出会い編 4

「これは、ランスロットだろう?」


 まるでウィンドーショッピングでもしているような気安さで、レオンは自分の胸元に突きつけられた剣を興味深く見る。


「円卓の剣でも有名な剣だ。確か第一の剣とか呼ばれていたな」

「そうだ、選ばれし者が持てる高貴で偉大なる剣だ。かの誉れある黒太子殿下がお持ちであった剣だ」


 バスターは鼻息荒く、胸を張って誇らしげに言う。このランスロットの持ち主で史上最も有名なのは、かの新大陸との戦いで、グラッドストン大統領率いる独立軍と対峙した旧大陸のリーダーたち、エスパーニャの太陽王、深き森の帝国の皇帝と共に大活躍した女王国の黒太子アーサー・エジンバラである。


「ああ、そうだ。アーサーが持っていたな」


 まるで何百年も前に生きた当人を知っているかのように、レオンは頷く。バスターは腹を立てた。


「敬意を払え! 海賊風情が!」


 バスターは両腕を上げて、勢いよく剣を振り落とす。


 おお! と海賊たちが騒いだ。


 バン! という激しい音と共に、レオンが顔面手前でその剣を両手で挟んで受け止めた。


「いい太刀筋だ。惚れるな」


 刃先を挟んだまま、ひょいと手を横にずらすと、バスターへウィンクする。


「馬鹿にするか!」


 バスターは髪の毛を逆立てて、力任せに剣を押し戻す。


「おのれ海賊め! 我々を辱める代償は己の命で償ってもらう!」


 勇ましく叫びながら、思いっきり剣に力を込める。刃先はじりじりとレオンの顔面をまっぷたつにしようと迫るが、それを両手で挟んで受け止めているレオンは背をわずかに反らしながらも、余裕で明るかった。


「おいおい、もっと気楽にいこうぜ」


 鼻歌でも歌うような口振りである。


「いいか、人生ってのはたった一度しかない。歌って食べて恋をする。大切なのはそれだ。お前たちは固すぎるぞ。もっと力を抜け」

「お前を縛り首にし、ガラハッドを取り返したら、歌って食べて恋をしてもいい」


 バスターは容赦なく言い返した。


「私の人生は私が決める。そしてお前の人生の最期も私が決める」


 剣がさらにレオンは追い詰める。だがレオンは仰け反るような体勢になりながらも、なぜか嬉しそうだった。


「俺の人生の末路を決めてくれるなんて、まさにバッド・ロマンス・ストーリーだ。ますます惚れる。バスター、お前はいい男だな」

「お前よりはいい男だ」


 バスターは真面目に吐き捨てる。


 レオンは破顔した。それはとても愉快そうな笑顔だった。


「俺は、ちゃんとわかっている」


 と言うやいなや、両手で挟んでいた剣を勢いよく押し戻した。その反撃でバスターはバランスを崩して足元をふらつかせる。


 レオンは風のような速さで腰にあった剣を取り出すと、バスターへ構えた。


「俺と一騎打ちをしないか?」


 体勢を立て直したバスターへ、お茶飲まない? と誘うように申し出る。


「俺が負けたら、お前の手で縛り首になる。ガラハッドも返す。その代わりに、俺が勝ったら」


 レオンはここでいったん口を閉じる。


「私が縛り首になる」


 バスターは大真面目に後を引き取った。


「違うな」


 海賊の親玉は面白そうに首を横に振って、自分を追ってきた青年提督の男らしく整った顔を覗き込む。


「俺の人生に、そんなつまらないシチュエーションはいらない。お前が負けたら、俺とセックスしよう」

「……」


 バスターは剣を構えたまま、何を言われたのかわからないというように口をポカンと開けた。二十五年の人生で、生まれて初めてのことだった。


「お前が、負けたら、俺と、セックスを、しよう」


 事態がよく呑み込めていない青年提督へ、レオンは子供へ言って聞かせるように、言葉を切って繰り返す。周辺にいる海軍兵士たちは提督同様に驚いてあ然となり、海賊たちだけがヒューヒューと盛り上がっている。


「……な、何だと」


 ようやく思考が復活したバスターは、冷静になるように手の甲で顎を撫でる。


「私は、レイディではない」


「勿論さ。俺もレイディに興味はない。俺のウキウキペディーをちゃんと読んでないのか? 俺は男が好きなのさ。レイディよりジェントルマンを抱きたいんだ」


 海賊軍団が口笛や手を叩いて囃し立てる。レオンは親指を立ててウィンクする。ちなみにウキウキペディーは魔術書『仮想空間インターネット』にインプットされている百科事典である。内容は日々魔術師たちによって更新され、魔術書を開いて「ウキウキペディー!」と唱えれば、誰でも気軽に読めるようになっている。


「この間のインタビューでも、ちゃんと言ったはずだ。いい男募集って。パパラッチーズども、一番重要な部分をカットしたな。どうりで誰も応募してこないわけだ」


 大仰に眉をしかめてみせる。


 バスターは信じられないというように表情が強張った。バスターは恋愛に関しては至ってノーマルである。


 ――私を……侮辱するつもりだな。


 性的嗜好しこうについては別段何とも思わないが、よりによって自分が追っている海賊から「俺と寝よう」と言われて、怒りが湧いてきた。しかも一騎打ちで自分が敗れたらの話なのである。


「おい、顔が赤いぞ。もっとリラックスしろ」

「黙れ! これは怒りで赤くなっているのだ!」


 顔も頭も熱くなっているバスターは、口から火を吐く勢いで叫ぶ。


「おのれ海賊め! 今この場でお前の首をねてやる!!」


 バスターは沸騰した感情そのままに、渾身の力を込めて剣を振る。


 ガッツン、と激しく音がぶつかった。


 レオンの剣が空中で軽やかにそれを受け止めた。

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