ピーチ+1 ~人類を滅亡から救う最強コンビ、それがピーチ・プラスワン

雲江斬太

第1章 DieHardビースト

第1話 ぼくはその女子高生を人質に取った



「動くな!」

 上原李一朗は、声の限りに叫んだ。

「動くと、この女の命がないぞ!」


 その言葉に、銃をもった男たちの動きがぴたりと止まる。

 効果があった。よかった。と思うと同時に、なんで自分はこんなことをしてるんだろう?とも思う。


 ずしりと重いマグナムの冷たい感触。腕の中で微かに震えている少女の熱く柔らかい身体。その少女を人質にとって、男たちを脅迫している自分。


「だいじょうぶだからね、海蕾みらいちゃん」

 小声で少女の耳元にささやく。彼女がかすかにうなずき、長い黒髪から甘い汗のにおいが立ちのぼった。


「上出来だな、ピーチろう」

 テーブルの下に隠れた女暗殺者が満足げにうなずく。


「ぼくの名前はピーチろうじゃない。李一朗だ」

 腹話術でつぶやき、ちらりと女暗殺者を盗み見る。


 彼女の目はテーブルの下で異様な光を放っていた。

 まるで暗闇に潜む魔獣か、もしくは幽霊屋敷の暖炉にくすぶる熾火のようだ。にかりと歯を剥いた笑顔が、人の魂を奪い取る夢魔の美貌を連想させる。


「その調子でがんばれ」


 なにをがんばるのだと、李一朗は心の中で毒づく。

 いったい、なにがどうなって、こうなってしまったのだ。自分はどこまで運が悪いのだ、と落胆する。





 思い返せば、そもそもの始まりはチーズケーキだった。


 雑居ビルの三階にある喫茶店『ペントハウス』の厨房で、熱いブラックコーヒーをおともに、李一朗は上司である七瀬七海から、もらってきたというチーズケーキをごちそうになったのだ。


 彼女が李一朗に何かごちそうするとき、そのあと必ずめんどくさい仕事を、彼は押し付けられることになる。

 それが、今回はUFО被害の聞き取り調査だった。


「えー、またそんな仕事ですかぁ」

 不満げに声をあげた李一朗だが、チーズケーキはすでに食べてしまっていたし、彼女は組織の上司だ。


 逆らえない彼は七瀬の指示にしたがって、指令書にある通り、被害に遭った女性の話を聞くため、夜の西新宿の、きらびやかな高層ビル街にあるセントラルビル最上階のレストランまで足を運んだのだった。


 UFО被害。いまもたまに、そんな事案が発生する。異星人が宇宙船にのって地球までやってきて、人間を誘拐したり動物を殺したりするのだ。


 李一朗が所属するクサナギの別班「ペントハウス」にも、たまにそんなUFO関係の事案が持ち込まれる。


 UFОユーフォーUMAユーマー幽霊ユーレイ


 そういった公式には存在しない事物をあつかうのが、クサナギの仕事であり、それらの事案のデータ整理を任されているのが下部組織である別班ペントハウスなのだ。


 すなわち、いきなりペントハウスに話が回ってくるということは、クサナギは今回のUFО事案を重要視していない、すなわち虚言あるいはガセであると考えているということである。




 池袋から新宿までは埼京線で一駅。どっと流れる人混みの潮流を縫って、ずらりと並ぶ自動改札の列を抜ける。

 が、改札を出たからといって人が減るわけでもない。それどころか、増えている。


 何か事件でもあったのかと思うような新宿の異様な人混みの中を、なんとか流れにのって、すこし離れた新宿セントラルビルを目差す。


 上原李一朗は今年二十七歳。事件に遭ってからすでに十年が経つ。


 高校生だった彼は突然に遭遇し、その後の人生を狂わされた。

 あの頃の彼は、憧れのアイドルに夢中になりながらも、そろそろ大学受験の準備を始めなければならないと薄っすら考えていた、どこにでもいるような量産型の高校生だった。


 しかし、ある日の夕方、突然襲い掛かって来た巨大な光に飲み込まれ、彼のすべては奪われ、その運命すら変貌を遂げたのだった。

 豊かな人生も、普通の暮らしも、まともな世界も、そして彼自身の肉体ですら、木っ端微塵に吹き飛んでしまったのだ。


 彼の人生すべてが狂わされた。あのとき遭遇したUFОによって。


 現在27歳の上原李一朗は風采の上がらない男になったといえる。量産型の高校生が、モブの社会人にランクアップしたのだ。大してアップしてないが。

 背は低いし、身体も細い。全体的に貧相な印象で、人の記憶に残りにくい。


 ペントハウスの店長七瀬には「スパイとしては理想的」といわれたが、彼が所属する部署は単に聞き取り調査と、収集したーデータの整理保管が任務である。

 潜入したり捜査したり追跡したりは一切しないのだ。




 新宿の人波に流された彼は、天を衝くような高層ビルの足元に辿り着く。待ち合わせ場所は、このビルの最上階。地上四十五階にある展望レストランだ。


 エントランスを入るとき、前から来た身体の大きな男が、わざと李一朗にぶつかってきた。

 彼は「あっ」といって撥ね飛ばされたが、男は無視して行ってしまう。気づいていないはずがない。わざとぶつかり、わざと気づかない振りをして去っていったのだ。


 あの野郎。

 腹が立つ。はなからバカにされている。

 簡単に跳ね飛ばされ、他人に侮られる自分に対して悔しい思いもする。


 が、だからといって、「おい、ちょっとまて、てめえ」などと相手を追いかけて襟首を摑むようなことはしないのだ。

 そんなことをしても、どうせ返り討ちに遭うのが関の山だと分かっているから。


 李一朗は「ハッ」と短く息を吐き、いまのことを記憶から消去する。さもないと、わざとぶつかって来たさっきの男への怒りが高まり、それが自分の中で渦を巻いて激情と化し、大変なことになってしまうからだ。


「今日のところは、勘弁してやるよ」

 ちいさく吐き捨てて、エレベーターを目指す。


 エレベーターのボタンを押しながら、彼は鏡面仕上げの金属パネルに映った自分の姿を見て、口をへの字に歪めた。


 政府の人間ということで、きっちりしたスーツ姿で出てきた李一朗だが、身体が細く撫で肩体型の彼が着ると、ダークグレーのスーツもまるで七五三の記念写真だ。

 小学生が大人ぶってネクタイ締めているようにしか見えない。


 貧相な体格が強調されて、なんとも頼りない。

 こんな人間が聞き取り調査に来たりしたら、そざや被害者の方も落胆するだろうなと、却って申し訳なく思ってしまう。


 彼はこの後、早乙女海蕾みらいという少女に遭うのだが、あんな綺麗な子と顔を合わせるとわかっていたら、少なくとももう少し見栄えに気を遣ってきた。

 髪型を整えたり、肩パットを入れたりと色々できることがあったはずだ。


 あとからそれを思っても仕方のないことなのだが。


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