第四十話 横狩り
「ちょっと待って!」
「……何だい、星空さん。俺達は今から帰るところだろ?」
声がする方とは真逆の方に歩き出そうとする俺の肩をガシッと掴んだ星空に対して、俺は振りかえずに聞く。
「こっちからでも帰れるよ!」
「でもこっちからの方が近いぞ?」
音がした方を指差す星空の反対方向を向きながらそう言う。
「見に行きたい!」
「そうか。好きにしてくれ。俺は帰る」
行きたいのなら一人で行けばいいんじゃないかな。俺は帰るよ。また面倒ごとに巻き込まれたら溜まったものじゃないからね。
しかし、星空は満面の笑みで俺の肩から手を離さない。
「一緒に見に行きたい!」
「遠慮しておく。一人で行くといい」
「ここは迷宮の中だよ!一人でもしもの事があったら大変じゃん!」
「星空なら魔法をぶっ放し続ければこの階層から一人で帰るくらい余裕だろ」
「でもでも、万が一って事があるかもしれないじゃん!ワン君がいたらそんなこともなくなるよ!」
万が一とか考えるんだったらそんな半袖短パンで来るんじゃねぇ。もっと重装備で来いよ。
まあかくいう俺もいまだに学校指定のジャージだが。
「なら一緒に帰るぞ。それが一番安全だ」
「魔物に襲われて逃げているかもしれないじゃん!助けないと!」
「いや、どう見ても怒ってる声だろ。人同士の争いだよ。パーティー内か、別パーティー同士かは知らんが」
「万が一ってこともあるじゃん!」
「そんなこと言って文月達の件、忘れたのか?酷い目にあったんだぞ」
主に俺がな。
最終的に問題を解決するために18時間も迷宮に篭っていたのだ。俺はほぼ何もしてないのに何故か俺が尻拭いするハメになったんだ。もう二度とやりたくない。
「むー」
星空が俺を上目遣いで睨みながら唸っている。睨まれても行かないけど。
「分かったのなら離してくれないかね?帰りたいんだが」
「ちょっと!ちょっとだけ!見るだけだから!」
何でそんなに野次馬根性が逞しいの?
俺マジで興味ないんだけど。
「いやー、一応これでもワーチューバーだからねー、イベント事は見逃せないっていうかー」
「そのイベント事の尻拭いしたの俺なんだけど」
「あっはっはっはっ!」
「笑い事じゃないんだけど」
笑っている星空に俺が呆れていると、パンと両手を合わせて頭を下げてくる。
「お願い!見るだけだから!」
「……本当に見るだけだからな?」
「うん!」
仕方がない。星空には色々世話になったしそんなに見に行きたいなら行くか。
「ありがとうね!」
「いいよ」
そう言って星空と共に声がする方に走る。
走り出してすぐの平地でどうやら二組のパーティーが言い争っているようだった。
物影に隠れながら様子を伺うと、怒鳴っているのは2年生の先輩のようだった。
「俺たちの獲物だっただろうが!」
どうやら怒鳴っている先輩はもう片方のパーティーに横狩りをされたのを怒っているようだった。
その怒鳴られている方に目を向けると同時に顔を顰める。
「うわっ、またあいつかー。本当に俺の行く先々にいるな」
金剛だった。直近で怒鳴られているのにどこ吹く風の口笛でも吹きそうな態度で先輩をいなしている。
「このコボルトに先に目をつけたのは俺らだせ?横狩りをしてきたのはテメェらの方だ」
「そうよそうよ!」
金剛の言い分に同意する声が聞こえたのでそちらを見る。
「あれ?」
知らない女子生徒だ。てっきり文月達かと思ったのだが、解散したのだろうか。
「うわっ……」
しゃがむ俺の上から見ていた星空がその女子生徒を見て声を上げる。
「あの女子生徒達知ってるのか?」
「うん、同じクラスの人……」
へー金剛、今はAクラスの人間とパーティー組んでるのか。
「じゃあもう文月達とは解散したのか?」
