状態方程式
Ruto
ある朝の凝固
吾輩は猫である、などと当初はインパクト抜群であっただろうが、今はもはや陳腐と成り果てた文でこの日記、(いや小説と言うべきか)を始めさせていただく。これは僕、平凡な男子高校生の堀牧也が今日まさに体験したことである。日記を書くようになるほどの強烈な体験をしたと言うと、これからの駄文がより駄文と感じられること間違いないので、ただある男子が過ごしたなんでもない日の日記を、人の日記って覗きたくなるよね〜、位の軽い感覚で読んでいただきたい。
僕、堀牧也は本日11時に目が覚めた。大体の高校は遅くとも9時には授業が始まるし、僕の通う学校も8時40分に授業は始まる。まぁなんて事ない寝坊で、急ぐ気にもならない遅刻だ。そう考えるとなんだかとても気だるくなってきたが、一応真面目である程度ちゃんとした生徒を目指している僕は、もはや昼ごはんとも言える朝ごはんを口にし、最低限の身だしなみを整え、自転車で25分ほどの学校へと向かった。梅雨が明け、いよいよ夏という、かったるい暑さに地球の将来を憂い、絵画にトマトでも投げつけようか、という気になりながら自転車を漕いだ。
「大層な身分になった事だな」
学校について早々、亥野柊吾にありきたりな文句を口にされる。柊吾はサッカー部の期待のエースで多少バカだが正義感のある男である。僕と家が近く、昔からの付き合いで幼なじみのようなものだ。
「起きようと努力はしている」
適当にあしらい、なんとか間に合った4限の準備をしていると、
「なあ、タバコ屋の前のアレ、見たか?」
「アレってなんだよ」
「もう片付けられのか、なんでもない」
などと言うので、気になってしまう。
「アレってなんだよ」
柊吾は言うには今日の朝、通学路の途中(家が近いから必然的に同じ道を通るのだ)に、放射状に割れたガラスがあったらしい。
今日の朝、なんだけどさ。弟の小学校と途中まで一緒だから、一緒に登校してたんだよ。俺は朝練があって、弟は日直だから2人とも早く出てさ。7時半くらいだったか?タバコ屋の前に放射状に割れたガラスが落ちてたんだ。でもおかしくねぇか?放射状にガラスが割れたままなんて。しかも結構でかいの。上から落とした割れ方してんのに、上はお前も知ってると思うけど落とすようなベランダとかなんかもなくて。ただタバコ屋の前の十字路の真ん中にガラスが割れてるんだ。そしたら弟が触ろうとして、怪我したら危ないと思ったからちょっと怒っちまってさ、まぁ俺は朝練ギリギリだったから弟ともそこで別れて俺は学校に来たんだけど、あれなんだったんだろな。
むぅ、確かに気になる。俺があそこの道を通ったのは11時15分とかだと思うから、既に片付けられたという日本の行政のサービスの良さに感嘆するが、何故そのような事になったのかは気になってしまう。すると4限が始まるチャイムがなって
「まぁ考えてみてくれ」
などと柊吾が言うので、4限の数学は集中でぎず、ただ先生の板書を写すだけのくだらない授業になってしまったのだった。
「なんか分かったか?」
4限終わりの昼休み、購買で買ってきた惣菜パンを食べながら柊吾は聞いてくる。
「あぁ、なんとなく、な」
「本当か?教えてくれ。気になって4限は集中出来なかったんだ」
嘘つけ、しっかりと寝てて数学の先生に怒られていたじゃないか、と思うが話の腰をおらないように、話残しのないように喋った。
「僕の考えでしかないが、多分ガラスは上から落とされて割れたんじゃなくて、上から何かを落とされて割れたんじゃないか?」
これが数学の授業を犠牲にして、僕が考えた結論だ。
だからガラスが上から落とされたって考えると、矛盾が多いんだよ。誰がなんでそんなことしたのかってこともあるし、どっから落としたんだってなるからね。それこそはしご車とかヘリコプターでも持ってこなくちゃならない。もちろんそんなことないから、物を落として割れたんじゃないかな、って考えたんだ。僕の予想に過ぎないけど、どっかの工務店かなんかがガラスを運んでいるところで誤って道路の上に落として、さらにその上にトンカチでも落っことしたとかじゃないかな。もちろん掃除しなきゃだけどそんな道具が今はない、一度工務店に取りに戻ってるタイミングで柊吾たちが通りがかった。だからその後、すぐに掃除されて、僕が通るころには綺麗さっぱり、そんなところじゃね。
