出会い編 5

「おお、いい太刀筋だな」


 レオンはまるで師匠のように褒める。


「まっすぐで、融通の利かない太刀筋だ。まったく惚れる」

「また馬鹿にするか!!」


 バスターは素早く振り切ると、右に左にとブンブン振り回す。レオンは楽しそうに右に左にとひょいひょい身を避ける。


「最近、いい男と寝ていなくて欲求不満でな」


 ブン、と頭上を切り裂く剣から首を縮めて頭を下げる。


「それが私に何の関係があるのだ!」


 基本的にくそ真面目な性格の持ち主であるバデーリ提督は、討伐しようとしている海賊の戯れ言にも律儀に吠える。


「関係はある。お前はいい男だ」

「いい男だと何の関係があるのだ!」

「俺の好みにぴったりってことだ」


 レオンは胸元に迫る刃先から身を後ろによじって避けると、下げていた剣を下から放り投げるように振った。


 ガッツン、と再び剣が激突する。


 バスターは力で負けないように強く柄を握った。ランスロットは重厚な剣だ。形は端整だが、刀身は厚く重みに満ちている。かの黒太子がこの剣を手に取った際、この世に存在するものとは思えない剣だと呟いたと語り継がれているが、バスターは偉大な英雄の呟いた意味が何となくだがわかる気がしていた。この第一の剣は普通ではない。何か不思議なパワーを感じる。はずなのだが……


 バスターは少々息を切らしながら、信じられないように目の前で対峙する二つの刀身を見つめた。この普通ではない剣を、隻眼の海賊船長はどう見てもその辺の武器屋でバラ売りしていたとしか思えない安物の剣で、しっかりと押さえつけていた。しかも片手で。


 バスターは唸った。


 ――この男は、もしや名だたる手練では……


 と、思った瞬間だった。


 レオンは嬉しそうにニコッと笑った。それと同時に、物凄い力でバスターを剣ごと吹っ飛ばした。


 バスターは背後にあった大型マストにぶつかって崩れ落ちる。


「……うっ」


 したたかに全身を打ち、眩暈がした。だが頭を押さえながらも、もう片方の手でランスロットを素早く探す。その手がそばに落ちた剣の柄に触れようとした。


 バスターは自分の顎に冷たい何かが触れるのを感じた。その冷たい感触によって強引に顎を上げさせられる。


 目の前にレオンが立っていた。剣の先で、バスターの顎を持ち上げていた。


「お前の負けだ、バスター」 


 レオンは優しく宣告した。


 バスターは顎を上げられながら、レオンを見上げた。


 一瞬だった。


 ――信じられん……


 イングレス女王国でのノーフォーク候の剣の腕前の評判は、悪くはない。女王陛下の御前試合でも素晴らしい腕前で相手のドレイク男爵を負かし、「グレートォ! ワンダフォ! ファンタスティックフォ――!」との絶叫を女王より頂戴したのである。それなのに、油断もしていなかったのに、あっというまになぎ倒されてしまったのである。


 ――この男は。


 強い、と剣を持っていた手が強く痺れるのを感じながら、唸った。


「さあ、俺との約束を果たしてもらおうか」


 レオンは膝を折り曲げてしゃがみこみ、あ然としているバスターを笑顔で眺める。


「リラックスしろ。俺は優しい男だから、お前を不愉快にさせはしない。安心して、俺に飛び込んで来い。手取り足取り、優しく導いてやる。最初はびっくりするが、息を吸うようにすぐに馴れて、愉快な気持ちでハイになる。スペクタクルでファンタジックな千夜一夜の始まりだ。ワクワクするだろう?」


 レオンはこれでもかというくらい小気味よく喋った。そのよく動く口を、バスターは呆れたように見た。何を喋っているのだ、この男は……と思った視界に、レオンの背後で動く影が飛び込んできた。レオンの肩越しで、遠くから銃を構える者が見える。


 ハックフォードだ。


「待て……」


 バスターの叫びと同時に、銃口が火を噴いた。


 その爆音でレオンが後ろを振り返る。


 周囲が水を打ったように静まり返った。


 撃たれた、とバスターは確信した。銃弾は狙いを外さずにレオンへ直撃した。と、振り返ったまま身動きしない海賊の姿に思った。


 だが次の瞬間、隻眼のレオンは何事もなかったかのように、すくっと立ちあがった。


「おい、これがジェントルマンのすることか?」


 広げた手のひらに、丸い銃弾があった。


「……」


 海軍提督は驚きのあまり、口をあんぐりと開けた。


「当然だ」


 撃った張本人であるエセックス伯は、自分へ飛んできた銃弾を手で掴むという離れ業を見せられても、全く動じていなかった。


「それと、お前たちに我々を紳士と呼ぶ資格はない、海賊どもめ」


 そう言うと、銃口を空へ向けた。


「提督を守れ!」


 バン! と撃ち放つ。その音を合図に、固まっていた海軍兵士たちは我に返ったようにわらわらとバデーリ提督に押し寄せ、レオンへ銃を向ける。兵士たちに埋もれた海軍提督は、あやうく押し潰されるところだった。


「おいおい」


 レオンは落ち着けというように両手を前に出しながら、一歩二歩と後退する。海賊たちもボスを守るように集まる。


「俺とお前たちの提督は一騎打ちをしていたんだぞ? その一騎打ちに俺が勝ったんだ。それなのに、何だ、これは。お前たちはジェントルマンだろう? ひどい詐欺だ。サロンで訴えてやる」


「一騎打ちに同意したのは提督だ。私ではない」


 ハックフォードはしゃあしゃあと言い放つ。のしかかる部下たちの下から、「私の名誉を汚すつもりか……」と海軍提督が息苦しそうに副官へ言っているが、無論聞こえていない。ちなみにサロンとは、問題があれば誰でも自己主張ができる国際グローバル連盟である。

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