第15話 飯星カンナ目線

 飯星いいぼしカンナ目線


「なんでそんな格好でくるかなぁ」


 私、飯星カンナは正直あきれた。

 場所は隠れ家的なカフェというふれこみだけど、夜は居酒屋さん。

 その居酒屋さんの個室を、昼の時間帯カフェとして活用してる感じ。ランチメニューとかある。


 奥様方のおしゃべりの場という感じもあるが、ただならぬ関係の、ただならぬ密会に使われなくもない、と推察すいさつするわけなんだけど、私とクラスメイトの枇々木ひびき君も、ただならぬ関係といえなくもない。


 枇々木君には長内おさないさんという彼女もいて、つい先日いわく付き女子の石澤さんとの関係を疑われ、騒動になったばかり。

 なにがいわく付きかというと、何やら『怪しげな夜のバイト』をしているらしい。それは別の話。


 現状枇々木君自身、警戒してしかるべきなのに、この男子。

 あろうことか、Tシャツに綿のパンツで現れた。いわゆるさわやかな感じ。私がこの暑いのに、紫のウィッグと丸渕まるぶちサングラス。

 普段しないメークまで、バッチリ決めて変装した意味がない。


「ダメだった?」

 ダメじゃない。

 確かに清潔感あふれて、程よく日焼けした感じ。すっごく、いい。こほん、んだけど、自覚とかないの? 

 あなた、今注目度ナンバーワンのクラスメイトなんだけど? 別にいいけど。いや、ダメだ。


「あなたね、つい先日、石澤さんの件で瀬戸さんと長内さんにフルボッコされたとこでしょ。彼女たちからしたら、この状況『またか!』にならない? いや、なるよね? 言ったと思うけど、私腕力最弱。もし、瀬戸さんに詰められたら、それは無様にあなたに泣きつくけど、覚悟あるの?」


 聞けば、長内さんは空手有段者の見た目優しげなバーサーカー。

 瀬戸さんは、精神攻撃得意中の得意な魔法使い。


 液タブしか装備出来ない私に勝てる相手ではない。負けん気だけは強い方だけど、肉体と精神同時攻撃してきそうなコンビを相手するほどバカじゃない。


 命も惜しい。実際はしないけど、靴以外なら舐めろと命令されたら、舐める予感すらある。しかしこの男子「その時はなんとかするよ」ではなく「たぶん大丈夫」となんとも言えない曖昧な返事。

 この優柔不断さが二股疑惑を呼ぶのでは? いや、実際疑惑ではない説さえある。


「それでなに?」


「なにってなに?」

 質問を質問で返すとか。こういうのが最近の女子はいいの? わからない。


「だから、メッセージ。送ってきたでしょ。それに対しての『なに』なんだけど」

 疲れる。

 会話が見事に噛み合わない。ここまで噛み合わないと清々しくもある。


「試合思ったより早く終わって、時間に余裕があったから」

「それ丁寧ていねいに言ってるけど、要約すると『暇だったから』に置き換えれるよね。あのね、私たちって、そんな暇つぶしし合う関係だった?」

 キツめに睨みつけて言ったはずなのにどこ吹く風。しかも痛いところを突いてくる。


「自分語り聞くけど」

 なんなんだ、この優男は。


 ***

「つまりは飯星さんは美術科を考えてたわけか」

「そう」

 語ってしまった……


「でも中学で美術部でもないし、デッサンとかしたこともないし、美術科のオープンスクールに行ったけど『私はデジタルがしたい、アナログじゃないの!』って思った。でも、それは、デッサンとかの基礎がない自分に対しての言い訳で、受験して落ちるのが怖かったと。ついでに言うと、高校の美術科なんて美大受験目的じゃない、自分はそうじゃない! こんな感じ?」

