第十九話 オーク

俺は付かず離れずの距離を保ちつつ、オークを引きつける。


剣はとっくに捨てており、ここからは素手で戦わないといけない。ナイフくらいはサブウェポンとして持ってくるべきだな。


そんなことを考えながら振り返ると、オークは木々を薙ぎ倒しながら走っている。


それを確認し、誰もいなそうな森林の奥深くまでとにかく走る。


そして、木々が生い茂り、夕焼けの差さない暗い森の端っこまで辿り着いたところで足を止める。


「ブモー……ブモー……」


オークが汗まみれで肩で息をしていた。筋肉の塊という事はそれだけ重く、エネルギーの消費が激しいという事。瞬発力はあるものの持続力はないという事だろう。


「それでも俺についてくるって事は、横槍入れられたことがそんなにムカついたか」

「ブモー……ブモー……」


オークは薄暗い森の中、しっかりと俺を睨みつけながら息を整えている。


「まあ、お前の息が落ち着くまで、待つ気はないがな。選択セレクト


[小鳥遊翔/レベル6][選択:小鳥遊翔]

[覚醒度:65%]

物理攻撃力 21

魔法攻撃力 24

防御力 20

敏捷性 21

[スキル][選択:星空恵]

雷魔法 レベル2

魔法攻撃力上昇 レベル1

敏捷性上昇 レベル1


俺のステータスのまま、スキルを星空恵へと変更する。そして、俺は指でオークを指し、魔法を唱える。


「サンダー」


バチっという音と共に俺の指先からオークの右腕に雷が飛んでいく。雷の速度は秒速200メートル。まず避けれない。


「ブモォォォォォォ!!」


右腕に雷を直撃されたオークは、持っていた棍棒を落とし、右腕を押さえてタタラを踏む。


「痛いか?だがな、お前がこんなところに来ちまったせいで俺はこれから大変なんだよ。分かるか。サンダー」


さらにもう一発サンダーを叩き込む。オークのお腹に命中し、さらにオークが後退する。

だが、オークも見ているだけでは俺を倒せないとわかったのだろう。雄叫びを上げながら距離を詰めようと走ってくる。


「ブモー……ブモー……ブモォォォォォォ!!」

「サンダー」

「ブギャァァァァ!!」


俺に左足をサンダーで撃ち抜かれたオークは、悲鳴のようなものを上げながら体勢を崩して地面に転がる。地面に転がり膝をおりながらも、その視線は俺から揺るがない。

だが、先程までの獲物を見るような瞳ではない。


「ブ、ブモー……」

「魔物にも恐怖って感情があるんだな」


そこにあったのは捕食されるものの恐怖の瞳だった。


「ブモー!」


オークは俺に何か言おうとしている。


「何だ、命乞いか?」


魔物が命乞いなんてするのかね。まあ。


「興味ねぇよ。サンダーボルト」


俺の指先からさらに強力な電気の槍がオークの身体に突き刺さり、オークは悲鳴すら上げれずに黒いモヤとなって消えていく。


後に残ったのは、ウルフよりも二回りは大きい魔石。それとオークの牙というレアドロップ。


それを拾い上げ、俺は探索を終え、帰路についた。


この迷宮にはワープと呼ばれるものが存在する。一階層以外は五の倍数ごとにワープで一瞬で移動出来るのだ。


俺はそのワープがある部屋まで辿り着く。すると、ちょうどイレギュラーなオークを駆除するための先遣隊らしき、三年生の先輩達がワープから出てきた。


「君、ちょっといいか?」

「……何でしょう?」

「この階層にオークが出た、という報告を聞いて駆除に来た。何か知らないか?」

「……いえ、存じ上げないですが」


惚けることにした。


「そうか、ありがとう!」

「いえ、では」

「ちょっと待って」


そう言ってワープから帰ろうとすると、後ろからついてきた女子生徒に止められる。


「貴方、その風貌、ザ・ワンじゃない?」

「……」

「ザ・ワン?」


声をかけた男子生徒は知らなかったらしい。そんな彼に、女子生徒が補足する。


「ほら今年の新入生でレベルが上がらないって噂になってた」

「ああ!あれ?という事は?」

「貴方、報告にあった小鳥遊翔君ね?」


やはり報告をされていたらしい。仕方ない。俺は頷き、スノーゴーグルを外す。


「……ええ、そうですよ」

「嘘をついた事は一旦置いておいて、オークはどうしたのかしら?私達はそのオークを討伐するためにここに来たのだけど?」

「倒しましたよ、ほら」


もはや嘘をついても仕方がない。俺は腰のポーチからオークの魔石と牙を取り出して見せる。


「え、君が!?どうやって!?」


男子生徒の方が驚いている。女子生徒の方も腕を組み挑発的な態度で俺を見ている。


「私も興味あるわね。一レベ、しかもあんな低いステータスでどうやってオークを倒したのか」

「申し訳ないですが、企業秘密です。ご理解を」


俺は一礼をして断るが、女子生徒の方が納得がいかないようだ。


「納得できないわね。一レベで十層のオークを倒すなんて不可能よ。しかも、貴方のような低ステータスで、なんてね」

「そうですか。でも出来ちゃったんだから仕方ないですね。では」

「ちょっと待ちなさい!」


そう言いながらその女子生徒は俺の肩を掴んで引き止めてくる。

面倒くさい先輩だな。


「何です?」

「ちゃんと説明しなさいよ!」

「何故?」

「何故ってそれは……」


女子生徒が言葉に詰まる。説明する義務が俺にはない。俺に限らず、探索者なら隠しておきたいスキルや奥の手の一つや二つ持っているのは当たり前だからだ。


それを見かねた男子生徒が間に入ってくる。


「まあまあいいじゃないか。報告にあったオークは君が倒したんだよね?」

「報告にあったオークっていうのが如月達を襲ってたオークなら倒した」

「なるほど。了解した!他にオークは見なかったかい?」

「見てないです」

「ふーむ。ありがとう!」

「どうも」


俺は会釈をして、今度こそ帰ろうとする。


「あ、ちょっと待って!」

「はい?」


今度は何だ。俺は面倒くさそうに振り返る。


「僕の名前は天王寺翼。こっちは長谷川有栖。ぜひ覚えていってくれ!」

「私の名前は言わなくていいのに……」


ボソッと後ろで長谷川がそう呟く。

俺は何も言わず、会釈だけをして今度こそワープに乗り、地上に帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る