第18話 悪戦苦闘

「まだ動けたのか……」


 アスレイは言いながら、首を捻って後ろを見た。

 奴を背後から刺したのはソウマだった。


「能力が不明の相手を放置するのは失敗だったね」

 

 肩で息をしながら告げるソウマ。

 アスレイは無造作に右手の剣を地面に突き刺した。

 そして、空いた右手で自分の肩を貫通している赤黒い針を掴んだ。


「『雷撃魔弾サンダーボルト』」


 アスレイの右手から稲光が迸る。


「うっ!」


 それを見たソウマは、急いでアスレイに突き刺していた右手の指を引き抜いた。

 鋭利な細い針のように変形したソウマの指が、ぬるりと元の形に戻っていく。


 ソウマはさっき胴体を派手に切り裂かれていたはずだが、いつの間にかその傷は塞がっていた。おそらく、スライムとしての自己再生能力のおかげだろう。

 彼が戦線復帰できたのはデカい。


「自傷覚悟でボクの指に電流を流そうとするだなんて。キミは、危険だなぁ」


 ソウマはアスレイに話しかけながら、こちらに目配せした。

 その意図は俺にもすぐ分かった。


 2人で同時に仕掛けるんだな。よし、今だ!


 俺はすかさずアスレイに向かって全力の鉄拳を繰り出す。

 ソウマも地を蹴りながら、右腕を禍々しい形の刃へと変えた。


「『極刑の毒刃エクスキューションカッター』」


 俺たちは挟み撃ちする形で、アスレイに飛び掛かる。

 アスレイは地面に刺さっていた長剣を掴んだ。


「おおぉおっ!『白刃無双はくじんむそう』!」


 アスレイは即座に体を大きく捻って、円を描くように長剣を振り抜いた。

 そのまま残像が見えるほどの速度で回転。

 無数の斬撃が無差別に繰り出される。


「なにぃっ!」


「くうっ!」


 その一手で状況が一変した。

 俺は防ぎきれず左肩を負傷。

 ソウマは凶器と化した腕で辛うじて捌いたが、剣圧で押し戻されてしまった。

  

「メイジー!回復を!」


「はいっ!『治癒魔法ヒーリング』!」


 暴風のように荒れ狂う剣戟によって弾き飛ばされた俺たちを尻目に、アスレイはメイジーの方へと一旦退いた。

 メイジーはすぐにアスレイの手当てを始める。

 せっかくのチャンスだったのに、決めきれなかったのは痛い。


「ちくしょうっ!やっと傷つけても回復されたんじゃあ、埒が明かねえ」


「作戦を変えよう。勇者はボクが相手をする。キミは後ろのヒーラーを倒してくれないか?」


 ソウマがこちらに歩み寄って、耳打ちして来た。

 アスレイの反撃は凌いでいたはずだが、ソウマの息は荒い。

 最初の一撃で受けたダメージがまだ響いているようだ。

 そんな状態の彼に壁役を頼んでいいのか?


 だが、俺一人ではあの勇者を押さえ込むのは厳しい。

 アスレイはソウマに任せて、俺が速攻でメイジーを倒した方がまだ勝機はありそうだ。


「仕方ないな。やられるんじゃねえぞ!」


 俺はメイジーの背後を取ろうと駆け出した。


「そうはさせない」


 アスレイがこちらの狙いを潰しに、俺の前に立ち塞がる。

 が、俺たちの間にソウマがヒラリと割って入った。


「それは、こっちのセリフだよ」


 ソウマは鋭利な刃物に変形させた右腕で、アスレイの長剣を受け止める。

 その隙に、俺は2人の横をすり抜けた。


「『氷結剛拳撃フローズンインパクト』!」


 俺は逃げようとするメイジーへと一気に詰め寄り、拳を振り上げた。


 ところが、俺はすぐに殴りかかることができなかった。

 目の前にいるのは華奢な人間の女の子だ。

 年齢は転生前の俺とさほど変わらない。

 そんな少女を殺すのか?俺が?


「『防護魔法プロテクション』!」


 一瞬の躊躇。

 その隙にメイジーは防御魔法を展開した。


「きゃあっ!」


 メイジーの横っ腹に俺の拳がめり込む。

 だが、魔法の防壁により威力は軽減されてしまった。


「耐えられたか……」


 心のどこかで安堵している自分に気づいて俺は首を振る。


 こんな時になにを考えてるんだ、俺は!

 自分の命がかかってるんだぞ?

 非戦闘員とはいえ、敵を倒すことを躊躇ってる場合じゃない。


 俺は追い打ちをかけるべく、さらに一歩踏み込む。


「『火炎の矢バーニングアロー』!」


「なにっ!?」


 しまった!

