第16話 勇者との再戦

「また君たちか」


 アスレイがこちらを一瞥して、そう吐き捨てた。

 ヤバイ。すごい威圧感。


 って言うか、気のせい?

 ゲームでは何度も見たはずなのに、なんだか全然顔つきが違う気がする。


 金髪に映える蒼い瞳には、冷たい殺意が漲っていた。

 怖すぎ。できるなら今すぐ逃げ出したいんだけど。


「失礼ね!今回こそはアナタを屈服させてあげるわ」


「前回と同じだとは思わない方がいいぜ!」


 ベロニカとゼランがリベンジに燃えた様子でアスレイを威嚇した。

 2人とも気合十分って感じだ。


 頼もしい2人のセリフで、ちょっぴりだけど恐怖が和らいだかも。

 うん。大丈夫だ。3人で力を合わせれば倒せるはず。


「アスレイ様、1人増えています。おそらくあの魔物も……」


 あれは、僧侶のメイジーだっけ。

 メイジーは緊迫した様子でアタシの方を真っすぐに見つめている。


「分かってる。2人では敵わないと分かって、もう1人四天王を連れて来たんだろう」


 メイジーの言葉に返事をするアスレイ。

 さすがと言うか、アタシが3人目の四天王だってことはもうお見通しみたいだ。


 しかも、かなり警戒されてるっぽい。

 ここは上手く振舞わなきゃ。なんと言っても、ソウマは初見殺しの性能。


 ゲームで驚かされたソウマの十八番をなんとか再現したい。

 そのためには、第一印象が大事!

 まずは、一歩前に出て名乗りを上げる。


「ご名答。ボクは四天王の1人。無限伯ソウマ。子供だと思って甘く見たら後悔することになるよ」


 アタシは脳内フォルダに保存されているソウマのイメージから受信したセリフを、冷たげな口調に乗せて読み上げる。


 それと同時に両手を広げ、魔力を解放。

 ローブに着けたいくつもの宝石たちがアタシの魔力に反応して、怪しげな紫色の光を放ち始めた。


「すごい魔力……。かなり強力な魔法使いみたいですね」


 メイジーが期待通りの反応をしてくれて内心ホッとする。


 でも、渾身の自己紹介と魔力アピールを披露したのに、アスレイは眉一つ動かさない。


「問題ない。誰が相手でも切り捨てるだけだ」

 

 うっ、なんなのコイツ!殺気ヤバすぎ!

 今にも切りかかってきそうな気迫に思わずたじろいでしまう。

 その時、アスレイの後ろにいる男が声を上げた。


「彼らが噂の四天王かい?なんと言うか……。大したことなさそうだな、アスレイ」


 黒を基調としたローブを纏った青年は、そう言いながら色素の薄い緑色の瞳でアタシを見ていた。


 あ、すっかり忘れてた。魔法使いのクライブがいたんだっけ。

 

 アタシこのキャラはあまり好きじゃないのよね。

 茶髪のメガネ男子でエリートキャラだから、好きな人は好きなんだろうけど。


「クライブ。お前の魔法は頼りにしているが、油断するなよ」


 アスレイがクライブに視線を移して、釘を刺すようにそう言った。

 ところが、クライブは侮るような視線をアタシに向けたままだ。


「油断などしていないよ。あのソウマとかいう少年の魔力に拍子抜けしただけだ。彼は僕が仕留めよう。この、大陸随一の魔法使い。スペルマスター・クライブがね!」

 

 クライブはわざとらしくメガネの弦に指を添わせて、決め台詞を放った。


 やっぱり、アタシの好みじゃないわ。

 自信家なのはベロニカと似てるけど、カッコつけてるのが見え見えの威張り方ってなんか嫌なんだよね。


 そんなことを思っていると、不意にゼランが雄叫びを上げた。


「よそ見してんじゃねえぞ!」


 爆発的な加速で突進したゼランは、あっという間にアスレイの懐に飛び込んで行った。

 ヤバ。ついに始まっちゃったよ。


 会話の隙を狙ったゼランの初撃に、アスレイは難なく対応した。


「その程度か?」


「ちぃっ!」


 左腕の盾でゼランの右ストレートがピタリと止められてしまっている。

 その盾には碧く輝く宝石が埋め込まれてる。

 

 氷の神殿に封印されていた伝説の盾だ。

 たしかあの盾、かなり優秀な性能だった気がする。ゼラン、大丈夫かな。


「こっちを見なさい!」


 アスレイに追い打ちをかけるべく、ベロニカが間髪入れずに飛び出した。

 ゼランの攻撃で動きが止まったアスレイの側面に一瞬で回り込む。


 すごいスピード!

