第1話

 僕が彼女に興味を持ったのは、その年の初夏だった。


 ちょうど終業式の日に、僕が普段は行かない場所でお昼を食べた帰りに、彼女を見かけた。


 公園のベンチに寂しげな表情で座り、教室での彼女とは一線を画す姿に、僕は一瞬、それが彼女だと認識できなかった。


 しかし、それが彼女だと認識できてからは、行動は早かった。


晴家はるいえさん、こんにちは。どうしてここに?」


 声をかけた僕は、認識されていないのか、それともまさかここにいると思われていなかったのか。彼女の反応はそのくらい気難しいものだった。


「……君こそ」


 どちらかというと驚きが強いみたいだ。僕の名前はまだ出てきていないから、忘れられているかもしれないけど。


「僕は、お昼を食べに。いくらぼっちでも、たまには遠出をしてみたいんだよ」


「そこまでは言ってないけど」


 彼女は普段では絶対に見られないような鋭い目つきで僕を見た。


「もしかして僕の名前を知らないとか? 改めまして、僕は雨宮あまみやせい。以後お見知りおきを」


 冗談めいたように笑いながら、胸に手を当てて一礼。


「さすがに知ってる」


 彼女は視線を和らげて突っ込む。


「はは、それは失礼。ところで本題に入るんだけど、いつもの明るくて可愛い晴家さんはどこに?」


 僕が「可愛い」と口にした瞬間、彼女は僕を睨みつけた。……ような気がする。


「ずっとあれを演じるのは疲れるでしょ」


 至極真っ当な、そんなこと。


「雨宮くんは、演じてるわけじゃなさそうだけど」


「ノーコメント。僕は、現実世界にメタな視点を持ち込むタイプじゃない」


「ご立派な信念だね」


 どういうわけか彼女は、僕の真面目な言葉を、眉一つ動かさずに軽くあしらった。


 僕は不服を示す。


「真面目に言ってるんだけど」


「はいはい。冗談を言ってくれるなんて、君は案外話しやすいね」


 明白な社交辞令に、僕は悪戯せざるを得なかった。


「じゃあ、僕と一緒にこの辺りを巡ってみないかい?」


「まあ、いいでしょう。せっかくだからわたしがこの辺りを案内してあげますよ」


 あくまでもいつも通りの僕の言葉に、彼女も徐々にいつものペースを取り戻したらしい。


 いちおう接待として案内してくれるのか、それとも心の底から一緒に回りたいと思っているのか。


 どちらにせよ、言葉は変わらない。


「ありがたき幸せ」


 彼女は今度は逆に視線を厳しくした。

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