第3話 四天王、待ち伏せる
《ゼラン視点》
「くしゅん!」
ちらほらと降り始めた雪を目にして空を見上げた俺の隣で、ベロニカが思いのほか可愛らしい声のくしゃみをした。
「なんだ、ベロニカ。寒いの苦手なのか」
「悪い?ワタクシは炎を司るドラゴンなのよ。冷気は天敵なの!」
「まあ、そんな格好してたら寒いだろうよ。もっと厚着とかできないのか?」
俺はベロニカの薄すぎる衣服と、見事なまでのボディラインを
ぶっちゃけ、目のやり場に困るんだよな。
「……角と鱗のせいで破れちゃうから服は着れないのよ」
ベロニカは不満げに頬を膨らませた。
服を着れない?俺は改めてベロニカの姿をよく見てみる。
すると衣服のように見える部分はすべて鱗によって形作られているようだった。
待てよ。
ということは今の状態は
それってなんか……。
いや、いらんことを考えるのはよそう。
「そいつは難儀だな」
「同情はいらないわよ。それより早く露払いをして火山に帰りたいわ」
「そうかよ。ま、あと少しの辛抱だ。もうすぐ目的地だぞ」
雑談もそこそこに、俺とベロニカは2人連れ立って大陸の北にある氷の神殿に向かっていた。今俺たちがいるのは、神殿へと続く登山道だ。
ゲーム序盤で、勇者パーティは神殿に封印されている伝説の武具を求めてこの地にやってくる。
そこでゼランが封印を守るため勇者と衝突する、というのが本来のシナリオだった。当然、勇者と戦うために俺たちも決戦の場に赴く必要がある。
人間界にある氷の神殿へは、魔界に存在する魔王城からは本来行くことができない。人間界と魔界を繋ぐ唯一の道が、今はまだ封印されているからだ。
だが、魔王軍の術師たちが作ったという「転移魔法陣」が人間界への移動を可能にしてくれていた。
転移先は雪山の麓にある廃村。
術師の話では、神殿を中心に張られた結界のせいで転移が妨害されてしまうらしい。それで、雪山に最も近い廃墟に陣を敷いたとの事だった。
しかし、説明を受けた時、俺は違和感を抱いた。
ゲームでは何度も通った場所のはずだったが、こんなところに廃村があった記憶はない。それに、転移魔法陣というものを俺は知らなかった。
魔王軍側の移動手段だから、ゲームには存在しなかったということだろうか。
まあ、勇者側にはちゃんと別のファストトラベルが用意されていたし、魔王軍側にも同じようなものがないと世界観としては辻褄が合わないのも頷ける。
もしかすると、現実であるこの世界には原作では描写されなかった物や技術が他にも色々あるのかもしれない。
そう考えると、会議にソウマが参加しなかったのもおかしな話ではなくなる。
この世界にだけ存在する俺の知らない要素によって、ゲームとは違う展開が起こり得るということだ。
ゲーム知識があまり役に立たない可能性はでてきたが、ゼランに待ち受ける死の運命を変える余地が十分あるという意味では決して悪い状況じゃない。
実際、こちらは物語上もっと先で戦うベロニカを仲間につけられた。
勝機は十分あるはずだ。俺はなんとなくそう楽観視していた。
しかし、その目算が間違いであったことを俺は思い知ることになる。
◆
「よし、氷の神殿に到着だ」
「やっと着いたの?って、なにこの殺風景な場所」
ベロニカが辺りを見回してぶつくさ不満を口にしているが、俺もその感想には同意しかない。
ここは新雪が降り積もる、雪山の中腹にある開けた雪原。だだっ広い白銀の世界の中に荘厳な雰囲気を漂わせる神殿がポツンとそびえ立っている。
が、言ってしまえばそれ以外はなにもない。
「それで、勇者たちはどこにいるの?こんなところにいつまでも長居したくないわ」
「いや、知らん」
俺は正直に答えた。
「は?なによそれ!」
ベロニカはふくれっ面を作って怒り出す。
