ハナビ

落水 彩

第1話

「今年もお空にお花が咲くのかな。」


 子どものキツネが問いかけた。


「そうねえ、きっと。」


 温かみのある優しい声で母ギツネが返す。

 ジージー、コロコロと虫が鳴いている。夜風は全身に生えた焦茶色の毛を優しく撫でた。

 二匹は山の中腹からキラキラと光る下界を見渡した。あか、あお、きいろ。さまざまな色を生み出す街並みは綺麗だった。


「あたし、あのお花大好き!」


「うふふ、さすがオマツリの日に産まれただけあるわね。」


「そうなの?」


「言ってなかったかしら。あなたの誕生を祝福するかのように、色とりどりの花が夜空を彩ったのよ。」


 子ギツネは自分の誕生秘話を聞いて心が弾んだ。今年はなんとしてでもあの花を見たいと思った。


「……でもお母さん、下からお歌が聞こえないよ?」


 子ギツネは不思議そうな顔をした。靴下を履いたような真っ黒な手をふみふみさせる。


 「……あら、本当ね。」母ギツネは右耳に前足を当て、傾けながら耳を澄ましたが、聞こえてくるのは虫の声ばかりだった。

 毎年、夏毛では夜風を肌寒く感じるこの時期に、ドンドコと鳴り響く太鼓やピーヒャラと耳に残る笛の音に合わせて、人間の元気な唄声が聞こえてくる。その音を合図に、七日目の夜、夜空に大きな花が咲くのだった。

 ぴゅうっと風が吹く、子ギツネは思わず身震いした。


「このままだと、先に葉っぱが赤くなっちゃうよ。」


「うーん、今年は涼しくなるのが早いのかも。」


「でもお母さん、最近街の明かりがところどころ消えてるの。いつもこの時期は、もっとキラキラで溢れているのにね。」


 子ギツネの言うように今年は例年に比べ、人の往来が少ないようだった。人の乗りこなす「クルマ」という大きな鉄の塊も、目で見てわかるくらいに数が減っていた。

 母ギツネは少し考えて、「『オマツリ』の準備をしているのよ。」と子ギツネに自信にあふれた眼を向けた。きっとそうよ、と自分自身を納得させるように重ねて言った。


「オマツリ?」


「ええ。山の麓に神様を祀っているお社があるでしょう? その神様は、狐の姿をしていて、オマツリを楽しんでいるんですって。お歌が聞こえるのも、夜空に明るい花が咲くのも、その神様を喜ばせるためでもあるんだって。」


