四十三

 ひとしきり泣いた後、岬がいないことに気づいた。立野は、玄の世話をフクに任せ、病院を出た。

 立野もまた、山口と原のことを思い出していた。警官になってからというもの、暇さえあれば前歴者カードを貪るように見た。紙がデータに変わってからもその習慣は変わらなかった。

 三人以上の集団で性犯罪に手を染める輩はすべてチェックしていた。全部あたったが、すべて空振りだった。だが、二人組で犯行を繰り返す山口と原のことが前から気になっていた。しかし、三十年ほど前に狭間組から絶縁処分を受けた後、堅気になって福井に引っ込んでいると知り、気になりながらも後回しにしていた。奴らが二人組だったこともある。

 立野は走った。狭間組事務所。岬もまた、自分と同じ想いだろうと信じて疑わなかった。

 果たして、岬はレクサスにエンジンをかけ、今まさに発車させる寸前だった。助手席に乗り込む。

「ワシも連れていってくれ」

 唖然とした表情を浮かべる岬に、

「福井へ行くんやろ? ワシも一緒に行く」

 岬の舌打ち。

「降りろ。オッサンと長距離のドライブをする趣味はない」

「ワシもない。せやけど辛抱したるから連れていけ」

「……おまえな」

 今度は呆れ顔を浮かべる岬に、立野は言った。

「原と山口をどうするつもりや?」

「……」

「殺すつもりやろ?」

「何の話や。俺は、しずかに金を返しに行くだけや」

 岬が後部座席に向かって顎をしゃくる。確かにそこにはトランクがあった。岬と二人でヤマト会に乗り込んだ時に岬が持っていたものだ。

「それやったら、こんな時間に急いで行く必要ないやろ。原と山口を一刻も早く捕捉するために行くんやろ?」

「……明美ちゃんの件は、俺にも責任があるからな」

「殺すつもりか?」

「成り行き次第や。まずは犯行を自白させなあかん」

「それはワシら警察の仕事や」

「もう時効やないか。あの事件で逮捕はできんやろ」

「……だから、おまえが拷問でもして吐かすんか?」

「……」

「やめとけ」

「なんでや? おまえも真犯人を知りたいはずや。俺が汚れ仕事をしたる。俺の仕事はそういうもんやからな」

「ヤクザやめてまえ」

「ん?」

「おまえを育ててくれた狭間のオヤジに対する恩はわかる。でも、もうええやないか。おまえにヤクザは似合わん」

「……ふん、もう遅いわ。それに、ヤクザの何が悪いんや。俺に言わせりゃ、警察官の方が軽蔑すべき職業や。悪党や。堂々と犯罪に手を染める。汚職まみれやないか!」

「……とにかく、ワシも一緒に行く。出せ」

「偉そうに……降りろ」

「ええか、岬、いざという時、警官であるワシがおった方が都合がええ。わかるやろ?」

 岬は深い溜息をつき、言った。

「おまえは冷静でおれるんか?」

「ん?」

「山口や原を前にして、冷静でおれるんか?」

「……」

「富田には手を出せん。それは、留置場におるという物理的な理由と、富田に何かしたらフクさんを悲しませてしまうかもしれへんからや。だから、おまえは取り乱したけど、でも、無理やり感情を抑え込んだ」

「……」

「ただ……もし、おまえが山口と原を殺したかったら殺したらええ。俺がかぶったる」

「……アホか。これでも警官や。殺すわけないやろ」

「……信じられんな。さっきの病院での取り乱しよう見てたら」

「……カッと頭に血が昇ったのは認める。せやけど、ちょっと冷静になったら、ワシがそんなことをしたら、明美が悲しむだけやと気づいた」

「……ほな、なんでついてくるんや?」

「おまえを守るためや」

「ふん、デコスケに守ってもらうようになったら終わりや」

「実際、二人を吐かしてどうするつもりや?」

「殺したりせん。俺らは金もうけにならん殺しはせんのや」

「ワシも、犯人が誰かわかるだけでええ。明美に報告ができるからな」

 岬が溜息をつく。そして言った。

「明美ちゃんの件では逮捕できん。でも、あいつらは、盗難車の横流しやら違法ドラッグ、裏風俗……あいつらを逮捕できる材料を俺は握ってる。死刑は無理かもしれん。でも、死ぬまで塀の中に放り込むことができるかもしれん」

「それを福井県警への手土産にするか。ちょっとばかし、いや、かなり手荒な真似せんと、原や山口は吐けへんやろうからな。せやけど、手土産があったら、あいつら二人が仮に瀕死の重傷を負ってても、大目に見てくれるやろ」

「この悪徳警官め」

「ふん、純情ヤクザに言われたないわ」

「なんやと!」

「おまえ、富田と会ってたんやな、二十年ほど前に」

「……」

「フクちゃんのために追っ払ったんか、富田を」

「うるさいわ」

「フクちゃんはそれを知ってたんか?」

「言えるわけないやろ。あんなに真っすぐに富田を待ってる姿見せられたら」

「……そやな」

「何回も言おうとしたけどな……謝ろうとしたけどな……結局、おしゃべり玄にバラされてしもた」

「まあ、ええがな。結果的に会わんで良かった。会ってたら、フクちゃんの人生目茶苦茶になってたかもしれへん」

「……」

「ほな、行こか。純情ヤクザさん」

「殺すぞ」

 岬がアクセルを踏み込んだ。

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