第4話 勇者の脅威

「お前達が勇者パーティだな?」


 まずは俺が一歩踏み出して2人組に呼びかけた。


「おや。こんな山奥に人がいるのかと思ったら、どうやら違ったみたいだね」


 煌めく金髪に澄み切った蒼い瞳のその男は、俺の問いに返答することなくそうつぶやいて腰に差していた長剣を引き抜いた。


 ゾッとするような殺意を帯びた眼が俺の体を射抜く。

 思わず、ゴクリと生唾を飲む。


 まだ得物を手にしただけだというのに、なんだこのプレッシャーは。

 対面しているだけで圧し潰されてしまいそうだ。


「アスレイ様、膨大な魔力を感じます。ただの魔物ではありません。用心した方が良いかと」


 勇者アスレイの後ろに控えている白いローブを羽織った女性が警告を発した。


 彼女はたしか、序盤で最初に仲間になるキャラクターだったか。

 主に回復や補助を担う勇者パーティの要でもある。

 勇者をサポートしてくるので、放置はできない面倒な相手だ。


「そうみたいだね、メイジー」


 アスレイはメイジーの言葉にうなずくと、剣を両手で握りしめて構えを取った。


 すでに2人とも臨戦態勢だ。

 有無を言わさず切り捨てる意思がビシビシ伝わってくる。


 勇者アスレイは見た目通りの剣士だが、魔法も扱う万能型の戦闘能力を持つ。

 しかし、原作でここを訪れる時点では、まだスキルは充実していない。

 

 回復役のメイジーを先に倒せば、ベロニカの力もあることだし勝ちの目は十分あるはずだ。

 

 さて、どうする?


 俺ことゼランは生粋の近接戦闘タイプ。

 搦手もなくはないが、強力な遠距離攻撃スキルは持っていない。

 前にアスレイがいる以上、メイジーに攻撃を仕掛けるのは難しそうだ。


 となると、ベロニカにメイジーをなんとかしてもらうほかないだろう。

 そのために俺ができるのは、体を張ってアスレイの攻撃を引きつけることだ。

 戦闘力で完全に格上の勇者をなんとか食い止めないといけない。

 

 しかし、その現実を再確認したところで、突然体が動かなくなった。


 魔王城で技の使い方は確認済みだが、戦闘自体はぶっつけ本番。

 しかも、タイマンでは到底勝ち目のない相手を一手に引き受けるという無理難題をこなす必要がある。


 覚悟はしていたつもりだったが、やっぱり恐ろしい。


 くそっ、もう敵は目の前なのに怖気づいてるんじゃねぇよ!

 恐怖でガチガチに固まった心をなんとか奮い立たせようとしたその時、ベロニカが俺の横をすり抜けて前に出た。

 

「ワタクシは魔王軍四天王の紅蓮姫ベロニカ。アナタが勇者ね?この先には進ませないわよ!」


 アスレイは一瞬目を見開いて、ベロニカの名乗りに反応した。


「……四天王。へえ、それは手強そうだね。じゃあ、そっちの大男は手下かなにかかな?」


 ん?


 今、ナチュラルに見下したなこいつ。露骨に舐められてカチンときた俺は、恐怖を忘れて声を上げていた。


「ちげぇよ!俺は四天王の一人。氷結魁ゼランだ!今からお前らをぶっ倒してやるよ!」


 言葉を吐き出した瞬間、嘘のように全身の緊張が解れた。

 右手の指を動かして感覚を確かめる。

 よし、大丈夫。なんとか動けそうだ。


「四天王が2人!?アスレイ様、これは分が悪いのでは……」


 と、俺の口上を聞いてメイジーが驚きの声を上げ、怯え始めた。

 あ、しまった。下手に情報を与えて逃げられたらまずいよな。


 一瞬、やっちまったかと思ったが、アスレイは逃げる素振りを一切見せない。


「メイジー。心配しないで。俺は負けない。君はいつも通りサポートしてくれれば大丈夫だよ」


「アスレイ様……。分かりました」


 アスレイの言葉にメイジーも覚悟を決めたようで、こちらを真っすぐ見据えてきた。

 なんか、カッコいいな。アスレイ。さすがは勇者といったところか。


「せっかくだから、自己紹介しておくよ?俺は勇者アスレイ。魔王を倒す男だ」


 その言葉が俺の耳に届くと同時。

 そこに立っていた男の姿がブレるようにして消えた。


 次の瞬間、視界の端に剣戟のきらめきが映る。


 俺はとっさに地を蹴って、後ろに飛び退く。刃が空を切る音が耳元を掠めた。


 おいおい、マジかよこいつ、速い!