「神様もキツネなの⁉︎ 会ってみたいな。絶対楽しいもん。」


「ふふ、今年は行ってみようか。」


 母ギツネの提案に、子ギツネは目を光らせて頷いた。


 * * *


 子ギツネは来る日も来る日も待った。月が半分欠けたある日、タヌキがこんな話をしていた。


「今年は静かでいいや。」


「なんてったって、マツリは中止らしいからな。」


「あの大きなハナビの音も心臓に悪いったらありゃしない。この先ずっとなくたっていい。」


 子ギツネは思わず声のする方に駆け寄っていった。


「ねぇ、今の話ほんと?」


 自分より背の高い草をかき分けて、タヌキの前に躍り出た。


「うわ、びっくりした。なんだいきなり。」


「オマツリ、今年はやらないの?」


 子ギツネはザワザワと胸騒ぎがした。「そうらしいぜ。ニンゲンがそう言ったんだ。」小太りのタヌキが答えた。

「そんなぁ……。」今にも泣き出しそうなくらい瞳をうるうるさせている。


「諦めな嬢ちゃん。どうも、ニンゲンの世界じゃ不治の病が流行ってるらしいぜ。感染したら最後、苦しんで死んじまうらしい。」


「そんな中でマツリなんかやったら、なぁ?」


 なぁ、とタヌキはお互いの顔を見合わせた。


「……お空にお花も咲かないの?」


「お花? ああそりゃ、マツリが中止ならハナビもないんだろう。」


 下界によく姿を現すタヌキは、子ギツネの知らない言葉を使った。子ギツネは「ハナビ」がマツリの最後に打ち上がることを知った。


「その、ハナビだけでもなんとか見られないの?」


「さぁな。」


「ニンゲンに聞いてみればいいんじゃないか?」


「その前に、キツネなんて門前払いだろ。」


「たしかに。」


 ケラケラと笑うタヌキは、子ギツネの横を通り過ぎていった。

 肩を落とした子ギツネはトボトボと家へ帰った。


「ねぇお母さん、今年はハナビないんだって。」


 子ギツネはタヌキから聞いた話を母ギツネに話した。


「あら、それは残念ね。」


「でね、あたし考えたの。下界に降りて、ハナビしてくださいって頼もうと思うの。」


 子ギツネの目は希望に満ちていた。対して母ギツネは厳しい顔付きをしている。


「うーん、それは難しいんじゃないかな。ニンゲンだって、本当はやりたいのかもしれないけれど、事情が事情だから、ねぇ。」


 子ギツネは、「やってみないとわからないのに、どうしてみんなできないだなんて考えるのだろう。」と、大人の考えることは良くわからなかった。





 翌朝、子ギツネは山を降りる決心をした。


「おや、あれは昨日のお嬢ちゃんかい?」


 道中、昨日の小太りのタヌキにも出会った。相方はいないようだった。


「あ、タヌキさん。あたし、山を降りてニンゲンに会いに行くの。」


 子ギツネは計画を話すと、タヌキはまんまるの腹を抱えて大笑いした。その声に驚いた小鳥が、木の枝から数匹飛

んでいった。


「だっはははははは、お嬢ちゃん、その姿でニンゲンに会ったって、ちっとも取り合ってくれないと思うぜ。」


 その無謀な計画に、タヌキは目に涙を浮かべながら笑った。あまりにも否定されて、子ギツネは頬をぷくりと膨らませた。口を尖らせて「やってみないとわかんないもん。」と抗議した。


「ああすまんすまん。ならひとついいこと教えてやるよ。お嬢ちゃんもできる簡単なまじないだ。」


「まじない?」


「ああ、その姿だとニンゲンと言葉を交わすこともままならねぇ。」


 タヌキは辺りを見回すと、葛の葉を一枚ちぎった。それを自身の頭の上に乗せると、「ドロンっ。」と唱えた。


「あれ? ええ⁇」


 子ギツネの目の前にいたタヌキは、男のニンゲンの姿になっていた。上は白、下は黒の衣装は、ニンゲンの男性がよく身につけているのを見たことがあった。反射的に茂みに隠れた子ギツネに、男は「安心しな。変身だよ。」と優しく声をかけた。

 恐る恐る顔を覗かせる子ギツネは、その恰幅の良い男性を見て、ゆっくりとまた近づいた。


「タヌキ、さん?」


「おう、俺たちタヌキやキツネは、こうして葛の葉を頭に乗せて『ドロンっ』で変身できるんだ。」


 声は先ほどのタヌキのままだった。


「す、すごーい‼︎」


 あたしもやる、と元気よく変身したタヌキの周りをぴょんぴょん跳ねた。





「——どろんっ。」


「ああ、惜しいな。尻尾がでちまってる。」


「難しいよう。」


 練習をしているうちに、すっかり日が高くなっていた。子ギツネは唱えるたびに、二本足で立つけむくじゃらになったり、顔だけがキツネのままだったりとアンバランスな変身を繰り返した。

 その様子を見てタヌキはゲラゲラと笑っていた。一刻も早く下界に降りたい子ギツネは、満足に変身ができない現状に焦燥した。暑さのせいもあり、顔のパーツを中心に寄せた困り顔で、もう一度唱えた。


「どろんっ。」


 子ギツネは五歳くらいのニンゲンの姿をしている。焦茶色の髪の毛に、細長い目が特徴的だった。どこから見てもニンゲンの子供にしか見えなかった。尾てい骨付近から生えた尻尾を除いて。


「うーん、尻尾か耳がどうしてもでちゃう。」


「ここまでできたんなら上出来だ。あと何回か練習を重ねれば完璧だと思うぜ。」


 肩を落とす子ギツネに、タヌキは励ますように背中を叩いた。本気で練習に取り組む姿を見て、もう冷やかすように笑うことはなかった。

 




「ほら、できた。」


 そこには尻尾も耳も生えていない、完全にニンゲンの少女の姿があった。

 一通り自分の体を見回すと、子ギツネは満足そうにくるりと回って見せた。風を受けて紺色のスカートがふわりと踊った。


「ありがとう、タヌキさん、あたし頑張ってみる。」


「おう、この姿なら、話くらいは聞いてもらえると思うぞ。」


 子ギツネはタヌキに手を振ると、山を駆け降りて行った。






 意気揚々と下界に来たはいいものの、子ギツネは誰にどう頼めばいいのかわからなかった。とりあえず人気の多そうなところへ足を運ぶ。

 街をぶらついていると、大きな建物が目に入った。


 ——あそこなら、ハナビやオマツリについて何か知っている人がいるかも。


 てくてくと歩いて、入り口の自動ドアをくぐると、


「すみません、マスクをされていないお客様の入店はご遠慮いただいております。」


 入店まであと一歩のところで、商業施設の制服を来た女性が声をかけた。


「え?」


 自分の腕を見ても毛は生えていないし、頭を触っても耳はない。お尻に尻尾も生えていない。完璧に変身できているはずなのに、入店を断られる理由が分からなかった。

 女性は少しやつれ、元気がなさそうに見えた。その女性だけではない。

 店内で買い物をするニンゲンはみんな疲れ切った顔をしていた。瞳は灰色に濁り、げっそりとしていた。それに、何やら口元に白い布をくっつけている。


  あれ、ニンゲンってこんなんだったっけ——?


