時戻りの悪女は戦場を行く 〜全てを滅ぼして、嘲笑って、救ってあげましょう〜

柴野

第一話

「あなたがたのような能無しは下がっていなさいな。ここは、わたくしの戦場ですのよ」


 血の匂いに満ち満ちた地獄絵図の中、美しく佇むわたくしは、背後に立つ二人に告げる。

 片方は救世の英雄と定められた、優しくて哀れな王子。そしてもう片方は慈愛しか取り柄のない聖女。彼らの出る幕など、ここにはない。


「敵はざっと五千人ですよ!? いくらベルティーユ様でも、お一人では……!」


 涙目の聖女が叫び、わたくしに縋りついた。

 その姿のなんと可愛らしいこと。子鹿のような愛らしさに、思わず顔を歪めてしまう。


「多勢に無勢、そうおっしゃりたいのかしら。――このわたくしが、たかが雑魚の集まりに勝てないわけがないでしょう?」

「でもベルティーユ様、足が震えるじゃないですかっ」

「ただの武者震いでしてよ」


 これ以上、聖女に構っている暇はないだろう。

 わたくしは彼女の手から逃れるなり、ゆらりと闇に紛れた。


 わたくしの得意は闇魔法。この世を揺るがす悪しき魔族が行使するものと同じ、邪悪なる魔法を扱う異端者……それがわたくしだ。


 闇の中をひた走り、影を渡って別なる場所に顔を出しては、隙をついて相手の自由を奪っていく。

 振るうのは淑女の嗜みとして持つ鉄扇。闇魔法を込めるだけで、それはいかなる武器よりも凄まじい――人の心の形を変えて、自在に操るという、おぞましい威力を発揮するのだ。


「どこだ、どこにいる……!?」

「自分だけ姿を消すとは卑怯なッ!」

「悪女め!」

「殺せ、殺せ!」


 この戦い方は少々気分が悪い。けれども敵の悲鳴に似た声を聞いて、少し胸がすく思いがした。

 皆の視線が、敵意が、わたくしに集まってくれているから。


 ――そう。そうよ、もっとわたくしを、わたくしだけを見ればいい。


「ホホホ、あなたがたにわたくしは殺せませんわ。小娘一人に殺られる程度の弱さでは、何人、何千人といても変わりませんもの」


 かすり傷一つ負わないまま、銀糸のような髪と闇色のドレスの裾を風になびかせながら、血の色の眼を細めてにっこりと嘲笑ってやった。

 わたくしの存在を、屈辱の記憶として彼らに刻みつけるように。


「卑怯だとおっしゃるのなら、もっと暴れて差し上げてもよろしくってよ?」


 英雄や聖女のような品行方正な手は選ばない。

 その日、わたくしは軍隊を一つ壊滅させ、軍隊に市民を皆殺しにされて廃墟となった街をぐちゃぐちゃに破壊した。


 悪で悪を制す。そのように周囲からは見えるだろう。周囲だけではなく、背後に立つ二人ですらそう思うだろう。


 だって、わたくし以外は知らない。

 壊滅させた軍隊は魔族に洗脳され、反逆者を静粛するという名目で動いていたことを。

 人知れず魔族が隠れ潜んでいて、軍と市民の対立を煽った挙句、市民の死体を喰らおうと目論んでいたことを。


 でも、それでいいのだ。


 全てを滅ぼし、全てを嘲笑い、全てを救う。

 それがわたくし――悪女ベルティーユのやり方だった。

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