【超不定期更新】死ねない少女は悪魔の下僕

ゆきのあめ

第1話:アンデュラス 絶望の契約

 私は普通の女子高生だった。


 友達と笑い合い、勉強に励み、未来に夢を抱いていた。しかし、その平和な日常は突然終わりを告げた。


 夜、突然の熱気と轟音で目が覚めた。寝室の天井が赤く染まり、熱波が肌にじりじりと焼けつくようだった。燃えさかる炎が家中を包み込み、煙が喉を刺すような感覚が襲ってくる。


「お父さん、お母さん!」


 声を振り絞って叫んでも、返事はない。心臓が激しく鼓動し、恐怖で体が震える。私はベッドから飛び起き、必死に家族を探しに走り出した。廊下に出ると、激しい熱気と煙が私を包み込む。


燈慧ひのえ、ここだ!」


 父の声が聞こえた。振り向くと、父が母を抱きかかえながらこちらに向かってくる。しかし、炎が壁を越えて迫ってきていた。


「お父さん、お母さん、早く!」


 涙が目に滲む。しかし、屋根の梁が火とともに崩れ落ち、頭上に降り注ぐ瞬間、まばゆい光に囚われ、意識を失った。


 頭が割れるように痛い。


 冷たい地面に頬をつけたまま、意識が戻ってきた。私は何が起こったのか理解できず、しばらくその場に倒れていた。火事の熱と煙の中で気を失ったはずなのに、今は冷たい土の感触が頬に伝わってくる。


「うっ……」


 苦しみながら体を起こし、膝をついてゆっくりと立ち上がる。頭はまだズキズキと痛むが、何とか周囲を見渡すことができた。目に飛び込んできたのは、見たこともない光景だった。木々が鬱蒼うっそうと茂り、巨大な木々が空を覆い、黒い葉が光を遮っている。


「ここは……どこ?」


 火事が夢だったのかと一瞬思ったが、服には焼けこげたような穴がいくつもあいている。現実感のない風景に、私は混乱していた。何が起こったのか全く理解できない。まるで別の世界に迷い込んだような感覚に陥った。


 空気はひんやりとしていて、森の静寂が私を包む。しかし、その静寂は長く続かなかった。突然、遠くから不気味な咆哮ほうこうが聞こえてきた。その声の元凶は急速に近づいてくる。草をかき分ける音が響き、私は恐怖に立ち尽くしていた。


「な、何?何が来るの?」


 目の前の異様な風景と迫り来る不気味な音に、私は現実感を失いかけていた。


 いきなり私の前に現れたのは、巨大で禍々まがまがしいオオカミのような怪物だった。その毛皮は赤黒く染まり、目は正面に6つ。それぞれが地獄の炎のように赤く燃え上がっている。


 体中からは無数の鋭い牙が生え、口元からは腐敗した肉片で不気味な唾液を滴らせている。その巨大な体躯に圧倒され、反応する暇もなく、私は勢いよく吹き飛ばされ、背中に激痛が走った。地面にたたきつけられ、全身が痛みに震えた。


「ぅぎぃ……」


 息を整える間もなく、再び飛びかかってきたその怪物は、私の左腕に噛みついた。鋭い牙が肉に食い込み、血が噴き出す。


「いぃぃぎぃあぃぃぃい!」


 声にならない悲鳴が喉から漏れる。怪物はそのまま私を引きずりながら歩き出し、腕からは温かい血が流れ出ていく。痛みは段々と薄れ、意識も遠のいていった。


 頭の中で走馬灯そうまとうが駆け巡った。友達と笑い合う日常、家族と過ごした幸せな時間、未来への夢……すべてが鮮やかに蘇る。私はこんなところで終わりたくない。生きたい、まだやり残したことがたくさんある。


(まだ、死にたくない……)