「え、あ、あの。」


 予想外の出来事に、子ギツネはオロオロすることしかできなかった。今にも泣き出しそうに眉尻を八の字にすると、


「俺、二枚あるから、一枚やるよ。」


 声のする方を振り返ると、白く四角い布を差し出す子どもが立っていた。全体的に痩せ気味だが、背の高い男の子。歳は子ギツネよりもいくつか上のようだった。

 差し出された布が、今ニンゲンの口元を覆うものだと気がついた子ギツネは、小さな手で受け取ると、口に当てた。

 布を手に入れただけで、使い方がわからずまごついていると、「マスクつけたことねーの?」と男の子が呆れた顔をした。


「これしなきゃいけないの? ニンゲンって不思議だね。」「「え?」」


 女性と男の子の声が重なった。

 男の子は子ギツネの手を引っ張ると、そのまま商業施設を後にした。


 * * *


 近くの公園はしんとしていて、誰もいなかった。木陰のベンチに座ると、男の子が話しかけた。


「今自粛期間中だから、一階のスーパーしかやってないよ。」


「そうなんだ。」


 吹き過ぎる風は生ぬるかった。


「……お前名前は?」


「名前? ないよ。」


「え、じゃあなんて呼ばれてんだよ。」


「何って、ないよ。匂いで判別できるもん。ニンゲンは違うの?」


「いや、普通はできないから。友達の持ちもんなら匂いでギリわかるけど。」


 男の子は名前をアキトと言った。友達にはアキくんと呼ばれているらしく、子ギツネはそれにならってアキくんと呼ぶことにした。


「じゃあ、アキくんが名前つけてよ。」


「えー。なんか好きなもんないの?」


「うーん、ハナビ、オマツリ、どんぐり……。」


「マツリはどうだ?」


「あ、それいい!」


 子ギツネは、マツリ、マツリと繰り返し、初めて名前がついた喜びに胸が踊った。


「マツリって、コロナが流行ってるの知らないの?」


「コロナ?」


 そういえば、不治の病が流行っているとタヌキが話していた気がする。


「マジで? テレビとか見ないんだ。」


「テレ……ビ?」


「マツリって何も知らないんだな。」


「うーん、アキくんあたしの知らない言葉いっぱい使う。」


 呆れた顔をしたアキくんはため息をついた。


「……お店にいたニンゲン、みんな元気なかったのもその病気のせいなの?」


「ああ、コロナってまだワクチン打つとか、そもそも罹らないようにするくらいしか対処できないし。」


 またマツリの知らない言葉が出てきた。


「っていうかさ、さっきからそのニンゲンって言うのなんなの? まるで自分が人間じゃないみたいだな。」


「え、だって違うもん。」「は?」


「あたし、キツネだもん。」


 二、三度瞬きをすると、アキくんは大きな声で笑った。


「いやいや、どこからどう見ても人間だよ。女の子じゃないか。何に影響されてんだよ。」


 腹を抱えて笑うアキくんにむっと口を尖らせた。山にいても下界にいても笑われるマツリは、ちっとも面白くなかった。

 「本当にキツネだもん!」立ち上がってアキくんと向かい合うように前に出た。

 あははは、と笑っていたアキくんは口を大きく開けたまま静止した。見開かれた目はマツリの頭に釘付けになっている。


「そ、それ……。」


 指を差された方向を振り返っても何もなかった。「じゃなくて、」そのままアキくんは自分の頭を指差した。マツリは自分の頭を撫でると、髪の毛とは違うふわふわとした柔らかい感触に手が触れた。


