第二十八話 魔法研究室

ここは、百貨店の横に作られた研究所のうちの一つ。

魔法研究所で、日夜詠唱だの効率だの新しい魔法だのを開発する施設である。



そこへ遊びに来た魔王様であるが、その魔王様を案内しているつばきは顔を引きつらせて首を横に振った。


「おやめ下さい」


何故かというと、魔王様は大魔法を行う際の詠唱がクソ程長すぎて寝てしまい。


「えい♪」だけ言って発動すればええやん的な事を言った訳だが、当然魔王様以外の魔族や人類がそんな無茶な事が出来る訳も無い。


どういうことかというと、基本的に魔法は自身の魔力を用いて現象を起こす。イメージと現象を起こす為の魔力を用意し、魔力線によってまほうじんなりサーキットを形成して魔導回路にするなりして発動している。


詳細なイメージがあれば、また詳細なイメージを助けるために詠唱が存在しているのであって。莫大過ぎる魔力でごり押しし、時間を事象から切り取って逆行させる様な真似を詠唱無しでやっている魔王様は研究者からみれば相当おかしいのだ。


そこで、魔王様はこう言ったのである。


「イメージさえ固まれば、詠唱なぞ適当でいいと」理論はそうであるが、強制的に呪文を唱えようとすると「ジョロニモの上腕二頭筋が大好きだ」という呪文(ことば)に変換される事象を付与して炎、水、土、風、闇、光の大魔法を使っても。


普段の詠唱ではなく「ジェロニモの上腕二頭筋が大好きだ」という風に変更されるというもので。そんな、付与をされた日には。色んな意味でおかしくなる、研究員が続出しそうである。


ちなみに、最初は「私は幼女が好きだ、愛してる!」という詠唱に強制変更しようとしていたのだが、近衛が「なりません」と待ったをかけた。研究員と近衛は二人で親指を立てながら無言で頷く。そんなものを、デフォルトに強制されたら魔法使いは社会的に死ぬ。


「楽しいぞ?」と首を傾げる魔王様。


(お前だけな)


研究員と、近衛の心は今一つになった。


「もしくは、ドラゴンのブレスをブーブークッションの音にでも……」


「絶対止めて下さいよ?! 威力そのままで、脱力した所にブレスなんか貰ったら吹き飛びますよ。えらい、トラップじゃないですか」


ダメか……と肩を落とす魔王様、ダメに決まってんだろと内心叫ぶ近衛。


大体、そういう強制する呪いみたいなものは継続時間や強度等も相手の能力しだいではあるが。ドラゴンにそれを強制する事は、喉の器官がでる音から程遠い音を強制する為に鼻くそを金貨の目いっぱい詰まった樽で買う様なごり押しが居る。


そのごり押しを、国中や一族全てにやれてしまう魔王様がおかしいのだ。


(アリア様は言えば聞いてくれるだけ、まだ助かるがこの力を先々代魔王が持っていたらと思うと気が気ではない)


というか、彼女の七星とは乃ち一つの星を地獄に変える王の力を星という。

それを、七つ。魔族や邪神や悪魔の頂点たる大罪の星全て。


(本当、この性格で助かった)


眼の前で、不貞腐れながらカレーせんべいを大量に召し上がっている魔王を見ながら研究員はそう思う。


基本、無害。勇者を倒したのだって、勇者の聖剣がチカチカして眠れなくて鬱陶しかっただけという、クッソ個人的な理由だしな。我らは、思わず両手を大地についてorzしながら。それで勇者が倒せるなら、誰も苦労せんわとか思ったものだが。


軍部の連中も、「朝まで起こすな」とだけ言われ。「はい、判りました」以外の返事が出来る筈もなく……。


「我ら研究員は、日夜少しでも。魔法や魔術や技術を研究し、ゆくゆくは……」


「おい、ジェロニモ」「つばきです」「カレーセンベイが無いぞ」「それは私のおやつですが、一か月分の」


空の容器をふりふりとふる魔王様、血管が浮き出ているつばき。


「カレーせんべいは、もうありません」「むぅ」


その時、魔王に電流走るっ!


「そうだ、確か薬棚の右奥に抹茶どら焼きがあったはずだ」と魔王様は輝く笑顔に。

「何故それを!」「私の七星の強欲は、あらゆるものを強奪できる。それは位置情報も鍵をかけてある棚の中身もほれこの通り」


手には、つばきが大事に隠してあった秘蔵の高級抹茶どら焼きが……。



「やめろぉぉぉぉぉぉ!」必死に手を伸ばすが、一口で食べる魔王様。


魔王様の顔がとろけ、絶望色に染まるつばき。


近衛が一言、「魔王様がお帰りになった後、同じどら焼きを買ってきます」と囁いた。



「やっぱり、マシじゃねぇ。こいつも、ロクでもない魔王じゃないか」


そう、血涙を零しながら歯ぎしりした。

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