絶対に知っていたはずなのに」
「どんな人なの?」
「なんとかっていうメーカーに勤めてるサラリーマンよ。毎日遅くまで働いて、私が起きたころには仕事にむかっている。私の異変には気づいていたはずなのに黙りよ。……いわゆる『毒親』っていうの?」
彼女を助けられる家族はいなかった。
「……うちはそうじゃないね。幸運なことに」
俺は正直にそう申告する。
上の上ってくらい恵まれた家庭だ。摂理の幼少期を知ることで、つくづく実感させられた。
摂理は感情たっぷりに俺にむかって言った。
「良かったわね……私あんたみたいな家に生まれたかった」
俺のことをあんなに嫌ってたくせにそう言っちゃうんだ。
しかしそう言わせる彼女の生まれ育った環境が悪いか。
「今は一人暮らししてるんだろ?」
「両親とはもう全然会わなくなったの。17歳って親から独立するには早すぎるわね。もう1年も会話はしてないわ。家も違うし訪ねてきても拒否する。会っていいことなんてなにもないもの」
「葉凪には会わないのか?」
摂理はむっとした。
「今は昔の話をしているの……。葉凪には……感謝している。あの映画に出演できなかったら私は死んでいたかもしれない」
人生濃すぎないかこの17歳。
俺は質問した。
「今でも『1週間の休暇』を見返すのかい?」
「私はあの世界に住んでいたのよ? あの船の中にずっと……。今さら見返すなんてことはしないわ。……ねぇ、あんたの両親は本当に普通の人なの? 少しくらいおかしなところなんてない?」
今度は逆質問か。
俺は空気を読もうとする。
こちらも両親がおかしいところを教え、摂理の同情を誘わなければ。
不幸自慢合戦みたいであんまり面白くはないが、彼女とまた会うためには仕方ない。
……とはいえ俺の両親はまともオブまともだからな。
「1度も躾でぶたれたことはないよ。おかげでこんなクソガキに育ったみたいだけれど。そうだね、親父は息子の俺が言うのもなんだが超変だよ。1年くらい前のことだ、奴が隠し持ったエロ本をこっそり読む機会があってね」
「隠してた本を読むんじゃない。っていうかアイドルの前で下ネタトークしようとしてるでしょ!!」
「(無視して)ある平日の夕方のことだった。一般的な男子中学生らしく性に高い関心をもった俺は親父の本棚の裏に隠されたそのブツを読み進めたんだ。ヌードとか絡みのあるただのエロ本だったら良かったよ」
「よくねぇよ!」
「あんな本どこで売ってるんだろうね。ページをめくったらなんと──」
「あぁぁぁ聞きたくない! 聞きたくない!!」
「実の父親があんなマニアックな趣味をもっているだなんて知りたくもなかった」
「私も聞かされたくないんだけれど」
必死になって耳を押さえている摂理を笑いながら俺は続けた。
「で、また会う?」
「2回も話したいと思う男なんてそうはいないわ」
そう言って摂理はピンク色の舌先を出して見せた。挑発のつもりか。
「ゴ○ゴ13みたいなこと言うなこのアイドル……」
「でも……今は会って話ができる相手が限られてるの。同じ会社の人たちや知りあいの子はスキャンダルを恐れて──私の友人と思われたくないのよ」
「君の名前が外聞に悪いから会いたくないと」
話し相手がいないことがダメージになっている。
摂理は俺に対し気丈に振る舞っているが、その実ストレスで潰れそうになっているっぽい。
いかん! ケアが必要だ。
「……相手と打ち解けないとコミュニケーションって上手くいかないものでしょ?」
時間を重ねて俺と話がしたいと。
どうして俺?
いつのまにか摂理を攻略してることになってない?
「会う場所は俺が決めていい?」
「ど、どこで? まさか2人きりになる場所じゃないでしょうね……」
若い男女が2人きりか。
恋人がいるから俺的にも困るんだけれど。でも──
「そうじゃないと困るでしょ? ここみたいな密室じゃないとキツくない? アイドルが遊び回ってると知られたら評判ダダ下がりよ」
「あんたを信じ切れない」
「この澄み切った瞳を見なさい。これが妹の友達に手を出す男に見えますか?」
「セーヌ川よりも濁って見えるわよ」
汚濁の極みかよ。
「別におまえなんかと『いいこと』しようだなんて思ってないよ。……そうだな。前にこんな4コママンガを読んだことある。よく聞いて。まずチャラ男が女の子の前に現れ『いいことしようぜ』って誘いかけるわけ。そして女の子がOKする」
「……それで?」
怪訝な顔をした摂理は、その先をうながした。
「で、その男と女の子はお年寄りの重い荷物をもってあげたり、横断歩道で旗もって子供たちを安全に誘導するわけ。『いいこと』が本当にいいことだったってオチ。どう?」
「悪くはないけれど……」
「俺たちもいいことしよう」
「いいことって……なにするの? ボランティアさせるわけ?」
「学生にとって『いいこと』ってそりゃ……勉強でしょ」
俺に考えがある。
────
続きはそのうち…
恋愛禁止な15歳の女優を恋人にしたら毎日が破天荒 @tokizane
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