「あ、お耳。」


 せっかくタヌキさんに教えてもらったのに、もう変身が解けそうだった。


「え、じゃあ本当に……?」


 驚くアキくんに「それ、俺以外には見せない方がいいよ。」と助言された。

 マツリは良くわからなかったが、ニンゲンのアキくんが言うのならそうなんだろう。マツリは自分自身がキツネであることを隠すことにした。


「ねぇアキくん、今年はハナビ見られないの?」


「花火どころか、祭もやらないよ。」


 タヌキの言った通り、感染症が原因で人の集まるイベントごとは全て自粛という形で中止になってしまったそうだ。アキくんの顔が曇ったように映った。


「なんとかして打ち上げられないかな。」


「無理だよ。花火を打ち上げるのには場所も人もたくさんいるんだ。しかも、花火なんて人が集まっちゃうだろ? そんなことしたら、」


「じゃあ、お知らせしなければいいんじゃないかな?」


「は?」


「みんなには内緒で打ち上げるの!」


「簡単に言うなよ。さっきも言っただろう、人手がいるんだ。それに、その職人も何人かコロナで入院してる。」


 アキくんは汗を流した。マスクで息が籠るせいか、顔がほんのり赤かった。話しながらシャツの真ん中をつまむとパタパタと仰いだ。


「アキくん、ハナビに詳しいねぇ。」


「だって、俺のじいちゃん花火師だから。」


「え!」


「また耳でてる。」


 * * *


 マツリはアキくんに連れられるまま、花火職人をやっているというおじいちゃんに会いに行った。

 アキくんの家にある工房は広かった。中は夏なのにも関わらず、ひんやりしていて気持ちよかった。


「こんにちは!」


 工房内に元気な声が響いた。わくわくと期待に胸を躍らせるマツリとは反対に、アキくんは黙ったままだった。

 マツリとアキくんは工房内を散策した。マツリが大きな玉ねぎがいくつも並んでいるのを見ていると、「それが夜空で花火になるんだよ。」と教えてくれた。


「じゃあこれがハナビの蕾なんだね。」


「そうだな。」


 さらに奥に進むと、黒豆のような真っ黒な玉が四角い箱に敷き詰められていた。


 「これは星って言って、花火の元になるんだ。」アキくんはなんでも知っていた。

 マツリは艶のある黒玉をひとつ、手に取ってみると、


「何をしている!」


 後ろから聞こえた雷のような怒号にマツリは思わず黒玉を落とした。


「あ、じいちゃん。」


 アキくんにじいちゃんと呼ばれた男性は、目を吊り上げ、腕を組んで立っていた。マツリは大きなクマのように見えて、思わずアキくんの背中に隠れた。


「ここは子どもが入っていいところじゃないと、何度も言っているだろ。」


「ごめん。」


「それに、その子は誰だ。こんなご時世に余所者を連れてくるなんて。」


 ずんずんと近づいてくるクマは、マツリを睨みつけた。顔の下半分はマスクで隠れているが、はみ出た灰色の髭から老練な様を感じた。マツリはニンゲンの世界にも圧倒的に敵わないと思うような存在がいることを知った。


「花火に興味あるって言うから連れてきた。」


 アキくんは物怖じすることなく、淡々と答えた。


「それが工房内に勝手に入っていい理由にはならん。」


「あ、あの、夜空に咲くお花が綺麗で、えっと、ハナビ、今年も見たくて、打ち上げてくださいって、お願いしに来たんです!」


 二人がバチバチと火花を散らす寸前で、マツリは間に割って入った。


「……今年の祭は中止だ。残念だが、俺の力じゃどうにもならん。」


「え、でも、ここにあるのはハナビの蕾なんでしょ。これを使えば、ハナビくらいは――」


「こんなもの、何の役にも立たん。」


 アキくんのおじいちゃんは、花火玉を一つ持ち上げると、足元にあったバケツにドボンと沈めた。あふれた水が床にシミを作った。

 アキくんのおじいちゃんは悔しそうな顔をしていた。


「何でそんなことするんだよ。大事な商売道具だろ?」


 アキくんも泣きそうな顔をしていた。マツリは、おじいちゃんの行動の意味がわからずモヤモヤした。


「……勝手に入って悪かったよ。いこ、マツリ。」「う、うん。」


 手を引かれるままに工房を後にした。振り返ったマツリの目に映るおじいちゃんは、悲しそうな背中を向けていた。





 工房のすぐ隣にあるアキくんの家は、マツリの住む洞穴とは比べ物にならないほど広かった。靴を履いたまま上がろうとすると、アキくんに怒られてしまった。ニンゲンは家では靴を脱ぐらしい。案内された部屋でマツリはイグサの匂いのする畳の上にゴロンと寝転がった。


「ごめん。じいちゃん、あんなんじゃなかったんだ。」


 マスクで隠れたアキくんの顔を初めて見た。唇は薄く、陶器のような色白の肌をしていた。


「花火が大好きで、俺にも星を見せてくれたり、花火のことたくさん教えてくれたんだ。でも、コロナ禍になってから、同じ花火師の人が入院したり……亡くなったりして、イライラしてるんだと思う。」


 チリンと風鈴がなった。心地よく響く音を聞きながら、アキくんの言葉に耳を傾けた。


「でもびっくりしたな。あんなことして、辛いのはじいちゃんの方だろうに。」


「あんなこと?」「花火は湿気に弱いんだ。濡れると燃えなくなる。だから、あの花火はもう。」


 その後に言葉は続かなかった。愛してやまない花火を、自ら捨ててしまうくらい思い詰めていたおじいちゃんの気持ちを考えるとマツリは胸を締め付けられた。きっと、集めたどんぐりで作った首飾りを自分で壊すことくらい辛いのだろうと想像して涙ぐんだ。


