第20話 エルガノフの内心

《エルガノフ視点》


「きっ、きゃああああああああ!」


 僕は悲鳴を上げた。


 なぜなら、振り向いた先には首のない人が立っていたから。


「は?」


「えっ?」


「な、なにごとですかな?」


 首なしオバケが喋って、ますますパニックになる。


 いやあぁぁあ!怖い!こっちに来ないで!


 逃げるように後退ると、すぐに医務室の壁に頭をぶつけてしまった。


 これ以上退けなくなって、否応なく目の前の怪物に視線が吸い付く。

 でも、怪物は棒立ちしたまま。

 一向に近づいて来ない。


 襲って来ないことが分かって、大きく息を吐き出す。

 し、心臓が止まるかと思った。

 落ち着いて化物の姿をもう一度確認してみる。


 首のない人型は、本当なら首についているはずの頭を小脇に抱えていた。

 その顔はビックリしたような表情で僕を見てる。


 そこで気づいた。

 

 このビジュアル。よく見たら、ゲームで見たことある敵キャラじゃないか。

 たしか、デュラハンだっけ?


 お、脅かさないでよ。

 恐いもの嫌いは、生まれ変わってもちっとも治っていない。

 オバケとかゾンビとかホントに苦手なんだよね。


 ゲームで何度も見たキャラなら、一応少しは耐性がついてるけど。

 突然目の前に飛び出して来られると、やっぱりビックリしてしまう。

 お願いだから、そのまま動かないでいてね。


「エ、エルガノフ?急に変な声を出してどうしたんだ?」


 ゼランにそう尋ねられてハッとする。

 まっ、まずい!


 このままじゃ、僕の正体がバレてしまう。

 僕が転生して来た人間だと知られたらどうなるか分からない。

 前世はから、演技だってとても大変だったのに、その苦労が全部水の泡になってしまう。


 そう。僕が死んだのは会社の女子会に参加した帰り道。

 女なのに「僕」という一人称を使ってしまうのを隠したいから、本当は行きたくなかった。

 でも、僕は社会人1年目で、事務職の仕事にも慣れれてない新米。

 ちょっと飲み会に出ないだけでも、社内に居場所がなくなると思ってた。


 そうして付き合いを優先した結果が酔っぱらって事故死だなんて。

 笑えないよね。


 とにかく、こんなガタイのいい悪魔の姿で悲鳴を上げちゃったのはとんでもないやらかしだ。

 なんとか誤魔化さないと!


「ゴホンッ!ああ、すまない!見苦しいところを見せてしまったな!く、首のない者が立っていたから驚いただけなのだ」


「そ、そうなの?随分変わった叫び声だったけど……」


 ソウマも困惑した様子でこっちを見てる。

 ゼランとソウマの視線が痛い。


 もお!これも全部兄貴たちのせいだ。

 僕は小さい頃から怖がりだったけど、ここまで悪化したのは上に2人の男兄弟がいたからだった。

 兄妹だからって面白がって僕にたくさん怖いものを見せて来たことは、正直今でも許してない。

 兄貴たちは分別ふんべつがつくようになってからは、すっかり優しくなった。


 けどその頃には僕の怖いもの嫌いは取り返しのつかないレベルになってた。

 ついでに、一人称や喋り方が男っぽくなったのも兄貴たちと遊んでた名残りだったりする。

 転生しても悩まされるとか、もうほとんど呪いみたいなものだ。


「ワ、ワシとて驚き過ぎたら声が裏返ったりもするのだ。あまり気にするでない!」


 言い訳なんか思いつかないからとにかく開き直ってみたけど、みんなの視線は冷たいまま。


 くうぅ、恥ずかしい!

 もう無理やり話題を変えるしかない。


「そ、そんなことより!言いたいことがあるのだった。次の勇者との戦いについてだ」


「お、おう。そうなのか。ちょうどこっちも、そのことは相談したかったんだ」


「あ、ああ。3人でも勝てなかったからね。次戦うならエルガノフにも来てもらわないと厳しそうなんだ」


 2人も気まずいからか、こっちの話に乗ってくれた。

 これはチャンス!

 このまま有耶無耶うやむやにしてしまおう。

 

「うむ。ワシも今回の件は重く見ておる。次こそはワシも勇者討伐に参加すると約束しよう」


「本当か!?それは助かるぜ!」


「良かった。全員で挑めるなら、まだ可能性は捨てずにすみそうだね」


 実際、3人でも勇者に勝てないのは予想外だった。

 最初の会議でゼランが共闘を提案してくれて、これなら僕が戦わなくてもすむんじゃないかと期待してたんだけどなぁ。


 もちろん、もしもの時のために色々と準備はしてきた。

 だから、一応勝つための算段はついている。


「詳しいことは会議で話すとしよう。2人とも今はゆっくり休むと良い。ワシはそろそろ修行に戻らせてもらう」


「おお、ありがとな!」


「修行中に足を運んでくれたんだね。感謝するよ」


「エルガノフ様!お疲れ様であります!」


 ゼランとソウマに続いて、デュラハンが声を張り上げた。


 ひっ!


 できるだけデュラハンの方を見ないようにしつつ、医務室の扉へと向かう。

 すれ違う時も必死で「大丈夫だ」と自分に言い聞かせる。

 あれは味方。襲って来ないから怖くない。


「あ、ああ。失礼する」


 医務室を出て、無心で通路を歩く。

 少し歩いたところで、思わずため息が漏れる。


 「はあ、危なかった」


 エルガノフは性格的に単独行動しても怪しまれないから、他の魔物との接触は極力避けてきた。

 正体を隠すには都合が良かったんだけど、それもあって見た目が怖いモンスターと遭遇するのは今回が初めてだった。

 こんなことになるなんて、1人で修行に明け暮れてばかりいたのは悪手だったかも。


 今後は四天王のみんなと話す機会も増えそうだし、ボロが出ないよう気をつけなきゃなぁ。


 とりあえず、2人の傷が治ったらすぐに会議を開こう。

 勇者を倒すための秘策をみんなに話して、全員で強くならないと。

 

 僕は気を引き締め直して、訓練場へと向かった。

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