 アスレイは俺のバックステップにあっという間に追い付いて、追撃を仕掛けてくる。

 避けきれない!俺は苦し紛れに足元に向かって両手の拳を叩き落す。


「くっそ!『烈氷壊撃ブリザードスマッシュ』!!」


 着弾点を中心に凍える冷気が巻き起こり、広範囲を衝撃波が吹き飛ばした。


 積もっていた雪が舞い上がり、真っ白な煙幕となって辺りに立ち込める。

 視界が遮られる寸前、アスレイがすでに後方へと離脱しているのがかすかに見えた。


 ゼランの得意技、烈氷壊撃を至近距離で放ったのに、どうやらかすりもしていないようだ。


 これが勇者。やっぱり、鬼つええ。


 煙幕を盾にしてこちらも一旦距離を取る。


 そういえば、ベロニカは大丈夫か?

 周囲に視線を走らせると、彼女は少し離れたところで棒立ちになっていた。

 今のうちにメイジーを倒してもらわないと、このままではやられ損だ。


「ベロニカ!お前は僧侶の女をやれ!」


 ベロニカに向かって声を張り上げたが、なぜか彼女は動かない。

 どうしたんだ?

 もしかして疲労でうまく動けないのか。


 と、煙幕の隙間から眩い光が差す。


「『防護魔法プロテクション』!」


 メイジーの補助魔法だ。厄介だな。


 ならばこちらも!


「『氷晶籠手アイスガントレット』」


 両腕に魔力が結集し、肩から指先までを硬質化した氷の鎧が包み込む。

 これで勇者の剣技にもいくらか対抗できるはずだ。


 立ち昇る雪煙の外側から大きく回り込んで、アスレイの位置を探る。

 すると、不意に煙幕の中を突っ切ってアスレイが切り込んできた。


「ちぃっ!」


 左のガントレットでその一撃を正面から受け止める。

 迫りくる刃を必死に押しとどめていると、アスレイがポツリとつぶやいた。


「思ったよりやるね。あっちとやり合う前にさっさと片付けたかったんだけどな」


 アスレイは言いながら、時折視線を俺から外している。

 その鋭い視線の先にいるのはベロニカだ。


 そこで気づく。


 こいつ、ベロニカを警戒しながら俺と戦っているのか。


 おそらく、俺より彼女の方が強いことを見抜いたのだろう。

 それで連携させないために俺から先に始末しようとしているんだ。


 しかも、さっきからアスレイはスキルの類を一切使っていない。

 ベロニカのために力を温存した上で俺を倒すつもりなのだ。


 強敵に火力を集中させるための徹底したリソース管理。

 そして、相手が複数の場合は、取り巻きから倒す。


 お手本のようなボス戦特化の立ち回りだ。


 なんてこった!

 ただでさえ強いのに、まるで歴戦のゲームプレイヤーみたいなことしてきやがって!


 だが、ベロニカに意識を割いている今が俺にとってはチャンスでもある。


「舐めるなっ!うおおぉおおお!!」


 こちらへの視線を切った瞬間を見逃さず、渾身の力で拳を振り抜く。

 打ち合っていた剣を押し込み、強引に弾き返す。


 と、アスレイが一瞬体勢を崩した。

 ここしかない!


「食らえ!『氷結剛拳撃フローズンインパクト』!!」


 右拳のガントレットに魔力を収束。

 身体を捩じり右腕を全力で引き絞る。そこからさらに回転を加えて、貫通力を増した拳を全身全霊の力を込めて叩き込む。


 氷点下の冷気を纏った一撃が、アスレイの左腕を打ち抜くと同時。

 アスレイは腕を犠牲にしながら俺の懐に飛び込んできていた。


 「な、に!?」


 必殺の拳は確かにアスレイを捉えていた。

 が、防護魔法がその衝撃を軽減していたのだ。


 アスレイの剣が閃き、白の世界に真っ赤な鮮血が舞った。


 一拍遅れて、胸部に激痛が走る。


 肩口から斜めに切り下ろしを食らい、俺はフラフラと後退った。


「マ、マジかよっ……」


 足がもつれ、尻もちをついてしまう。左手で傷口を確かめる。


 ドクドクと血があふれてきているが、雪男の強靭な皮膚と筋肉のおかげで致命傷にはなっていないようだ。出血の割に思ったほど傷は深くない。


 しかし、さすがにダメージは大きかった。

 立ち上がれずにいる俺に向かって、アスレイが左腕を庇いながらゆっくりと歩み寄ってくる。


 逃げ出したいが足が動かない。

 

 ザクザクと雪を踏みつける足音が近づき、ついに俺の目の前でアスレイは歩みを止める。


 そして、長剣を上段に構え、冷たく言い放った。


「ここまでだ」

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