「……ねえアキくん、あの蕾、全部捨てちゃうの?」


「どうだろうな。まあ火薬も入ってて危ないから、バラバラにはするんじゃない。」


「……アキくん、あたしたちで打ち上げようよ、ハナビ。」


「だから無理だって、」


「お願い、どうしても見たいの。あたしが産まれた時に咲いた、あのお花を。」


 アキくんは目を細め、眉尻を下げて困った顔をしていたが、マツリにとって今頼れるのは、彼しかいなかった。

 目を潤ませてお願いするマツリの愛嬌に勝てなかったアキくんは、

 「協力は、するよ。」無理でも文句言うなよ。と付け加えた。


「ありがとうアキくん!」


 マツリはアキくんに思い切り抱きついた。嬉しいことがあったら母親といつもこうしてきた。アキくんのほっぺに頭をすりすりさせたところで、「暑い……。」と肩を掴んでマツリを引き剥がした。「嫌だった?」耳まで赤いアキくんは、目を合わせなかった。


「そうじゃないけど。キツネってみんなそうなの?」


「ううん、違うよ!」


 マツリは屈託のない笑顔で答えた。






「で、どうするの? 何か作戦でもあるの?」


「えっと、燃やせばいいんだよね?」


「簡単に言うな、打ち上げる用の筒とか、必要なものも多いんだ。」


 再び工房内に戻ってきた二人は廃棄予定の小さな花火玉と煙火筒を運び出していた。おじいちゃんは外出中のようだった。


「アキくんは打ち上げたことあるの?」


「まあ、」


 じいちゃん、昔は教えたがりだったからな。と懐かしむような、ちょっぴり寂しそうな顔でアキくんは答えた。

 羨望の目を向けるマツリに、「まだ半人前ですらないから、期待すんな。」と、花火玉をもう一つ抱えた。


「あとは、どこで打ち上げるか、か。なるべく広い場所がいいな。」


「山!」「火事になるだろ。」


 しばらく考えていると、何か思いついたようにふとアキくんの顔が上がった。


「どこいくの?」


 夕方になっても暑さが残るアスファルトの上を歩く。「暑いよぉ。」と根をあげるマツリは、耳も尻尾も隠さずぐったりとしていた。


「もう少しだから。あとそれ隠せって。」


 幸い、誰ともすれ違わなかったものの、だんだんキツネ要素が出てきていることに気が気ではないのか、後ろにいるマツリを何度も振り返った。






「ほら、着いたよ。」


「んー? ここ?」


 辺りは足元の悪い荒地だった。草も伸び放題で、人の気配はなかった。辺りはすっかり薄暗くなり、汗を乾かすように柔らかい風が吹いた。


「ここ、花火を打ち上げるにはうってつけの場所なんだ。」


 近くに川もあるし、人もいないし、とアキくんは煙火筒を設置した。

 久々に触るのか、あまり手際はよくなかったが、だんだん感覚を思い出したようだった。マッチに火を着けると筒の中に放り込んだ。


「耳塞げ。」


 マツリは言われるがままに耳を塞ぐと、何かが弾ける音と共に空に小さな花が咲いた。その花は薄紫の空によく映えた緑色だった。山の中腹から木と木の間を覗くように見ていたハナビが、今までで一番近い距離で見られたことに、マツリは頬が痛くなるまで口角を上げた。


「す、すごい!」


 頭に生える耳をピンと立たせて筒の周りをぐるぐると走った。その後も何発か小さな花火を打ち上げた。点が規則的に並んだ花や、尾を引きながら光る花が、夕暮れの空を鮮やかに彩った。


「ふぅ、これで満足か?」


「次はもっとおっきいお花咲かせよう!」


「それは無理!」


 荒野に無邪気な笑い声が響いたが、それも束の間、


「おい。」


「あ、」「ひぃ⁉︎」


 人の気配がして後ろを振り返ると、鬼気迫る表情をしたアキくんのおじいちゃんが立っていた。

 油断したマツリは耳を隠すのを忘れて立ちすくんだ。


「あ、マツリ、」


 気がついたときには遅かった。


「耳……?」


 おじいちゃんは、目を見開いて驚いていた。不意にマスクを外すと、神々しいものを見るかのように近づいた。


「降りてきたのか?」


「ごめんなさい、ごめんなさい。」


 マツリはベソをかきながら何度も謝った。


「にわかには信じがたいが、」


 おじいちゃんは、マツリをまじまじと見つめ、ぴょこぴょこと動く耳を触った。


「あの、じいちゃん?」


 アキくんが呼びかけても、おじいちゃんはひたすらマツリの耳を不思議そうに触っている。撫でられ続けるマツリは様々な反応を見せた。


「やはり必要な祭事なのか。」


 そうか、とおじいちゃんは一人納得すると、


「今回のことはもう咎めん。山へ帰りなさい。市や警察には私が説明しておく。」


「え?」


「帰るぞ。」


 おじいちゃんは煙火筒を抱え、アキくんの腕を引っ張っていった。

 ポツンと取り残されたマツリは、アキくんが見えなくなってから、トボトボと歩き出した。





 ——どうしておじいちゃんは怒らなかったんだろう。


 マツリは下を向きながら考えていた。キツネの耳を確認したとたん、マツリを見る目が変わった。


「サイジ? サイジってなんだろう。」


 おじいちゃんの言葉を反芻していると、山の麓に神社が見えた。なんとなく引き寄せられるように、マツリは鳥居をくぐった。歩みを進めると、屋根のついた建物の先に、赤い布を首元に巻きつけたキツネの石像が道を挟むようにして佇んでいた。

