第21話 会議と訪問者

《ゼラン視点》


 後日、俺は再び会議室に招集されていた。

 すでに四天王は全員集まっている。


「今回も勇者討伐の任務ご苦労だった。よく無事に帰って来てくれたな。では改めて今後の方針について話をしよう」

 

 エルガノフが会議の進行を始めた。

 俺たちに労いの言葉をかけるエルガノフに対する違和感は、もう気にしないことにした。


 医務室でのエルガノフの奇行を見たのが大きい。

 たぶん彼にも俺たちに言えない事情があるのだろう。

 俺以外の3人全員が微妙に変なキャラとなると、もうこれらが偶然とは思えなかった。

 普通に考えたらおかしいのだが、この世界では逆に当たり前のことなのかもしれない。

 そう自分を納得させて、俺は目を瞑ることにした。

 

 会議が始まって早速、ソウマが声を上げた。


「まずは報告からだね。正直、想像以上だよ。勇者はとんでもない強さだった」


「ええ。伝説の盾で前よりも手強くなっていたわ!あれじゃあ接近戦は分が悪そうね。なにか対策しないといけないんじゃないかしら」


 ベロニカも同意するように装備の強力さを熱弁した。

 炎の神殿を攻略して、勇者はさらに伝説の装備を1つ手に入れたはずだ。

 次の戦いでは、確実に今回以上の力を身につけているだろう。


 しかも、ヤバいのはそれだけじゃない。

 俺も感じたことを口にする。


「仲間への指揮も的確だった。本人の強さ以外にも注意しないといけないことが多いな」


「うん。必要と判断すれば自傷覚悟の特攻まで躊躇なく仕掛けてくる。生半可な戦力では押し切るのは難しいだろうね」


 ソウマが顎の下に手を当てて頷いた。

 今回アスレイが見せた動きは、前回よりも明らかに磨きがかかっていた。


 特に恐ろしかったのは、状況に応じた戦術切り替えの速さだ。

 こっちの動きがことごとく見切られて、翻弄されるばかりだった。


 しかも、敵を倒すためとはいえ自分もろとも味方に攻撃させるとか覚悟が決まり過ぎだ。

 あまりにも勇者として完璧すぎて、今のところ全く勝てる気がしない。


「なるほど。やはり全員で挑むべきなのは明白のようだな」


 深刻そうに呟くエルガノフに、俺はかねてからの疑問をぶつけることにした。


「そういえば、戦闘スタイルを変えることはできたのか?それが上手くいかないと、集団戦は難しいんだよな」


「うむ。範囲攻撃を封印した戦法は会得済みだ。しかし、本来の力をすべて出し切れる状態ではない」


「えぇ?それじゃあ、まだ準備できてないってことじゃない」


 ベロニカが身を乗り出して、不安げに言った。


「まあ、待て。ワシもこのまま参戦するつもりはない。最後の仕上げとして、戦闘能力を大幅に引き上げる秘策を用意している」


 秘策?それは初耳だった。


「ふうん?興味深いね。その秘策、ボクたちも使うことはできないの?」


 ソウマが真っ先にその話に飛びついた。


「無論、可能だ。四天王全員の戦力を底上げし、全力で勇者を迎え撃つ」


「マジか。俺たちも強くなれるのかよ。どんな方法なんだ?」


 ついつい前のめりになって、俺は詰め寄るように質問した。

 エルガノフは俺を制するように両の掌をこちらに向けた。


「焦るでない。それは今から説明しよう」


 そう言って、エルガノフは円卓に並べていた資料を手に取った。


 その時、会議室の扉をノックする音が聞こえた。


「会議中、失礼致します」


 控えめな音を立てて開いた扉の方から、聞き慣れない声が響いてきた。


「む?なに用だ?」

 