 その瞬間、頭の中で低く威厳のある声が響いた。


「汝、生きたいか?」


 今まで聞いたことのないような低く冷たい声。しかし、その声にはどこか不思議な魅力があった。まるで、全てを知り尽くした者のような威厳を感じさせる。


「我が言葉に従うならば、助けてやろう。」


「い、生きたい……」


 心の中で必死に叫んだ。自分でも信じられないが、その声にすがるしかなかった。


「契約だ」


 その声とともに、視界が一気にクリアになった。しかし、同時に痛みも復活する。まるで針で刺されるような鋭い痛みが全身を走った。


「いたいいたいいたいいたい!」


 叫び声が自然と口から漏れる。痛みは耐え難いほど鋭く、意識を保つのが精一杯だった。


 左腕を見ると、傷口は泡のように膨らみながら、次第に閉じていく。しかし、その再生の過程で、牙がますます深く食い込むのを感じる。再生と破壊が同時に進行し、肉が引き裂かれる音が耳にこだまする。焼けるような痛みが骨にまで達し、意識が薄れそうになる。


 血が吹き出すたびに、それはすぐに固まり、また新たな血が流れ出る。再生する肉が牙に抗おうとする度に、鋭い痛みが神経を貫く。全身が震え、目の前が暗くなりかける中で、私は必死に耐えた。


「助けてくれるんじゃ……」


 内心で思うと、また声が聞こえた。


「人間よ。余の名はアンデュラス。不死の悪魔なり。汝に余の不死の特性を与えた。これで汝は死ぬことはない。良かったな」


 アンデュラスの声は、不気味でありながらどこか親しみやすい。しかし、その言葉の背後には冷酷さが感じられた。


「し、死ぬことはないって言っても、この状況は……」


「汝との契約は、余の指示に従うことで汝が死なないようにすることだ。」


「そ、そんな。このままだと一生死ねずにこの化け物に体を食べられ続ける……」


 私は全身が震え、涙が溢れ出した。恐怖が胸を締め付け、息が詰まりそうになる。目の前の怪物の牙が再び食い込み、痛みが再び走った。


「この状況を脱したいか?ならば、追加で契約だ。汝に余の力を分け与えよう」


 その声とともに、私の左腕が赤黒く変色し始めた。血が沸騰するような感覚に襲われる。


「あ、ああああああああぁぁぁ!」


 あまりの痛みに何度も叫ぶ。オオカミのような怪物も異変を感じ、口を開けて私を投げ捨て距離を取る。私の左腕は肘まで変色し、皮膚を突き破ってとげが生えていた。


 とげが次第に長く鋭くなり、まるで生き物のようにうごめく。変色は肘から先に広がり、皮膚が硬化し始める。血管が浮き出し、赤黒いオーラが腕全体を覆う。


 内心で恐怖と驚愕が交錯する。


「な、何をしたの……」


「余の力を汝に分け与えたのだ。悪魔の力に人間の身体が耐えられる訳がないがな」


 怪物が再び飛びかかってきた。私は痛みで麻痺している左腕を向けると、左腕が瞬時に反応した。垂れていた血が一瞬で固まり、無数の棘となって怪物を貫いた。棘はまるで意思を持つかのように動き、怪物の体を絡め取る。


 怪物は怒り狂い、絶叫しながら抵抗する。全身のその鋭い牙はなおも私に届こうとするが、棘がその動きを封じ込める。私は必死に左腕を振るい、棘をさらに深く怪物の体に食い込ませる。


 怪物の絶叫が森に響き渡り、その体が激しく痙攣する。棘が絡みつくたびに、怪物の肉が裂け、血が噴き出す。私の棘はまるで生きているかのように怪物の体内で分岐し、さらに細かく分かれていく。


「な、なにこれ……」


 棘が怪物の体内で炸裂さくれつし、内部から破壊していく。肉が引き裂かれる音とともに、怪物の体が内側から膨れ上がり、血と肉片が飛び散る。棘の一撃で怪物の心臓が貫かれ、その動きが完全に止まった。


 怪物の目から光が消え、その巨大な体躯たいくは重く地面に崩れ落ちた。


「こんな力……」


 私はその場に倒れ込んだ。全身の力が抜け、左腕の痛みが再び襲ってくる。棘が引っ込むと同時に、激痛が波のように押し寄せる。息が荒くなり、視界がぼやける。冷たい地面が私の熱い体を冷ます。