 さらに奥へ進むと、大きな絵馬のような大きな看板が建っていた。


「うーん? 難しくて読めない。」


 神、狐、八、祭。どれも初めて見る文字だった。解読を諦めたマツリは境内で一番大きな建物に近づいた。下半分が木の板でできた格子戸からは光が漏れている。頑張って背伸びをしてみたが、マツリの身長では中を覗くことができなかった。聞き耳を立てていると、何やらざわざわと話し声が聞こえた。


「人間はどうも、私たちへの信仰がなくなってきているんじゃないかしら。」


「まあ、未知の病が流行ってしまったからねえ。」


「それにしても、お供えも年々減っているし、今年は祭事もないときたら、いよいよ私たちもここを出ていくことも考えなくてはならないんじゃ。」


 気品を感じる声だった。マツリはゆっくりと戸を横に引くと、息を呑むほどに美しい二匹の白狐が佇んでいた。


「まあ、珍しいお客さん。」「何か用かしら?」


「あ。」


 首元には赤い布。先ほど見た石像から飛び出したような見た目をしていた。手招きされるままにマツリは白狐に近づいた。土足で畳を踏もうとして、慌てて靴を脱いだ。


「変身が上手ね。」「そうかしら。耳が出てしまっているわよ。」


 二匹とも同じような細い目をしていたが、優しそうなタレ目と、気難しそうなツリ目で判別できた。マツリはなんとなくタレ目のキツネの方に寄った。


 その神々しさに、思わず「神様?」と問うと、「そうよ。」と返ってきた。


『——その神様は、狐の姿をしていて、オマツリを楽しんでいるんですって。』


 母ギツネが言っていた言葉を思い出して、マツリはなんだか嬉しくなった。オマツリやハナビについてたくさん聞けると思った。


「正確には神の使いなんだけれど、みんな私たちそのものを御神体と勘違いしているみたい。」


 二匹から聞いた話によると、この土地は昔からキツネを神様として崇めていたそうだった。人の願いを叶えたり、縁を結んだり、作物を実らせたりして、ニンゲンに尽くしてきたことを知った。祭と呼ばれる祭りも、神様を喜ばせるために催されていたそうだ。

 マツリは二匹に今日の出来事を話した。


「なるほどね。そう思う人間もいるのね。」


「もしかしたら、そのおじいさんはあなたのことを神様だと思っていたりして。 ……そうだ、ならあなたにお願いしてみてもいいかも。」


 タレ目のキツネが思いついたように手を合わせた。


「花火は子どもの成長や、無病息災を願って打ち上げられるの。私たちも見たいけれど、ほら、私は人間には姿が見えないから。」


「確かに? キツネの耳を生やした女の子が花火打ち上げないと祟るぞ〜って言うだけでも効果ありそうね。」


「それか、山に住む動物たちにお願いしてみてもいいかもね。」「いいわね、人も動物も巻き込めばいいのよ。」


 二匹はマツリの熱量に負けないほど盛り上がっていた。


「もっと大きな花火が見たいなら、もっとたくさんの協力者を集めれば、打ち上げられるかもしれないわね。」


「やってみる……!」


 マツリは礼を言うと本殿を飛び出し、境内を駆け抜け、全力疾走で山を駆け上った。昂る気持ちを抑えきれず、変身を解いて四足で走った。

 うまくいく気がする。そんな期待がマツリの心を弾ませた。


 * * *


「——みんな、お願い! お花咲かせたいの!」


 山の中でマツリは叫んでみても、他の動物は無視するだけだった。


「ニンゲンも神様も、みんな見たがってるの! あたしだって、だから一緒にやろ!」


 満月に雲がかかり、辺りが少し暗くなった。


「お願い、お願い……。」


 一匹の子ギツネに耳を傾ける動物はどこにも——


「なんだ、人間には取り合ってもらえなかったか。」


「タヌキさん。」


 我慢していたマツリは、見知った顔に安心して大粒の涙をこぼした。


「まあ、そう簡単じゃねぇってこった。」


 すたすたと背を向けようとするタヌキに、マツリは飛びついた。


「待ってタヌキさん! どうかお願い! 手伝って!」


「どうせハナビだろう? あの音、びっくりするから嫌いだ。」


「そこをなんとか! あたし、たくさんお話聞いてきたの! ハナビを打ち上げるのにはいっぱい準備がいることも、みんなで協力しないとできないことも! 一匹でも多くの力が必要なの!」