「なるほどな。それしかないような気がしてきたぜ、やっぱ牧也は頭いいな」
どうやら納得していただいたみたいだ。よかったよかった。4限で適当に考えたにしてはそこそこ筋は通っているし、おおかたこんなところだろうと思い、この話は終わったかのように思われた。
放課後、柊吾は部活で早々に教室を去った。自分は今日は部活も委員会も予定もない寂しい放課後だったので家に帰ることにした。帰り道の道中、たばこ屋の前を通った時、店番の婆さんがいたのでなんとなく声をかけてみた。
「今日は朝から大変でしたね」
「大変?何がだい?」
「だって朝からガラスが………」
「ガラス?ガラスがなんかあったのかい?」
朝起きたことを知らない?何かが変だ。
「あの、今日はお店は何時からやってましたか?」
「毎日8時には店を開けてるよ」
「その前になんかおかしなこと、大きな音とかなかったですか?」
「変なこと?子供を叱った声は聞こえたよ。地面に落ちた物に触るな、とか言ってたね。それくらいかな」
柊吾たちだな。しかし妙だな、僕の考えではもっと、ガラスが割れる音とか、落とした人を責める声が聞こえてなきゃおかしい。しかも柊吾がこの道を通ったのは7時半だから、30分の間に全て片付けた?しかもこの婆さんに何も悟られずに?
話に矛盾が多すぎる。多分僕の考えは間違えているのだ。しかしどこが間違えている?
「ガラスがなんかあったのかい?」
「いえ、なんでもないかもです」
「ふーん、なりゃいいけどね。この道は子供達の通学路なんだ。変なことが起きればすぐに教えてくれると助かるよ」
あぁそうか。ようやくわかった。自分の推理の間違いと柊吾の勘違いが。
「そうか」
僕はやっと自分の間違いと、柊吾の勘違いに気づいた。しかし未だに腑に落ちないことがある。それを確かめたいのだが……この時間ならまだ小学校は終わってすぐか?柊吾の弟はサッカークラブに所属しているという話を前、柊吾から聞いた。この時間ならまだ間に合う。僕は小学校へと向かった。
次の日、前日の反省を生かし7時30分に目が覚めた僕は、優雅に朝食を楽しみ余裕を持って登校した。SHRの前にギリギリになって朝練終わりの部活勢が駆け込んでくる。柊吾もその中にいた。
「柊吾!」
「ん?どした、今日は早いな」
「昨日の件、僕は間違えていた。お前も勘違いしていたんだ」
「あぁ、その事か。昨日弟から聞いたよ」
結局、あの話はこうだった。
柊吾がガラスだと思っていたものは氷だった。氷がただ割れていただけだった。だけとは言ったが今、季節は梅雨の明けた夏前であり、自然に出来るものじゃないけど、昨日の朝、あそこにあったのはガラスなんかじゃなくて、氷だった。至極当然なことだ。30分のうちに誰も、何もしなくても勝手に溶けてなくなるのだから、あの婆さんが気づかないわけだし、ガラスを落っことしたドジな工務店なんかも存在しないのだ。では誰がなんのためにそんなことしたのか、それは柊吾の弟が昨日話してくれた。
あのね、僕はね。最初から気づいてたんだよ!兄ちゃんは気づいてなかったみたいだから教えてあげようと思ったら、怒っちゃって、遅刻するからもう行くとかいって、すぐに行っちゃうし……それで学校行ったら同じクラスの女子が泣いてて、話を聞くと冷凍庫に水を張って作った大きな氷を、学校で見せようと思って持ってくる途中に落としちゃったらしいんだ。それでしょうがないから割って遊んだらしいんだけど、よくわかんないや
事の顛末は思ったよりしょうもなく、呆気なくくだらないものだった。
「柊吾、お前ガラスと氷の見分けくらいつけよ」
「すまん、朝早くて目がしょぼしょぼしててな」
「まったく……」
こうして事件は終わった。呆気なく短い幕引きだったが、今考えてもしょうもなく面白いものだった。
(終わり)
状態方程式 Ruto @neetRuto
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