 やっちまった。

 つい、聞き上手な枇々木ひびき君相手に、自分の内側のドロドロした部分を包み隠さず言ってしまった。

 この場合『言ってしまった』ではなく『ってしまった』の方が正しいかも。なんで、ちょっと喋るくらいのクラスメイトに話したんだろ。

 ついでだから聞いてもらおう。これ以上の恥の上塗りとかないだろう。もう十分、上塗りした。


「こういうのどう思う?」

「どうって?」

「率直な感想。キモいとか。勝手にすればとか」

 勝手にするけど、実際そう言われるとどんな気持ちになるだろう。それなりに凹むのだろうか。それが知りたかった。枇々木君は少し考えてうなりながら答えた。


「大きな話になるけど」

「うん」

「人ってじゃない?」

 確かに大きな話になった。だけどあまり人の話を聞かない、私にしては続きが気になる。


「それで?」

「ん~~王道ってあるでしょ。例えば美術科。知らないけど、多くの人は小さい頃からお絵描き教室に通っていたとか。わかりやすく言うと、音大行く人はもう何歳にはピアノ始めてないと遅いみたいな」


「それは、うん。あるわ。つまりは基礎をどれくらい小さい時から積み重ねたかってことよね、それがその王道?」


「うん。でも、実際それだけが正しいとか正義なら、新しい風って起きるのかなぁ。楽譜は読めないけど、ボカロPやってる人もいるって聞くよ。でも王道歩いてきた人からしたら、それは邪道なんだと思う。わからんけど」


「邪道かぁ」

 私のテンションはあからさまに下がった。つまり、お前は邪道なんだよと言われそうで怖かった。


「でもやりたいことに邪道も王道もある? その評価必要なの? 誰かの価値観押し付けられたくないから、こんな話してんでしょ?」

「それはそう」

「あとさぁ、思うんだけど。絶対何かになんないとダメなの?」


「えっと、どういうこと?」

「いや、例えば僕なんかそうだけど、サッカー好きだけど、絶対にプロ目指さないとサッカーしたらダメなのって話」


「別にそれは趣味とかでいいんじゃない」

「飯星さんも同じだよ。今は趣味って思われても積み重ねたらいいんじゃない。僕は絵のことはわからないけど。サッカーで話するけどいい?」

「うん」


「趣味でいいやって思ったのは、親友でガチでプロ目指してる奴がいて、生半可じゃない努力を積み重ねてるけど、たぶん思うような結果出てないんだ。でもさ、それでも積み重ねようとしてる。そういう努力は僕には無理で、この先もっともっと差が開く。背中すら見えなくなると思う」


「それでいいの?」

「うん、それでいいって思ったから趣味にした。楽しくサッカーしたい。苦しいとか悔しいとか今はいいかな」

 そう彼に言われざわりとした。

 れられたくない、とても柔らかい部分に触れられた気がした。独りよがりな自分を見透かされたような感じがして、逃げ出したかった。


 きっと私も彼も同じ人種なんだ。

 頑張ってる自分が好きなんだ。そしてそれだけで満足したい。新たな挑戦をしたらきっと、自分を守っているわずかな自尊心は、簡単に砕け散る。誰にも挑戦せず、誰とも比べられず、自分が優位に立っているという根拠のない自信にどっぷり浸っていたいだけ。


 どこかでわかってる。

 これじゃダメかもって。でも、怖い。怖くて仕方ない。誰もが枇々木君の親友みたいになれるわけないんだ。


 見返りが欲しい。頑張った見返りが欲しい。頑張ってるねって言って欲しい。頑張ってることを見てて欲しい。


 だけど人はそんなことを見ようとしない。

 それは私も同じ。変わらない。だからきっと無理なんだ。私や枇々木君には、これ以上は無理なんだ。枇々木君の親友みたいに無邪気に努力し続けるなんて出来やしない。


 それでも夢とか希望みたいなのを捨てきれない。だからこの感情は厄介なんだ。そして試しに聞いてみた。


「この感情というか気持ちどうしたらいいと思う? なにかいい方法知らない?」

 枇々木君は少し考えて目を閉じた。アイスコーヒーの氷が柔らかな音を立てる。気がつくと枇々木君は目を開いていた。そして優しそうな顔で、瞳でこんな提案をした。


「僕もその答えを探してる。もし飯星さんが望むなら、一緒に探してみない? 夢の答えにふさわしい感情を」

 こうして私たちは夢の落とし所を探す盟友となった。










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