 マツリは背中にしがみついたまま駄々をこねた。


「タヌキさんが教えてくれたから、ちゃんとお話聞いてもらえたの。」


 まともに取り合ってくれたのはアキくん一人だったが、ニンゲンの知り合いがいないマツリにとっては十分な協力者だった。


「そうか。 ……ハナビは嫌いだが、嬢ちゃんのその熱量は気に入った。」


 背中を振り返るタヌキはニヤリと口角を上げていた。「騒がしいのが好きな連中を集めてきてやるよ。」「ありがとう!」

 マツリは様々な動物に声をかけた。タカやウズラ、シカにイタチにサル、キツネ。当然面白そうだと乗ってくれる動物だけではなく、知らんぷりする動物もいた。けれどもマツリはめげなかった。


 山の中を駆け巡って疲れたマツリは、眠気と戦いながら洞穴へ戻ってきた。

「ただいまあ。」

 大きなあくびをすると、「どこにいってたの!」と、眠気を吹き飛ばすような声に、マツリは目を丸くした。

 それから、心配してたのよ、と母ギツネに強く抱きしめられた。思いの外疲れが溜まっていたのか、安心したのか、マツリはわんわんと大声で泣いた。

 しばらく経って落ち着くと、今日あったできことを母ギツネにも話した。母ギツネは心配が勝つようで、終始怪訝そうな顔でマツリの話を聞いていた。


「それで、そのお花はいつ咲くの?」


 えーっと、えーっと。考えなしに宣伝していたことに気づいたマツリは言葉を詰まらせた。





 翌日、また山を降りたマツリは、アキくんに会いにいった。


「懲りないなぁ。」


「あのねアキくん、昨日神様に会って、あたしね、」


「あーわかったわかった、一個一個聞くから落ち着けって。」


 昨日と同じ畳の間に案内されると、マツリは昨夜のことを矢継ぎ早に話した。


「——それでね、いつ打ち上げるかなんだけど、」


「もう十分だろ。」


「え?」


「昨日じいちゃんから同じ話を聞いたよ。あとは、花火打ち上げんのに偉い人の許可もいるらしい。思い立ってすぐできるもんじゃないんだよ。」


「そっか。」


「うん。子供だけじゃ、やっぱり危ないって。」


 アキくんはあのあと、こっぴどく叱られたのだろう。昨日より元気がなかった。


「……明日。」


「え。」


「いつも祭があるのは八月最後の土曜日。コロナなんかなければ明日開催されるはずだった。」


「じゃあ明日やろう!」


「話聞いてた⁉︎ どう頑張ったって、」


「大丈夫! みんな協力するって言ってくれたもん。」


 アキくんの悲しい表情とは反対に、マツリの顔は希望に満ちていた。しかし、


「諦めろよ。」


 マツリを突き放す一言は心に深く突き刺さるほど鋭利だった。


「……。」


 二人の間に流れた沈黙は重く、暗かった。外でミンミンとなく蝉の声が一つ減った。

 しばらく口を尖らせていたマツリは、やだ、とつぶやいて、


「あたしがなんとかするから、アキくん見てて。」


「あ、おい。マツリ!」


 飛び出したマツリは決行日を伝えるべく神社を、山を駆けた。使用する花火は、捨てられてしまう花火を持ち出すことを伝えた。

 作戦が具体的になってくると、マツリの計画に賛同する動物も増えた。


 決行日、当日。動物たちは朝から下界へ降りて花火工房に忍び込んだ。必要なものを運び出すと、アキくんと花火を打ち上げた荒野に設置した。何度も何度も往復していると、工房の前で仁王立ちする男性と目が合った。


「あ。」


「……神様は、そこまでして花火が見たいのかい。」


「うん。じゃなきゃ祟る。」


「お前さんみたいな小狐に、何ができ——」


 おじいちゃんが言いかけて、外で大きな雷の音がした。マツリがクンクンと嗅いでも、雨の匂いはしなかった。

 おじいちゃんの血の気がスッと引いた気がした。


「……打ち上げるのは今日か?」


「うん、他の動物にもそう伝えた。」


 頭を抱えるおじいちゃんは、折れたようにわかった、とつぶやいた。

 マツリが荒野におじいちゃんを連れていくと、動物たちは警戒するように草の茂みに隠れた。


「このおじいちゃんはいい人だから大丈夫!」


 みんなを説得するように微笑むマツリは自信に満ちていた。


「……この数を打ち上げるのは、相当な人数がいるぞ。玉もかなり重いしな。」


「やっぱり無理?」


「要は人手があればいいんだ。」


「親方ー。」


 後ろから知らない人の声が聞こえて、マツリは驚いた。


「急に呼び出すもんでびっくりしましたよ。」


 頭に手拭いを巻き、口元はマスクで覆われている。走ったせいで首筋にかいた汗が滝のように流れていた。

 その後もゾロゾロとニンゲンが集まってきた。流石に知らないニンゲンばかりになってきて恥ずかしくなったマツリを察するように、ここは俺に任せなさい、とおじいちゃんは耳打ちした。