 メイジーに意識を向け過ぎて、クライブのことが頭から抜け落ちていた。

 とっさに左腕を盾にする。

 放たれた炎の矢尻が俺の腕に突き刺さった。


 纏っていた氷の鎧の一部が溶けて剝がれ落ちる。

 一般的な初級魔法だが威力は相当なものだ。


「これで終わりじゃないぞ。接近などさせるものか!」


 続けて炎魔法が次々と放たれる。

 たまらず、俺は回避行動を取るしかなかった。

 

「くうっ。『治癒魔法ヒーリング』!」


 俺が距離を取ったことを確認して、メイジーが自身の傷を癒し始める。

 これではまた振出しだ。


 そう思った次の瞬間。


「『業火の竜爪ブレイズクロー』!」


 視界の端から、ベロニカがメイジー目掛けて突っ込んで来た。


「なっ!僕の魔法を受けて無事だったのか!?」


 クライブが驚きの声を上げた。

 よく見ると、ベロニカの身体はところどころ冷気で凍り付いている。


 さっきの氷結魔法を喰らってしまったのか。

 それでも彼女はお構いなしにメイジーを倒しにかかる。


「『聖なる反抗セイクリッドカウンター』」


 目にも止まらぬ速さでメイジーを庇ったのは、アスレイだった。

 な、なんでこいつがここにいるんだよ!?


「きゃっ!」


 カウンターの衝撃波でベロニカが吹き飛ばされる。


「『旋転突せんてんとつ』」


 さらに態勢を崩したベロニカの喉元に鋭い突きが繰り出される。


「『竜鱗盾スケイルシールド』……。ああっ!」


 ベロニカは両手をクロスさせてとっさに防いだが、そのまま背後へと吹き飛ばされてしまった。


 アスレイがこっちに来たということは、ソウマはやられたのか?

 もう全滅が見えてきているが、この状態では撤退すら難しい。


「この野郎っ!」


 俺はがむしゃらにアスレイに殴りかかった。

 すると、アスレイは俺の拳を躱しながら体当たりをしてきた。


「ぐはっ!」


 仰向けに倒れた俺の上に、アスレイがのしかかってくる。

 磨き上げられた長剣が迫る。

 俺は氷の膜で保護された両手でその刃を掴んで止めた。


「メイジー、君は下がっていてくれ」


 素早く指示を飛ばしながら、アスレイは体重をかけて剣を押し込もうとする。

 俺もその剣を逸らそうと両手に力を込める。

 しかし、ずるりと刃先が滑り、俺の右胸に激痛が走った。


「ぐあっ!」


 これ以上剣先が身体に食い込まないよう、必死で刃を握り直す。


「クライブ!俺もろともでいい。この雪男スノーマンをやれ!」


「い、いいんだな?手加減はしないぞ!」


 おいおい。本気かよ!?

 なんとかアスレイを振りほどこうともがく。

 だが、凄まじい力で押さえつけられて動けない。


「はあぁぁ!」


 クライブの杖の先端から火球が生成され、その炎が徐々に大きくなっていく。

 この密着状態では逃げられないし、あの火炎魔法も防げない。

 ここまでなのかよっ……。


「『血霞の帳ブラッドミスト』」


 不意に辺りが赤黒いもやに包まれ、視界が閉ざされた。


「なっ、なんだこれは!?」


「落ち着け、クライブ。俺の声を頼りに撃て!」


 狼狽うろたえるクライブと冷静なアスレイの声が響く。


 その時。激しい金属音と共に、ふっと体が軽くなった。


「ぐあっ!」


 アスレイが苦悶の声を上げ、なにかが地面を転がるような音が続いた。


 なんだか分からんが、動ける!

 深い霧の中で傷口を押さえながら立ち上がると、俺の左手に誰かが触れた。


「はやくこっちへ!」


「うおっ、ソウマか!?」


 手を引かれて促されるまま、ゆっくりと走り出す。


「撤退しよう」


 その言葉を拒否する理由はなかった。


「ああ、分かった」


 ソウマの先導に従って、俺たちは霧の中から脱出した。

 すると、ちょうどそこにベロニカが待ち構えていた。


「あっ、良かったぁ。急に視界が悪くなったから、心配したのよ!」


 アスレイの攻撃で煙幕の届かない所まで飛ばされていたのか。

 とにかく、すぐ合流できてよかった。


「ベロニカ、乗せてくれ!この霧が晴れる前に逃げよう」


「ええ。任せて」





 結局前回と同じ結末になってしまったが、俺たちは変身したベロニカのおかげでその場から離脱することに成功した。


 俺たちが飛び立った後、崖際まで駆けてきたアスレイはしばらくこちらを凝視していた。


 退却には成功しているのに、しばらくは生きた心地がしなかった。

 あの勇者がこれ以上強くなったら、本当に手がつけられなくなる。

 今回の戦いでその確信はますます強まった。


「もお!どうやったら倒せるのよぉ……。強すぎでしょ!あの勇者」


 ベロニカがお手上げといった感じで嘆く。


「はあ……。帰ったら、また対策を考えないとな」


 そう言ってはみたが、全く勝てるビジョンが浮かばない。

 強さもそうだが、自分が傷つく事すらいとわないあの精神性。

 仮にこちらの戦力が上でも、軽々と実力差を跳ね除けるだけの凄みがあった。


 ソウマがうなだれたまま、力なく呟く。


「とりあえず、エルガノフには参戦してもらわないと話にならないかもね」


「ああ、違いない」


 こうして、陰鬱な空気の中、俺たちは再び魔王城へと引き返したのだった。

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