ヒロイックファンタジー物

星一悟

第1話

 光と闇が愛し合い、愛を囁くために言葉が生まれた。


 言葉はやがて呼応し響き合い、固まって物質となり、世界が生まれた。


 こうして生まれた世界に光と闇とが住まい、永遠の愛を誓いあうことにした。


 だが、時に愛は憎しみを先導する。


 仲違いした光の神と闇の神は互いに殺し合うまでになり、流れた血が玉となって生命が生まれた。


 自らを広くミスラ族と名乗る人間の宗教の神話であり、人間は光の神の流した血液から生まれたとされたが、傲慢でずる賢い彼らは他の亜人より優れているのか?


 寧ろ闇の存在に近いかもしれない。


 そのミスラ共の起こした戦争に参加したのがアズラだった。


 アズラは亜人だ。


 額には生えていた角がえぐられた傷跡があり、闇のように黒い巻き毛の長髪と紫の瞳、日に焼けて茶になった赤い肌を今は鎖帷子で覆い、毛皮と鉄の兜をつけていた。


 逞しい身体つきで鎖帷子からも彼の胸筋や広い肩幅の線を隠せるものではない。


 強靭な肉体は人間の形をした猛獣に近く、人食いをすると言われる獰猛な種族的特徴を兼ね備えていた。


 アズラはハイオーガと呼ばれる知能ある鬼であった。闇の神の血を受けたとしてミスラから忌避される種族である。


 ミスラの神官が見れば唾棄されるべき種族でありながら、野蛮な世界では彼のような筋骨ある者の力を味方につけたいと思う者は多い。特に戦争においては。


 馬上で槍を振り回してきた敵に対して、アズラは片刃の両手斧を握りしめた。


 驚くほどの俊敏性で穂先をかわすと、アズラの斧が騎兵の胸板にめり込んだ。 


 即死する兵の次にやってきた板金鎧の全身甲冑の騎士が、馬上槍をアズラに向けた。


 騎士の槍を斧で払ってかわしたが、アズラと馬が正面衝突する。


「ぬん!」


 加速をつけた馬とぶつかりあったが、アズラのタックルで馬の方が体勢を崩した。


 後ろから地面に倒れ込んだ騎士は、明後日の方へ逃げようとする馬の蹄を受けて動かなくなった。


 複数の兵士達がアズラを囲い込む。


 アズラの斧が兵士の頭部を叩き割ると、そのままもう一人の胴体に刃を埋めた。


 斧が刺さった隙をついて別の兵が槍をアズラの脇腹に突き刺した。


 アズラは腰の剣を抜きながら、身をよじって穂先を嫌がると、鎖帷子に穴があいた。


 アズラの鉄の剣が閃き、槍持つ男の腕と胴を切り裂く。


 アズラは丸太のような脚を軽く曲げて重心をぶらさず、剣で同時に襲ってきた二人に力任せに対処した。


 剣も折れよとばかりに振り回して攻撃を弾くと、アズラの怪力で男達が次々に切断された。


 激しい戦闘。


 殺し合いの中、敵と味方が血の海に沈み、一人、また一人と天国や地獄に落ちていく。


 血を浴びて黒ずんだ鎖帷子を着たアズラは、地獄の悪鬼の顔でまだ息のある敵に近づいた。


 野生の動物には嗜虐しぎゃく的な一面があるが、アズラにもそんな一面がある。


 兵士は荒野に血を流しながら、手の平をアズラに向けた。


「や、やめろ。助けてくれ。」


 空虚な命乞いを聞くこともせず、アズラは男の首をはねた。


 だが、アズラは慢心していた。


 トドメを刺さなかったために起き上がってきた雇われ騎士が、アズラの頭にメイスを叩き込んだのだ。


 兜の中で激しく脳が揺れるのを感じながら、アズラは幅の広い剣を騎士の兜と鎧の境目にある首の隙間に器用に差し込んだ。


 喉を押さえて騎士が地面に膝をついた。剣を抜くと太い動脈まで切り裂いたのか、鎧から血が噴き出す。 


 その時だった。


「うっ!」


 血が甲冑から吹き出るのを見ながら、アズラは吐き気がして口に手を当てた。


 見慣れたはずの暴力の光景をグロテスクに感じ、殺人に激しい嫌悪と後悔の念が胸に広がる。


(何だ?)