「勇者はここに向かってるはずだが、今どこにいるかまではさすがに分からねーよ」
ゲーム世界なのだから、居場所の探知くらいできそうなものだが、現実はそんなに甘くはなかった。
俺とベロニカは嗅覚や魔力感知によって、一度会った相手なら居所を捕捉することができる。しかし、この世界で俺たちはまだ勇者に会ったことがない。
前世の知識で名前と顔は知っているが、それだけでは正確な所在まで割り出すことはできないのだ。
「じゃあなに?勇者が現れるまでずっと待ってろっていうの?」
「そういうことになるな」
ベロニカの顔がピクピクと引きつる。
「じょ、冗談じゃないわよおぉ!!」
彼女の悲痛な叫びが雪山にこだました。
◆
神殿に到着してから2日目。
俺たちは近くの
雪男になったおかげで俺は極寒の環境に適応できていたようで、道中含めてほとんど消耗せずにすんだ。
しかし、ベロニカの方はと言うとそうもいかなかったらしい。
「勇者はまだ来ないのぉ?グス。このままじゃ、戦う前に凍え死んじゃうわよぉ」
洞窟の中の寝床で丸くなって、ベロニカは弱々しく愚痴を零している。
まさかここまで
寒さに耐性が付いていたせいで、雪山の過酷さにまで頭が回ってなかった。
それに、俺より強いドラゴンなのだから多少の無理はきくだろうとたかをくくっていたのも災いした。
これから強大な敵に共に立ち向かう仲間へ配慮できなかった自分が情けない。
「うう、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの……。
消え入りそうな小声でうわ言のように弱音を吐くベロニカの姿は実に痛々しい。
高飛車な彼女にこんな一面があったとは意外だが、それだけ参っているのだろう。
俺はあえて声はかけず、近場で食料になりそうな野兎を仕留めてきた。
「ベロニカ、肉が焼けたぞ」
「あ、ありがとう……。助かるわ」
短く礼を言って、ベロニカは焼き立ての肉にかぶりつく。
ロクに調理もしていない肉だが、鋭利な牙のおかげか食べるのに苦労はしていないようだ。
そのまま黙々と食事を進めていた彼女はふと思いついたようにこちらを向いた。
「そういえばずっと思っていたのだけど。最近のアナタ、なんだか妙に優しくない?どういう風の吹き回しなの?」
ギクリ。
もともと演技に自信などみじんもなかったが、やはりバレバレだったか。
というか、共同戦線を張ること自体ゼランのキャラに合わないのだから違和感を与えるのは当然だよな。
それでも、演技を投げ捨てる訳にはいかない。
少しでもゼランのキャラに寄せていかなければ。
「俺の得意な戦場で足手まといになられたら困るってだけだ。余計な事考えてないで力を蓄えておけよ」
ベロニカは一瞬目を丸くしたが、ふっと口元を緩めた。
「そう。ま、いくらワタクシが弱ったところで?実力差がひっくり返るわけじゃないし。安心してくれていいわよ!」
さっきまでしおらしかったのがウソのようにいつもの調子に戻ったベロニカは、残った肉をぺろりと平らげてしまった。
まあ、なんとか誤魔化せた上に元気も出てきたみたいで良かった。
と、気を抜きかけたその時だった。
ゾクリと背筋が凍る様な気配を感じた。
それはベロニカも同じだったようだ。
「ゼラン、この魔力。ただものじゃないわよ」
「ついに来たか……」
俺たちはすぐさま洞窟を飛び出して神殿の正面に陣取った。
すると、ハラハラと舞う雪の中、2つの人影がこちらへ向かってくるのが見えた。
その内の1人の姿はゲーム中で散々見て記憶にこびりついている。
勇者アスレイ。
四天王を薙ぎ払い、魔王を打ち倒して人類に平和をもたらす。
この世界の主人公だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます