第23話 オスクリータの内心
《オスクリータ視点》
「よい報告を待っておるぞ。ではな」
四天王たちにそう言い残して、オレは会議室を後にした。
「はあ」
心地よい緊張感の余韻に浸りながら、溜息をつく。
ああ。
実に充実した舞台だった。
若かりし頃、初めて
大成しなかったとはいえ、オレも元俳優だ。
やはり人目が多い場所での演技は心が
もう二度と芝居をすることはないと思っていただけに感慨深いものがある。
オレが事故死したのは俳優引退後に就いた仕事を定年まで勤め上げた矢先だった。
なんの冗談かと思ったよ。
やりたくもない労働を終えて、あとは悠々自適に未挑戦の趣味をして過ごすだけ。
人生これからという所でお迎えが来るなんてあんまりじゃないか。
だが、目が覚めるとそこは、気まぐれで始めた大人気ゲーム。
グロリアスファンタジーそっくりな異世界だった。
しかも、65歳を迎えたこのオレが美少女の魔王に生まれ変わるとは、なんと奇妙な巡り合わせだろう。
正直、ワクワクした。
日常のすべてを別人になりきって過ごす。
元の世界では絶対に味わえない最上級の娯楽だ。
オスクリータを完璧に演じて、この世界を満喫するという新たな生きがいを手にしたオレは最高に運がいい。
「お疲れ様でした。魔王様」
お付きの秘書である吸血鬼が声をかけて来た。
いつも通り、魔王の演技で対応する。
「うむ。次の視察先はどこじゃ?」
「魔王城の北東方面で争いが活発になっております。本日はそちらの対応からお願い致します」
「巨人族の縄張りじゃな。またあやつらか」
本当ならこんなことをしている場合ではない。
演技自体は
ゲームのシナリオ通りなら、オレは遠からず魔王城に攻め込んで来た勇者に殺されるだろう。
そうなる前に何かしら手を打っておかねばならない。
だというのに、魔王に回ってくる仕事はあまりにも膨大だった。
おまけに、1つ1つが後回しできない内容ばかりと来た。
「半年前の大規模な抗争で生き残った強者たちの中でも、巨人族は特に攻撃的ですからね。急ぎ鎮圧が必要です」
「住処を守るためとはいえ、無用な戦いばかり繰り返しおって」
秘書の現状説明を聞いてつい愚痴が漏れる。
「領土不足の問題は深刻ですからね。生き残りをかけた魔族間の抗争を止めるには、急ぎ人間界を我らの手中に収めるしかありません」
秘書が告げた打開策は正しい。
だが侵略行為を進めれば、人間側からの抵抗にあうのは必至。
要は、勇者がオレを討ちに来るわけだ。
かと言って、人間界との衝突を避ければ、今度は魔族側の反発を受けることになる。
そうなったが最後、オスクリータの地位は危険に晒されるだろう。
せっかく転生したのに、魔王の座を狙う連中からの闇討ちに怯えながら暮らすことになるのはごめんだ。
魔界全土の魔族たちを敵に回すのを避けるには、侵略を進めるほかない。
困ったものだ。
「分かっておる。わらわが直々に侵略を進めるための指揮を執っておるのじゃからな」
「そうでございました。本日は人間界侵攻に向けた会議も控えております。そろそろお時間ですので参りましょう」
秘書に急かされて、気が滅入りそうになる。
こう忙しくては、勇者を単独で倒しに行くこともできやしない。
旅立ったばかりの勇者だったら、オレ一人でも苦労せず倒せたはずなんだがな。
はあ。実にもどかしい。
「あー、面倒じゃ。早く四天王たちが勇者を倒してくれんかの」
勇者さえ倒せれば、差し迫った脅威はなくなる。
無理な侵略をしなくても、人類と友好関係を築く方向にシフトできるかもしれない。平和が訪れれば、オレももっと自由に生きられるようになるはず。
「そうでございますね。ですが、仮に勇者が倒れたとしても事後処理がございます。魔王様にはしっかりと責務を果たしていただかねばなりません」
