てんし

キャニオン

プロローグ

 午後九時ごろ、寝室はぼんやりと光るオレンジの蛍光灯で照らされて、とても静かです。それゆえ、窓ごしに、ビルの合間をこだまする車の音が少しだけ聞こえます。私は、ふかふかなベットの上に、横たわっていました。それは、とても暖かく、温もりのある、幸せな時間です。特に、胸やお腹のあたりが暖かくて、とても心地よいのです。

 それもそのはず、枕を同じにして、一人娘と一緒に寝ているのですから。娘はまだ幼いので、毎夜、必ず、ぎゅう、として寝るのです。そして、娘は、それもまた毎夜、必ず、こう言うのです。


「ねえお母さん、また、あのはなしして!」


 腕の合間から、ぴょこ、と頭を出して、めいいっぱい顔を上げて、きらきらした目と、柔和な唇で、強く話す娘が、まあ、なんとも可愛らしいのです。だから、私は、にこっと笑いながら、頭を優しくなでてあげます。


「いいの?毎日おんなじじゃ飽きない?」

「いいの、いいの。あのはなしがいいの」


 今度は、体をもぞもぞと動かしてきます。小さな温もりが、お布団の中で揺れ動くのは、これもまた、なんとも可愛らしいのですが、寝かしつけなきゃいけないので、ぎゅっ、と少し強めに抱いてあげて、落ち着かせます。


「わかったわかった。そのかわり、ちゃんと聞くのよ?」

「やった、やった」


 今度は、娘のほうからハグしてくれます。娘は、くふふ、くふふ、と、私の胸に息を当て、喜びを隠せずに小さな笑い声を漏らします。これも当然、可愛らしいのです。こんな娘のためにも、ちゃんとお話をしなければなりません。


 こほん。


 私は咳払いを一つして、ゆっくりと、言葉を紡いでいきます。


「それでは、目を瞑って。

 想像してください。

 


 これは、とある少女と、小さな『てんし』のお話です」

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