 彼女の右手の爪が真っ赤な炎を纏って輝く。


「『獄炎の竜爪ブレイズクロー』!」


 ゼランの拳を盾で食い止めているアスレイの胴体めがけて、ベロニカの爪撃が襲い掛かる。


「甘いっ!」


 アスレイは迫るくれないの斬撃を軽々と右手の剣でいなし、そのまま2人と交戦状態に入った。

 勇者の身のこなしはキレッキレだ。


 一筋縄ではいかなそうな雰囲気をバリバリ感じる。

 でも、まずは上々の立ち上がり。ここからはアタシの出番だ。


 戦いが始まったとみるや、援護のためにメイジーとクライブは後退していく。

 2人に向かって、アタシは声を張り上げる。


「じゃあ、君たちの相手はボクがしよう」


 3人が争う戦場から円を描くように迂回しながら、アタシは右手をクライブたちに向けた。


「『紅炎猛爆フレイムバースト』」


 身に着けていた宝石が宙を舞い、それらを起点にして魔法陣が展開される。

 そこから巨大な炎の球体が生み出された。


「ふん。ただの中級魔法か。くだらないな」


 鼻で笑うようにそう言ったクライブは手にした杖を構えた。


 アタシの放った魔法がクライブ目掛けて撃ち出される。

 迫りくる業火を前にして、クライブは余裕そうに笑みを浮かべた。


「『魔法障壁マジックバリア』」


 光り輝く半透明の壁が現れて、アタシの魔法は完璧に防がれてしまう。


 だけど、残念でした。

 防御されるのは織り込み済みなのよね。


 着弾した爆炎が弾けて、花火のように次々と炸裂した。

 その爆発でクライブたちの視界が埋め尽くされていく。 


「かかったね」


「なに?」


 クライブが防壁を維持している間に地を蹴って加速。


 アタシはクライブの背後へと一気に回り込んだ。

 アタシが仕掛けた罠に、クライブはちっとも気がつかなかったみたい。


 ソウマは変身能力を持ったスライム。

 なのにこんないかにも魔法で攻めそうな恰好をしてるのには、理由があるんだよね。


 ソウマは魔法使いなんかじゃなくて、本当は近接戦闘タイプ。

 しかも、不意打ちで相手を仕留める技をいくつも持ってる。


「『欺瞞の突針ディセプションニードル』」


 右手の指が鋭利な針へと形を変え、音もなくクライブの首目掛けて突き出される。


 これは決まったでしょ。

 死角からの暗器攻撃なんて、魔法使いの敏捷性じゃ避けられない。


 その時だった。


「『雷撃魔弾サンダーボルト』」


「は?」


 アタシの右腕にいかづちの光弾が直撃した。


 げっ。

 腕が麻痺して、命中するはずだった刺突がわずかに逸れた。


「ひっ!」


 クライブが情けない悲鳴を上げる。

 ソウマとっておきの奇襲攻撃はクライブの肩を掠めただけに終わっちゃった。


 とっさに雷撃が飛来して来た方向を見る。


 アスレイだ。マジ!?

 ベロニカとゼランの相手をしながら、こっちに魔法攻撃するとか。

 なんて奴なの!?


「メイジー!頼む!」


「は、はいっ!『純白の閃光ホワイトフラッシュ』!」


 アスレイの指示を聞いたメイジーが、両手に持った杖を掲げる。

 瞬間、杖の先端から眩い光が放たれた。


「くっ、目くらまし?」


 視界を白に染め上げる光に包まれて、アタシは左腕で目を覆った。

 マズいかも!騙し討ちは失敗しちゃったし、ここは一旦距離を取らなきゃ。

 痺れた右腕を庇いながら、アタシはなんとか後退ろうとした。


「はあっ!」


 近くでアスレイの声が聞こえた。

 その時、光が収まり、身体に何かが深々と食い込んだ。


「うげっ!?」


 思わず声が出た。

 感覚が一拍遅れて襲ってくる。

 なにこれ。なんか、熱い?


 光で眩んだ目をゆっくりと開ける。

 そこにいたのは、勇者アスレイ。


 彼の長剣が、アタシの胴体を切り裂いていた。

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