 荒野も山もだんだん賑やかになるにつれ、ピンクを通り越した空の青がだんだん濃くなった。

 動物と人間の心が一つになるように、みんな期待で胸を膨らませた。マツリはキツネの姿のまま山で準備を手伝った。


「——下から合図だ。着火!」


 タカの声を聞いたサルはマッチで火を着け、花火玉に点火させた。


 「はいこれ。」「よしきた。」


 大きな爪で花火玉を掴むタカはあっという間に空高く飛び上がり、玉を投げた。

 弾けた火花は、辺りを鮮やかなピンクに染め上げると大きく鈍い爆発音を轟かせた。


「ナイスー。」


 サルとタカはハイタッチすると次の花火の着火に取り掛かった。


「私たち、何もすることありませんね? 」


「いやいや、こっちまで運ばなきゃいけないものがありますって。」


「運ぶって言ったって、あなた飛べないじゃない。」


「はああああ、ウズラバカにしてたら痛い目遭いますよイタチさん。」


「水組んできましたあ、よかったら燃えかすはこちらへ。ちょっと鹿さん、これ飲み水じゃないですよ。」


「あちー。」


 様々な動物が協力して花火を打ち上げていた。その様子を見たマツリは嬉しくなった。山では動物が、地上では人間がそれぞれの方法で同じ空を見ている。花は満開を迎えていた。

 花火が弾けるように胸を弾ませるマツリがもう一度山を降りた。半ば転げ落ちるように足をひたすら前に出して下った先に知っている匂いがした。マツリは匂い目掛けて獣道から飛び出すと、


「うわ、びっくりした。」


「アキくん!」


 葛の葉を頭に乗せ、どろんと唱えると、アキくんがよく知るマツリに変身した。


「なんでここに。」


「匂いでわかった!」


 アキくんはギョッとして、マスクを下げ、自身のTシャツの匂いを嗅いだ。


「あたし、アキくんの匂い好きだよ。なんか安心するし。」


「そ、そうか。」


 マツリの一言に安堵と羞恥を覚えたアキくんは話題を変えた。


「……本当にキツネなんだな。」


「うん。」


「なあ、じいちゃんどうやって説得したんだ?」


「祟るって言った。」


「それだけかよ。」


 アキくんは吹き出すように笑うと、改まってマツリと向き合った。


「ごめん、諦めろとか言って。俺、その真っすぐさが羨ましかったんだ。」


「ううん、気にしてないよ。」


 アキくんの視線がマツリから夜空に移った。


「綺麗だな。」


「うん!」


「マツリと見られてよかった。」


「うん! 私もアキくんきてくれて嬉しかった!」


 マツリはぎゅっとアキくんに抱きついた。アキくんの鼓動は弾ける音にかき消され、マツリには伝わらなかった。アキくんの顔は、寒色系の花火が打ち上がっても真っ赤だった。


 * * *


「あら、なんとまあ見事な。」


 白い毛並みをあか、あお、きいろと様々な色が染め上げた。穏やかな顔をした白狐は、満足そうに微笑を浮かべた。


「あの子、やるわね。」


 ツリ目の白狐も今では優しい顔つきをしていた。


「やっぱりあそこで雷落とすの、効果的だったかしら。」


「え、あれ、あなただったの?」


 その質問には答えないで、タレ目の白狐は優しく微笑んだ。


「ふふ、引越しは先延ばしかしら。」


 二匹の神は、夜空に乱れ咲く花を堪能した。


 * * *


 

 ——残暑が残る九月。神社は市民の手によって見違えるように清掃された。地元民により、パワースポットと囁かれるようになったこの場所には、今日も参拝客が来ていた。

 その中に、白と黒のボーダー柄に身を包む少年が参道を歩いていた。


「あっちい。」


 五円玉を握る手で額の汗を拭うアキくんの視界に、一匹の子ギツネが横切った。


「キツネだ、可愛い!」


「ご利益ありそう、写真とろ。」


 アキくんは、はしゃぐ参拝客には目もくれないで、小ギツネの後を追うと、神社裏の階段に腰を下ろした。神木が作り出す影は、暑さを凌ぐのに十分だった。


「お前、マツリ?」


 コンと、子ギツネは小さく鳴いた。


「花火良かったって。クラスのみんな言ってたぞ。」


 子ギツネは黙ってアキくんの隣に佇んでいた。


「中には神様が打ち上げたんじゃないかって言ってるヤツもいてさ。でも、おかげで神社も綺麗になって良かったな。」


 子ギツネはアキくんの話を満足そうに聞いていた。


「花火の打ち上げに関しても、大丈夫だったみたい。じいちゃんが言ってた。」


 子ギツネは何も答えなかったが、アキくんは言葉を紡いだ。


「なあ、マツリ。良かったら、来年も花火、一緒に見ない?」


 ゆっくりと呼吸をしながら、一言一言を詰まらせながら、けれども芯のある声で問いかけた。

 マツリはその言葉に答えるようにコーンと大きく鳴いてみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハナビ 落水 彩 @matsuyoi14

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