そうなんだよな。
むしろ、倒した後が本番とも言えそうだ。
勇者を殺しておいて、和平交渉が簡単にうまくいくとは思えない。
絶対にややこしいことになるだろうからな。
オレが激務から解放されるのは当分先になりそうだ。
「うえぇ。結局わらわは忙しいままとは、魔王も楽じゃないのお」
できることなら勇者を殺さず、平和的に解決するのが一番いい。
だが、ちょっとばかり難易度が高すぎる。
オレが交渉の場につく余裕がない今の状況では、勇者との衝突は避けられない。
四天王たちの報告から察するに、勇者を生け捕りにするのは厳しいだろう。
今のところは、四天王が勇者を討ち取るのを期待するしか手がない。
「勇者が倒れれば、四天王の皆様がサポートしてくださるでしょう。今よりは負担も減るかと存じます」
秘書の言う通りだ。
四天王たちが勇者を倒せば、手が空いた彼らに魔界のゴタゴタを処理させることができる。
その間に、人間界へ行って共存の道を探るのが現実的だろう。
そうすれば、少なくともオレが殺されることはなくなるし、時間も確保できる。
とりあえず、オレは目の前の仕事を片付けていくしかない。
「そうじゃな。文句ばかり言っておっても始まらん。これも魔界に平和をもたらすためじゃ。では、行くかの」
「かしこまりました」
秘書を引き連れて、魔王城のエントランスへと向かう。
その途中でふと思い出した。
「そういえば、四天王たちが共闘していたのは意外であったな。おぬしは知っておったのか?」
「いえ、初耳でございました。失礼ながら、四天王の皆様は協力されるような方々ではありませんから、私も驚いております」
秘書もオレと同じことを感じていたようだ。
ゲームをプレイしていたオレに言わせれば、四天王のキャラは解釈不一致すぎる。
実力至上主義のエルガノフが共闘なんか認めるはずがない。
ソウマは策略家で、他者とつるむのを嫌う性格だし。
ベロニカはドラゴン以外の種族を見下してるから協力なんてしたがらない。
脳筋で乱暴者のゼランはタイマン好きだから、集団戦など拒否するだろう。
あまりにも信じられなかったもんだから、さっきの会議ではついつい理由を問い詰めてしまった。
「共闘が上手くいっているとゼラン様はおっしゃっていましたし、良いことだとは思いますね。勇者の討伐も、無事に果たしてくださるのではないでしょうか」
秘書は割と好意的に捉えているようだ。
俺はというと、ゼランの言い分には特に驚いていた。
よりによってゼランの口から共闘が上手くいっている事を聞かされるとは思いもしなかったからな。
ゼランがあんなにも理屈っぽく共闘の必要性を説いて来るなんて明らかに変だ。
アイツがゲームに出てきた四天王のゼランと同一人物には思えなかった。
オレもまだこの世界のことはよく分かってない。
それでも、ゲームには無かった魔界でのいざこざがあるくらいだ。
原作ゲームとこちらの世界の事情は違うような気もする。
しかし、もしかすると。
オレと同じように転生して来た人間が四天王に紛れている可能性もあるのか?
いや、今はそんなことを確認している場合じゃなかったな。
なんにせよ四天王たちが勇者を倒せるのなら、それに越したことはない。
全員生き残っていて、しかも4人で戦うという、ゲームではあり得なかった展開。
これはオレにとっては渡りに船だ。
「うむ。四天王の働きには期待しておくとしよう」
頼むぞ。四天王のみんな。
なんとかうまいこと勇者を倒してくれ。
他力本願になってしまうが、今のオレにはそう願うことしかできない。
心の中で神頼みしながら、オレは部下を従えてエントランスから魔王城の外へと出た。
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