 疑問の念が浮かんだ途端に、脳裏にある風景が広がった。


 学校の教室の片隅で机に突っ伏して寝る少年。


 成績が悪く、かといって不良なタイプでもなく、陰キャで、これといった趣味もない。


 毎日通っているのか通わされているのかといった気分で、五月蝿い教室を孤独に取り敢えず生きていたのだが、その日は違った。


 帰り道、歩行者道へと軽自動車が突っ込んできたのだ。少年は跳ねられた。最期に見た顔は、パニックに顔面を引きつらせた老婆の顔だった。


 少年の意識が目覚めた時には、鎧姿の死体を眺めていた。


「何だ?」


 低い声がする。


「ここはどこだ?」


 手の剣を落とした音で、少年の意識は自分が荒野に立っているのに気づいた。さらに、アズラの意識が重なる。


「何なんだ?一体。」


 アズラは混乱しながら地面に落ちた剣を取ると、身体が覚えているのか、血振るいして腰に巻いた革紐から下げた毛皮に、刀身をこすって鞘に収めた。


「僕はどうしてここにいるんだろう。」


 意に反した独り言をつぶやく。頭痛がしてアズラは頭を押さえた。


「誰だ!俺の頭の中にいるやつは!」


「僕は僕だ。」


「僕だと?俺は何を言っている?」


「僕の中に僕が二人いる!?」


「くそっ。どうなってるんだ。」


 アズラの意識と少年の意識が拮抗し、意識の海の中で互いに溺死させようと藻掻もがきあった。


「金。そうだ。金と飯だ。全部終わったら報酬をもらわねば。」


 主人格をアズラに保ちながらブツブツと呟くと、2つの意識と記憶が段々と噛み合っていく。


 アズラはハイオーガと人間とのハーフである。


 オーガの肉体と人間の知恵という、種族の良いところどりした彼だが、幼少の頃、人間の母親に連れられて父親の元から逃げた。


 しばらく逃亡生活が続いたが、親子共に奴隷商人に捕まり、散り散りに売り飛ばされた。


 アズラは奴隷として肉体労働を強いられ、離れ離れになった母親との再会を夢見ながら日々を過ごし、10年かけて青年となった時、アズラの所有者を殺して逃亡した。


 それからは身一つで生存する日々であり、生きるために人を殺し、生きるために物を奪った。


 そうして、母親の手がかりを追って探し、ついにみつけたが、母は既に死んで墓標なき土饅頭の下だった。


 略奪者アズラは人生に絶望したが、それでも食うために傭兵として、小規模な戦争に参加した。


 世界に絶望しても、生き抜く力がアズラにはあったのである。


 2つの記憶、2つの人格が溶け合うのを感じながら、アズラは死体から両手斧を引き抜いた。


 この荒廃した土地の所有権を巡ってのミスラ同士の下らない紛争も、そろそろ終わりつつある。


 鉄鉱石が地表の岩からとれるほど豊かにあるが、ここは生存に適した土地ではない。


 資源を取るだけの土地に、雇われが血を流していた。


 脳の興奮がおさまると、野蛮と文明の境目に立った頭で周囲を見渡した。


 殺し合いは終わりを迎え、アズラともう一人の男しか残っていなかった。


 赤い髭を生やしたミスラ族ニニン人の騎士だ。


 バイザーの壊れた兜を脱いでおり、燃えるような長髪の髭面が乾いた血に汚れていた。


 ミスラの雇われ騎士の目にも、アズラは野蛮人に違いない。アズラは斧を慎重に構えた。


「どうやら、生きているのは俺と貴様だけらしいな。俺はレンジャックのブライという。殺す前に名を名乗れ。」


「ソウトゥース山のアズラとスズキアオだ!」


 アズラは少年の名前と共に名乗った。


 ブライは剣を手に盾を掲げた。


 アズラは斧の柄の中間を持つと、プライへ振り回しながら先端へと滑らせた。


 斧の軌道リーチが長くなり、ブライは距離感が掴めなくなると、斧の刃の根元が盾の端に当たった。


 アズラはそのまま逞しい両手で斧を引いて盾をかたむけ、ブライは前に姿勢を崩された。


 それから、アズラは斧の先端で相手を突いた。


 斧の刃の上半分がブライの板金鎧を凹ませ、先端が板金を貫通して胸を傷つける。


「うっ。」


 盾を超えてきたテクニカルな一撃に、ブライは大勢を崩したが、すぐさま足を踏ん張り倒れるのを防いだ。


 剣を振る騎士に、野蛮人は追撃の手を緩めなかった。

  

 斧を素早く前後して顔や頭を執拗に狙った攻撃を受け、ブライは顔面を血に染めながら雄叫びをあげた。


 堪らず盾を捨て左手で斧の柄を掴んだブライを見て、アズラが斧から手を離し、腰の剣を抜いて唐竹割りにふった。


 アズラの剣は、血液で視界を失い無茶苦茶に振り回したブライの剣をかいくぐり、ブライの頭部を切断し、絶命させた。


 血と脳漿をふいて、どうと倒れるブライだった死体を前に、アズラが口に手を当てる。


「この吐き気はなんだ。気持ち悪い。」


 拒絶し絶叫する鈴木碧すずきあおの意識に、アズラはとうとう胃酸を吐き出した。


「人殺し!僕の人殺し!」


「黙れ!殺して何が悪い!」


 アズラは血溜まりの中で、一人で叫んでいた。

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