「いや、多分してないと思う。彼、下のクラスの色んな女子達とパーティー組んでるんだよ」
「へー、パワレベしてあげてるのか。すごいなー」
俺なんて一回やっただけでもうギブアップしたのに、金剛は色んな女の子にパワレベをしてあげているらしい。この前は肩をぶつけて来たけどもしかして聖人なのだろうか。
「すごくないよ!代わりに色々要求してるって。この前もBクラスの女の子が泣いてるの見たんだから!」
「そうだったのか」
全然聖人じゃなかった。どうやらパワレベをする代わりにリターンを要求しているらしい。
そういえばこの前文月にやらせろよとか何とか言ってたな。パワレベをする代わりに身体でも要求しているのか。
「まあ両者合意の上ならいいんじゃないか」
「よくないよ!ヤらせないならパワレベしないとか言って、ヤったらパワレベも何もせずにポイだよ!」
「詐欺じゃねぇか」
「本当だよ!許せないよ!女の敵!」
星空が俺の上で憤慨している。
当人間の問題だし、俺は別にどうでもいいけどな。
そんなことを思っていたら、目の前の言い争いが更に大きくなる。
「つかてめぇ後輩のくせに生意気すぎんだろ!」
「うざっ(笑)」
「Fクラスのくせに生意気なんですけどー」
「きもー」
「なっ!」
金剛達は怒鳴っている先輩を前にしても笑っている。一触即発の空気だが、金剛達には緊張感がまるでない。Fクラスの先輩達のレベルは高くても11、2レベルといったところだろう。
それを余裕でいなせるということは金剛達はそんなにレベルが高いのだろうか。
「クラスは関係ないだろうが!」
「はぁ?2年なのにこんな階層で遊んでる雑魚、Fクラスしかいねぇんだよ!」
「ねー、本当に迷惑だよねー。先輩面すんだったらさー、さっさと下の階層に行ってくんなーい?」
「もしくはー、学校退学するとかー」
「それちょーありー!」
「いいじゃんそれ!先輩らしく潔く辞めるってことで!」
「ほらやめろ!やめろ!」
金剛達三人が先輩達に対してやめろのシュプレヒコールをし始めた。
金剛達に怒鳴っていた先輩は顔を真っ赤にしてプルプル震えている。
そしてそれが決壊するように怒鳴る。
「てめぇ、もう許さねぇ!決闘だ!」
決闘。
強者こそ正義。その言葉を体現するように学生同士の争いごとを解決するため、学校によって黙認されている手段。
先輩に決闘を挑まれた金剛は笑いながら答える。
「はっはっはっ!いいぜ?受けてやるよ!身の程を弁えない雑魚を教育するのも強者の務めだからな!」
「ぐっ……、てめぇ覚悟しとけよ?」
大笑いする金剛を背に、先輩達が離れて行った。それを見送った金剛達も帰って行った。
「すごいもの見ちゃったねー」
「しょうもないものだろ。しかもこの学園ならよくある事だ」
目の前で行われたのは東迷学園に限らず、四大迷宮学園ではよくある事だ。
しかも、きっかけが横狩りって。しょうもな。どっちが本当に横狩りだったのか、偶々なのか意図的なのかは分からないが、別に一回、二回獲物が被るくらいあるだろうに。
「でも実際に決闘が目の前で組まれる瞬間が見れるって凄くない!?」
「これから嫌ってほど見ることになると思うぞ」
実際に組まれた訳ではないが、危うく決闘騒ぎになりそうな瞬間なら見たことあるし。
まあ学生同士の争いだし大した事じゃないだろ。
そう思いながら俺はゆっくりと立ち上がる。
「ほら、星空も見たいもの見れただろ?帰るぞ」
「はーい!付き合ってくれてありがとうね!」
元気な星空と共に俺は10層のワープゲートに向けて歩き出した。
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