 左腕は完全に元の形状に戻り、まるで何事もなかったかのように回復していた。しかし、その感覚は異様で、まだ自分の腕であることに違和感を覚える。


「どうだ、余の力は凄まじいだろう」


 アンデュラスの声が再び頭の中に響く。


「契約に従って、汝には余の解放を手伝ってもらう」


「解放?」


「余はこの土地に封印されている。ここは禁足地と呼ばれ、数百年誰も近寄らない場所だ」


 周囲を見渡すと、禁足地と呼ばれるこの場所はまさに地獄のようだった。高くそびえる黒い木々が空を覆い、まるで日光を拒むかのように暗闇が広がっている。地面は乾燥し、ひび割れており、生命の兆しがほとんどない。異様な静寂が辺りを包み込み、不気味な雰囲気が漂っている。


「ここで何をすればいいの?」


「この世界に散らばる5つの封印祠ふういんしを破壊するのだ。忌々しい勇者の掛けた封印を解くためにな」


「封印祠?」


「そうだ。封印祠はこの世界の均衡を保つために存在している。それを破壊すれば、余は解放され、汝も自由になれる」


 私は絶望的な気持ちで周囲を見渡した。この禁足地は、ただの森ではなく、まさに悪夢のような場所だった。黒い木々が空を覆い、まるで日光を遮断するかのように闇が広がっている。地面は乾燥し、ひび割れていて、生き物の気配が全く感じられない。


「どうしてこんなところに……」


 声は震え、全身が恐怖で硬直する。まるで死神がささやくようなアンデュラスの声が、私の中に響き渡る。


「汝が生き延びるためには、余の力を利用するしかない。余の封印を解くことで、汝も自由になれるのだ」


 私はその言葉の意味を理解しながらも、恐怖と不安で頭がいっぱいだった。この異世界で、私が生き延びるためには、悪魔の力を借りるしかないという現実が、私を一層絶望の淵へと追いやった。


「わ、わかった……」


 私は震える声で答え、深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとした。これから先に待ち受ける過酷な試練を思うと、心臓が激しく鼓動する。


「なんで……なんでこんなことになったの……」


 痛みと恐怖に耐えながら、私は内心で後悔の念にさいなまれた。あの時、死を受け入れていれば、こんな苦しみを味わわずに済んだのかもしれない。


「契約なんてしなければよかった……」


 私は声に出して自分を責めた。アンデュラスの力を借りることで生き延びることができたが、それは同時に永遠の苦しみを伴うものだった。悪魔の力に頼ることで、自分の命を繋ぎ止める代わりに、私は心と体を引き裂かれるような痛みに耐え続けなければならない。


「あの時、死んでおけばよかった……」


 心の中で何度もその言葉が反響する。絶望と後悔が私を飲み込み、前に進む気力を奪っていく。それでも、私は立ち上がらなければならなかった。この異世界で生き抜くために、悪魔の契約を受け入れた以上、後戻りはできない。私は涙を拭い、再び歩き出した。


 しかし、どれだけ前に進んでも、心の中の絶望は消えなかった。この訳の分からない世界で、元の世界は火事で焼け落ち、生きる希望を完全に失っていた。私が頼るべき家族も、帰るべき場所も、すべては炎に包まれて消えてしまった。


「何のために生きるの……」


 胸にぽっかりと穴が空いたような感覚が襲ってくる。自分が生きている意味がわからなくなる。


「でも、死ぬこともできない……」


 アンデュラスとの契約のせいで、私はどんなに絶望しても、どんなに苦しんでも、死ぬことができない。普通に生きることも、死ぬこともゆるされないまま、ただこの地獄のような世界をさまよい続けるしかない。


「この世界で生きるためには、あの腕の力を使わなければならない……」


 悪魔の力を使うたびに襲ってくる耐え難い痛み。でも、この世界で生き抜くには、それが私の唯一の手段だ。


「早く死ぬために、生きるしかない……」


 その絶望的な決意を胸に、私は再び歩みを進める。悪魔の契約に縛られたまま、封印を破壊するための旅を続けるしかない。そして、いつの日か、この苦しみから解放される日が来ることを信じて。


 涙が頬を伝い、絶望感が胸を締め付ける。普通の女子高生としての平和な日常が、突然の火事と異世界への転生によって無残に引き裂かれた。友達と笑い合い、家族と過ごす幸せな時間が、今では遠い過去の出来事のように思える。

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