嫉妬と渇望

ぬーん

嫉妬と渇望

私の名前はイースト。38歳の女性だ。

ギルド「狼の住処」のギルドマスターを勤めている。

冒険者ランクはAと、S級には及ばなくとも強い方ではある。

最近になってからイシカワ ミナミと言う名の異世界から来たらしい女がギルドに加入した。

強いかどうかはよく分からないが、まあ使えるように鍛えてやるつもりだ。


あれから1週間が経った。

彼女は私たちが思っているより強かった。

もちろんギルドマスターとして直ぐに昇格させてやりたい所だが、実績が足りないからまだまだだな。


更に1週間。

彼女はおそらくギルドのメンバー全員で殴りかかっても勝ててしまうだろう。

そう思うぐらいに強い。

実際、私たちが全滅しかかっているところを助けられたのだ。

危険度が最高ランクであるS級のドラゴンを倒せるのは、このギルドの中だったらあいつだけだ。

私も強くならなければな。


この前、街の人にこんな事を言われた。

「あんたよりミナミの方が強いってのに、どうしてあんたはギルドマスターに昇格させてやらないんだい?」

「ああ、あんたのちっぽけなプライドの為か!こいつはすまなかった!」

私は、何も言えなかった。


−−−確かに、彼女の方が私たちよりずっと強い。

だが、彼女にはギルドマスターになれる技量は無い…はずだ。

…そうだ…そのはずだ…だよな?


もう、自分でも何を考えているのか分からない。

目覚めるとあいつをどうにか殺す事を考えている。

私は今年で38歳にもなるって言うのに、こんな子供みたいな嫉妬心でこんな醜いことをしようとしているのか…最低だ。

子供の時は冒険者に憧れて、剣を振り始めて…

その時はただひたすらに「1番強くなりたい!」と望んでいたのに。

今では「自分より強いやつを殺して、私が1番になるんだ…!」だって?とんだ笑い草だ。

…私は、これが自分の強さの限界だということを認めたくないのかもな。

自分ももちろん強い方ではある。だが、やはり人というのはもっと上を目指したくなるものだ。

私の38年間の結晶を、あんなぽっと出のやつに抜かされるのが、悔しくて悔しくて堪らないのだ。

今こうしている内にも彼女は強くなっていくのかと考えると吐きそうになる。


…おそらく、私はこのギルドの誰よりも弱いのだろう。

自分の弱さを認めずに、あるいは他人の強さを認めずに強くなることなど不可能なのだろう。

だが私はどちらもできなかった。

昔は出来ていたのに、何故今は出来ないのか。私には分からない。

だが、おそらく私は知ってしまったのだ。

強くあることの楽しさを。

強いと認めてくれることの嬉しさを。

それを手放すのが、私にとってはただひたすらに怖いのだ。


私は、最早このギルドには必要のない者だ。

相も変わらずミナミは私を助けてくれるし、ギルドのメンバーは私を慕ってくれる。

その度にわたしの心は締め付けられ、今にも潰れそうになるのにな。

こんな私なんか死んでしまった方が良いのだ。

それがギルドのためなのだ。

遺書には伝えられなかった気持ちをちゃんと書いておこう。

ミナミはギルドマスターに相応しいと。


翌日、ギルドマスターは自宅で死んでいた。

死因は失血死だった。

嫉妬と劣等感に包まれ、強さに渇望しながら彼女は死んだのだ。

彼女から流れ出た強さを象徴するような赤は、まるで彼女の人生を表しているようで。

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