 エルガノフが訪問者に声をかける。

 俺も釣られて入口の方を見ると、そこには燕尾服を着た青年が立っていた。

 人のような姿だが、もちろん魔王城には人間などいない。


 肌の色は血の気を感じさせないほどに白く、耳は尖っている。

 おそらく、使用人として扱われている吸血鬼ヴァンパイアだろう。


 ピンと背筋を伸ばした状態から深々と頭を下げ、滑らかな動きで顔を上げる。

 男は淡々とした口調で告げた。


「魔王様がいらっしゃいました。皆様とお話をしたいとのことでございます」


 男の言葉を聞いて、俺たちは4人揃って立ち上がっていた。


「な、なんと!」


「オ、オスクリータ様が!?」


 エルガノフとソウマが口々に驚きの声を上げる。


「ええっ!?ど、どうしてこちらに……」


「マ、マジかよ……」


 ベロニカが弱々しく困惑気味に呟き、俺も正直な気持ちが口から洩れてしまう。


「立たずともよい」


 扉の影から、幼げな声色で威厳のあるセリフが聞こえてきた。


『はっ!』


 俺たち4人は図らずも声を合わせて、一斉に席に着いた。


 ゆっくりとした歩みで会議室に入って来たのは小柄な体躯の少女だった。

 人間で言うなら10歳くらいとしか思えない見た目だ。

 そして、その人物を俺は知っていた。


 魔王オスクリータ。

 ゴシック調の黒いドレスを身に纏っている。

 月の淡いきらめきを思わせる銀色の長髪に血のような深紅の瞳。

 人とは全く違う長い耳に、口元には小さくも鋭い牙が見える。


 姿は幼女のようであるが、エルガノフが可愛く思えるほど強大な力を持った魔族のおさである。


 彼女は俺たちを横目に会議室の奥へと向かう。

 部屋の一番奥に備え付けられている豪奢ごうしゃな椅子にちょこんと腰かけると、オスクリータは俺たち4人の顔をさらりと眺めた。


「こうしておぬしらと顔を合わせるのも久々じゃのお」


「オスクリータ様。魔族間の抗争が激化している今、争いの調停でお忙しかったはずではないのですか?」


 最初に口を開いたのはエルガノフだった。

 魔王軍の中でも特に格の高いエルガノフが丁寧な口調に様変わりしている。


 彼のセリフには焦りの色が見え隠れしていた。

 あのエルガノフですら緊張しているようだ。


「ん?ああ、もちろん。忙しいぞ?」


 オスクリータは足を組んで、軽い調子で答えた。


「で、ではなぜこのような場所に?」


いさかいの原因は領土不足じゃ。その解消のためには、人間界への侵攻は欠かせぬ。ゆえに、人間側で一番の脅威である勇者を倒すのは早い方がよい」


「そ、それは。そうでありますな」


「なればこそ、勇者討伐を任せたおぬしたちの動向を確認するのはわらわの大事な仕事なのじゃ」


「な、なるほど」


 彼女は理路整然とこの場所を訪れた理由を説明した。

 幼い見た目にそぐわない理知的な話しぶりに、脳が混乱しそうになる。


 ゲームでもただものじゃない感じだったが、実際に目の前にすると切れ者っぷりが凄まじい。


「そこで確認じゃが……」


 オスクリータは一旦言葉を区切って、足を組みなおした。


「まだ勇者を倒せておらぬのか?」


 一瞬、彼女の声色が変わった気がした。

 息ができないほどに冷たい空気が室内を支配したように感じる。

 俺の首筋を冷汗が流れた。


 誰もなにも言えない。

 時間が止まったかのようだ。

 その場にいる全員がただ硬直するしかなかった。


「……は、はい。勇者は予想以上に手強く、われらが共闘してもなお倒せずにいるのです」


 沈黙を破ったのはエルガノフだ。

 四天王のトップとして、魔王の質問に毅然きぜんとした態度で答えた。

 しかし、その回答はオスクリータにとっては望ましくないものだ。


「なに?共闘しておいて倒せていないじゃと?」


 オスクリータはあからさまに表情を歪ませた。


「つ、次こそは四天王全員の力を合わせ、討ち取ってご覧に入れます!」


 エルガノフはうろたえながら、必死にオスクリータをなだめようとする。

 すると、魔王は呆れたように首を振った。


「はぁ。エルガノフよ。なにを勘違いしておるのだ」


「勘違い、と申しますと……?」


 オスクリータはエルガノフに視線を戻すと、解せないと言った面持ちで問いかけた。


「おぬし、己の信念を忘れたと言うのか?」


「っ……!」


「実力至上主義。誰にも頼らず発揮する力こそがなによりも尊い。その考えを貫くのがおぬしの信条ではなかったか?」


「そ、それは……」


「まさか、おぬしがその矜持きょうじをあっさりと捨てるような軟弱者だったとはのお」


 彼女は失望に満ちた眼差しでエルガノフを見つめている。

 しかし、その眼はどこか悲し気にも見えた。


「勇者と言っても、相手はただの人間。1人で倒す気概すらないとはなんと情けない」


「か、返す言葉もございません……」


 何も言い返せないエルガノフを見て、俺は思わず声を上げていた。


「オスクリータ様!ちょっと待ってくれ!」


 魔王がこちらへと顔を向けた。


「ん?ゼランか。なにを待てと?」


 何気ない一言なのに、彼女からはとんでもないプレッシャーを感じる。

 足が竦みそうになるが、仲間が不当な扱いを受けているのを黙って見ているなんてできない。


「エルガノフは悪くない。俺に話をさせて欲しい」


 勇気を振り絞って、俺は彼女の吸い込まれそうな紅い眼を見た。


「ふむ。よい。言ってみるがいい」


 魔王オスクリータはそう言って、俺の眼を見返した。

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